第8話/11




 一夜にして一城を築き上げる働き蟻のように忙しなく。


「ふんふん。人間を商品にしている団体か。集団失踪事件から洗うとしても、一年間でソレがどれだけ起きてるか知ってる? 最低人数と最大人数の幅、規模を世界中にまで広げると相当なものになっちゃうよ!」


 一夜にして一国の財を使い尽くす暴君のように荒々しく。


「やっぱタバコとコーヒーですよねー! お仕事の友は! 知ってた? タバコは百害あって一理無しとか言うけど、こうやって作業する時に覚醒効果あるんだよ。つまりは命削って頑張ってんの。カッコイイっしょ。あぁそれで、なるほどね。六月か。この世で一番掴めない相手は『無軌道』なんだよ。連中もそれに当てはまるようでいて、ちゃんと連中なりの行動ルールがある。月末に起きた事件に絞ってみよう」


 一にして全を掴み取る錬金術師のような奇跡の手際で。


「ハイネちゃんが聞いたルナのメンバーは、グノーツ=フェブラリイ、マガル=ニノツキ、メイ、ジャンヌ=アリィ、オクト=ユーヒガオカ……日本人が何人かいるね、まーあの国民の人間力はトップだし。良い意味と悪い意味で。あぁそうそう。もう調べたけどそんな名前の連中はどこにもHITしてない。この手のパターンは偽名か『隠してる』か『無い』かのどれかだね。多分二番目と三番目のあわせ技でしょ。辞書持ち出すのなんて何年ぶりかな。やーハハハ。オレこう見えても小卒でさ。学ないのよ」



 ネット万能のこの時代。その中に在って、稀代の【情報屋】バド=ワイザーの事務所の中はいっそ古典的クラシカルと表現できる。


 それが壁と見間違うほどに敷き詰められた本棚に、紙媒体で情報が保存してあり、本棚では足りず、古紙回収前日のように小さな紙束の塔がいくつも床からそびえ、安物のカーテンを羽織った窓ガラスは、当然のように防弾処理とマジックミラー加工がされている。


 右手のみが機能性重視のデスクトップパソコンのキーボードを叩いている。

 

 そのピアノの連弾のような動きに比べれば処理数は少ないものの、担当している事の種類が圧倒的に多いのが彼の左手である。


 タバコを口と灰皿に交互に。辞書やファイルを捲くる。インスタントコーヒーの入った、どこにでも売っているようなマグカップを取ったりデスクに戻したり、作業中に私の話を聞く耳はそれだけの仕事みたいで、口はお喋り、ホットドッグを食べる、タバコを吸う、コーヒーを飲む、とそれなりに忙しい。



「全部で十二人、多くて十三人が構成メンバーかな。引き連れているパレード自体は連中の商品であり武装っしょ」



――と。あっという間に。


 私の体験談から。都市伝説のミリオンダラー【パレード】ルナのパーソナリティ、そしてオリジナリティを暴き出してしまった。


 その影さえも追うことの適わなかった存在を、定義してしまったのである。


「グノーツとメイがまんま、二月と五月。ココノは九つ、オクトがオクトーバー、十月。ジャンヌ=アリィは繋いでジャヌアリィ、一月だ。そんで2の次は「3」。加えてマガルってのはそっちの言葉で「曲」「メロディ」「マーチ」。マーチね。三月。団体名ルナは<Luna>、フランス語の月。数字と月を組み合わせたら、暦は十二までしかないよね」


……。


…………どうなっているんだろう、この人。


 主に口とか。



「一般的にミリオンダラー連中はみんなやる事別々なんだよね。唯一キャラ被りしてるのが二番と八番。君の友達の【大強盗】と、犬猿の仲っていうかOZを目の敵にしてる【怪盗】のことね。あとはハッカーやら元賞金稼ぎやら色々さ」


 そんなの一人はドアに寄りかかって、パーカーのポケットに両手を突っ込んで欠伸をしています。


 カカシくん、実に退屈そう。


 出掛けのドロシーちゃんの喚きっぷりさえ意に介してなさそうな落ち着きっぷりです。


『ハイネとデート!? デートなの!?ひどいよカカシ! バカカカシ! セシリアとかアリスとかにばーっか色目使って! ちっともあたしのこと見てくれないし! ジゴロ! クズ! レオ!』

『おい姫。最後になんでオレの名前出したよ』

『……お前の印象が女誑しだからだろ、だ」






『<白>を動かしたいんだったら交渉役が要るでしょ』

 

 ガン無視からのカカシくん。


 まぁそうですけども。カカシくんがそうですか。

正直飛行機のレイチェルさん(名前があった。しかも人格もあった。人格のある機械と人格を無くした人間の出会いであります。)に乗ってガトリングががががーとかそういう交渉しか思い浮かびません。


『坊のネゴシエイトは凄ェぜ? 何せ【二番】から看板下ろさせたくらいだ。ハイネの嬢ちゃんにはオレやスズの旦那より打ってつけなんだよ。オレが行ったらまずリカーの野郎と殺し合っちまうし!はははははは!!』


 レオ様はチャイルド=リカーと何があったんでしょうか。怖くてきけない。


 あと、二番の看板ってなんですか。


 さておき。


「一番顕著なのは【役者六番】だけどね。それでもミリオンダラーに共通してる事項が、賞金額の他にあるんだ。犯罪性癖ってのがね――【三番】の旦那は特別っていうか、うん。例外だけど。こいつらみんな、トップクラスのなんだ」


 だからタチ悪いんだよねー。遠目に見てると映画気分だから。なんて、一般の方々の印象を混ぜ込んでの感想を、紫煙と一緒に吐くバドさん。



「んで、月末に起こった集団事件の発生……にしても多い。だから連中の動きに、犯罪性癖ソレを加味するとだ」


 バドさんが、クリアファイルにA4用紙を何枚か入れて立ち上がる。パソコンはスリープモードに入っていた。






















「――“暦と暦の狭間の世界へようこそ。”……次の月との境目。ってのはそういうことだろう。つまり、数ある事件の中からルナの起こした事件は、日付変更前後の真夜中。それも【四月、六月、九月、十一月】にまで絞れる」


 その四ヶ月は三十日までしかないからね、と。


「まー君に言うのもどうかと思うけどさ。<チェス>が勝てない相手ってそう居ないんだよ。数と戦略と戦術が武器だったから、それが通じない相手だけが、抵抗できる。逆説的にいうと、【パレード】がそんなに大々的な仕事をしているくせに、誰も捕まえられなかったってのは、情報がなかったからなのさ。――どう? 情報屋さん、スゴいでしょ」


 カカシくんの離れたドアを開けて笑う顔は、確かにちょっと格好良かった。


……。


 どうしようもない私の





「でもこの規模の相手に奇襲が効かないってのは痛いよなぁ。まだ問題はあるし。ルナが何処を次に狙うのか。地球人頑張り過ぎて街の数なんて途方もないじゃんね。これはオレの仕事じゃないからパスするけどねーはははは」


「……それもハイネが何とかするよ」


 ちょっとカカシさん?


「ハイネなら出来ること。ハイネにしかできないことがあるからね」


「……あぁー。なるほどー。さっすがOZの若きリーダー様だね。えっぐいわぁー」


 バドさんは察したらしい。私には何が何やらまだわかりません。



「奇襲に関しては僕たちが一手打てると思うから」


「そ? じゃ、三つ目と四つ目の課題はそっち持ちってことで! 第二関門ラスボスに会いに行こう。そうそうハイネちゃん、これはサービスね」


 バドさんから、情報をもらう。


<最強>チャイルド=リカー。




「これから君が交渉するチャイルド=リカーって男は、いたいけな女の子の、豚さん貯金箱に入ったお金で動くような正義漢じゃないよ。泣き落としは効かない。残念ながら、最強のカラーズは『富と名声』が欲しいのさ」



 現代の英雄は、そんな人間だ、ということを教えてもらった。




 うん。












































「……私の友達は、お金持ちで。払いが良いんです。だから私も、それにあやかって、払いの良い女になろうかなって」


「そっか。じゃあ行こう」


 バドさんが笑う。


――くす、と。


 俯き加減に、カカシくんも小さく笑ったみたい。



 私はビビリです。



 それでもこの復讐は、私が決めたこと。


 六月二十九日。


 新米カラーズの蓮花寺灰音はこれから、雲の上の存在と交渉を行うのです。


 あ。


 おなかいたい。

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