第9話/8 終幕




――かくして、【翼】の面々との騒動は幕を引く。地上でけたたましく鳴り響くサイレンを尻目に、【大強盗】は姿を消した。


 大図書館から強奪された希少な書物は彼らの手に渡ってしまい、結果としてミリオンダラーの二番、OZの懸賞金はもう何度目かわからない上方修正が施される。




「はぁーっ! 疲れたけど楽しかったっ! ねっ、カーカシっ」


 んーっ! と背伸びをしてから赤い飛行艇の隣を走るドロシーは、飴色の髪を結んだリボンを解いて笑う。


「うん……」


 対称的に、少年の顔色は優れない。元から憂鬱げな瞳は、いっそうその色を濃くしていた。


「なぁに、カカシ。マリアのお話、思い出してるの?」





――決着が付き、マリアージュ=ディルマは安堵に似たため息を吐き出し、悔しいですわ、と笑ってから言葉を紡いだ。




『……嫌になりますわね、もぅ。“空において負ける事無し”が【赤】の売り文句ですのに。こうも立て続けにというのは、心が折れてしまいそう。慰めてくださいまし!』


『連敗って、マリアたちがっ? 嘘っ!』


『大きな声でリアクションしないでくださいっ! 本当に、ショックですのよ。……負けたのはわたくしだけで、お兄様はきちんとメンツを保ってくれたのですけれど――ふぅ。カカシ様、それにドロシー様も。この事はどうか、ご内密にお願いいたします。……先日、獲物の取り合いで小競り合いがありまして。相手はまだ無名のカラーズグループでしたの』


――最終的にはカラーズ同士の諍いを聞き付けたお姉様フック船長わたくしたちを、まとめて墜としてしまったのだけれど、と。とんでもないオチを先に告げ。




『……その、空中戦でわたくしを負かせた男は、仲間にこう呼ばれていましたわ? ――、と』



――ランスロット。未だ、空に夢を馳せる者達の中で色褪せない『頂点そら』の名前。


 それに、阻まれてしまったのだ、と朱雪姫は嘆いた。



『ドロシー様。わたくしが言うのもおこがましいとは存じます。が、敢えて言わせてくださいまし。……もっと、高く飛んで。に一番近かった貴女だけが、貴女自身の汚名をそそぐことのできる、唯一のひとなのだから。わたくしたちも、今度こそはお二人に敵うように精進いたしますわ? ……それはそれとして――』



「あの趣味はどうかと思うよなぁ?」


――と、追想を打ち切るような、レオの呆れ声。


「うん……マリアはライダーの資質も、賞金稼ぎの腕も、人格も一流だよね。でもアレは無いかなぁ……」









『流石は天下の【大強盗】。お目が高いですわね? やっぱり賞金稼ぎなんかやらずに、手に入れる側の方が良かったかしら、羨ましい。勿論、コレクションするのでしょう? えぇ、わたくしも身分を弁えております。こっそりお忍びで参りますので、どうか、いつか手に取らせてくださいませ! 嗚呼、ヒトで創られた本だなんて、!』


『売るつもりだけど……』


『えっ?』


『えっ?』




「……で? 坊はソレ、売るのか? 結構な額になりそうだよなぁ」


「売るって言ったじゃないか。マリアには悪いけど、僕らの趣味じゃないでしょ、これ」


「俺の持ってる方じゃねえよ。だ」


「…………」


「カカシって、渋い趣味してるよねぇ」


「……いいじゃないか。データで読むより、手で捲りたいから、今でも図書館っていうのは在り続けるんだし」



――そう言って少年は、パーカーのポケットから出した一冊の古書の背表紙をそっと撫でた。



 刊行は二十世紀初頭。二十一世紀現在でも、未だその名前を知らない者の居ない、ミリオンダラーの【八番】よりも高名なの冒険活劇小説が、騒動に紛れて、世の中から姿を消していた。






第9話【強盗童話/2】『Piece of cake!』 完

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