第9話/6


「おっらぁッッ!」


「――ッ、」


 拳闘ボクシングのように練磨された技能ではない。そして舐めてかかることもできない、銃を持ったままのパンチをFPボードがいなす。


 ガキン、と撃鉄の起こる音。否応無しに意識が移る――その刹那。エルの側頭部に後ろ回し蹴りブーツの踵が強襲した。


 一瞬でブレる視界。半ば自動的に動いた左手が銀十字を下段に薙ぐ。相打つような脚払いは見事に軸足をさらい、レオはその場に転倒する。


「っェ……ハッ。どんだけタフな作りしてンだよこの“鏡”はぁ! 防弾仕様かっつー」


「…………」


 打たれたこめかみを押さえ、軽く頭を振って、エルは――“魔法の鏡”は、認識を改める。


 派手な服装。目を奪うような野性味ある美貌。粗暴な言動。凶悪な――


 それだけであるならば。やはり一山いくらの賞金首だが。


 見た目の印象に相応しい、言ってしまえばチンピラめいた喧嘩馴れの度合い。


 そして、それでいて尚――この男は、と認めざるを得ない。


――銃という武器を一度でも体感したことがある人間なら、必ず無視できない部分を突いて来る。なにせ、その武器はのだ。


 だから、日々賞金首を狩ることを生業にしている専業賞金稼ぎ――カラーズであるほどに、そのアクションを見過ごせない。文字通りの命取りになる。


 そこを突かれる……否。、このライオンは獲物に食らいつくのだ。





……シンクロする深呼吸。一回、二回――


 きゅ、と床を噛んだ靴底が、伏せた獅子レオを爆進させる。下段から逆袈裟に跳ね上がる右手のレイジングブル。左手の中でぐるりと回転装填レバーアクションするショットガン。


 光の粉を撒き散らして、<ジャッジメント>が銃身での殴打を跳ね除ける。


 そして、その隙を待っていたとばかりに装填を済ませたショットガンの銃口がエルを捉え――













答えようAnswer――」


 弾ける銃声。放たれる三百発の散弾。エルを食らい尽くさんと飛び出した鉛玉はしかし、後方に鎮座するガラスケースを粉砕するのみだった。


「――私が証すI Proveッッ!」


「マジか!?」


 跳躍、伏せ身では逃げられない範囲をカバーするショットガンの一撃をかわされた。レオのリアクションは然るべきものだろう――さながら、


 屋内。それも閉鎖された空間。だが、闘争の生んだ僅かな気流に乗り――在りし日に“最強の二人”と謳われた



「……『空』は潰えた、と誰もが嘆いた。だが、私がそれを認めない。このようなひとつに囲われたところで、私の翼は潰えない」


 舞い散る光は羽根のよう。


――死を告げる天使のように、厳かに。理を覆す男魔法の鏡、エルは一度のスピンターンでレオの背後を取り、そのままニ回転目のボードでその身をなぎ払った。


「が、――ッッ!」


 手から離れるショットガン。右手のみがレイジングブルを握り締めたまま、レオは数瞬前に自分が撃ち砕いたガラスケースの残骸に激突する。




「はっ……ハ。……流石は『色つき』だぁな。そこらのカラーズとは、ワケが違う、ぜ」


「光栄だ、ミリオンダラー。を試してみるか? ……今であれば、全てをかわしきってお見せしよう」


「いや、俺の負けだ。坊と姫にはカッコ悪ィオチを話さなきゃならねぇのが癪だぜ」


「……そうか、では。――、」


 笑いながら咳き込むレオに、エルは息を呑んだ。砕けたガラスケース。


 



 レオが駆け出す。窓に向かって、引き金を引いた。弾け飛ぶ防弾ガラス。追いかけることをエルは一瞬、躊躇った。この男にボードは無い――と。


 その逡巡が、明暗を分けた。


――大図書館の地上三階。三十メートルの空中に、翼無きライオンが身を投げる。




「……突入からジャスト十五分。頼むぜ、





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 僕はカップを置いて、マリアに顔を向けた。



「……マリア。マリアージュ=ディルマ。僕たちは強盗だ」


「ええ。存じておりますわ、カカシ様」


「そして、貴女たちは賞金稼ぎだ。だから『ではまた』で済ませてはいけないと思う」


「……嫌ですわ? わたくしはこんなにも、貴方たちを慕っているというのに。つれない人」


「うん……ごめん。でも、僕もだけど。ドロシーには友人が少ないんだ。良くしてあげて欲しくて」


「ちょっとカカシひどいっ!?」


「……見えませんわ。何を仰いたいのかしら」


 呼吸をひとつ。いま、レオが突入してから十四分。




 僕は今回の、飛びきりのカードを切った。



「……Shall we Danceお相手をお願いしても?」


 まぁ、と両手を顔の前で合わせるマリア。


 席を立つ僕とドロシー。二人で窓に向かう。



――返答は、目の前のカラーズから








『Pi。I'd Love tooよろこんで。マイスター』


 無機質な電子音声は腕時計から。



「マリア、マリアっ! 今日はありがとうっ! 久しぶりに遊ぼうっ!」


 満面の笑みで誘うドロシー。僕は窓を開けた。





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――大図書館の地上三階。三十メートルの空中に、翼無きライオンが身を投げる。


 作戦通り。その落下をジャストタイミングで受け止める、飛来した無人の赤い飛行艇。


 ダンスの誘い文句は、この機体レイチェルのフルオートシステムの認証コードだ。




『お疲れ様です、Mr.ヴァレンティーノ』


「グラッツェ、レイチェル。流石に肝を冷やしたぜ。――タイマンは俺の負けで良いぜ、エル」


 次いで飛び出した“魔法の鏡”へ、二階へと下降するHT2Sに乗りながらレオは笑った。



 二階の窓から身を乗り出して飛び降りる、小さな人影。言うまでも無くカカシとドロシーである。


 操縦席に座ったカカシはゴーグルを嵌め、それまで代わりに座っていたFPボード――


 スカイフィッシュシリーズ・モデル<サンデイウィッチ>を手に、ドロシーが嬉々として空へ飛び立つ。



 後部席に移動して、レオは愛銃に軽いキスをする。






「――さぁ、ショウタイムだ。坊、気合入れていこうぜ?」




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