第8話/12
日付は変わらず、六月二十九日。夕食時。
完全個室のレストラン(でいいのかな……)で、座り心地の良い、濃い目のグリーンのソファに座る私と、隣にはカカシくん。
テーブルの上にはドリンク、ローストビーフ、カットされたパン、前菜の盛り合わせなんかが乗っかっている。
そして、対面にはバドさん、と――
「んで?
――ご存知、世界最強の賞金稼ぎ、チャイルド=リカー氏が鎮座ましましていらっしゃいます。
「うおおおおお超怖ェェ。ねぇオレ帰って良い? この面子の場違い感とか凄いんですけど! 卒業式にTシャツGパンで来たみたいな!」
はい全般的に同意ですバドさん。真っ先に私が帰りたいです。
というか、うん。やっぱり私よりカカシくんをロックオンしてる。
そんなカカシくんは、というと。
向けられる、あからさまな“敵意”や“警戒”なんてどこ吹く風、とばかりに。
かちゃん、と小さな音を立てて紅茶のカップをソーサーに置いた。
「……そう噛み付くこともないでしょ、チャイルド=リカー。僕はあくまで付き添いなんだ。貴方が見るべきなのは、僕なんかの目じゃなくて、ハイネのそれだ」
「――へェ?」
リカー様(畏怖的に瞬間決定する私の中での呼称。)は私に、カカシくんの言う通りに視線を向けた。向けてきてしまいました。
「嬢ちゃんが、ねぇ……まぁだ己ぁ半信半疑なんだよな。バドの野郎が寄越した情報――【パレード】について。ぶっちゃけた話、五番ってのは居るのか居ねえのかさえ謎みてえな連中だ。この己をして、今日に至るまでルナの存在なんぞ手に取りようが無かった。誤解なんぞどれだけしてくれても構わんが……どれだけ友人に恵まれようと、それをダシに己にガセネタを掴ませようって魂胆があるかもしれない。その懸念は捨てられないぜ?」
「…………あは、は」
苦笑気味に、笑ってしまう。
確かに。
何の取り柄も無い新米のカラーズが持っているにしては、偶然をどんだけ積み重ねたとしても、ルナの【情報】はレアリティが高すぎる。
カカシくんとバドさん……その道の代表格と同席したとしても。
それと、もうひとつ。
「……詐欺のカモに選ぶには、貴方は凶悪過ぎると思います」
何か個人的に彼に恨みでもない限り、そんな人生捨てるような博打はしないでしょう。
そう。
人生を捨てるような。
そういった憎悪を向ける相手は、目の前の人じゃない。
リカー様は軽く顎をしゃくり。
「そうかい。なら、話の信憑性を持たせてくれ。バドからの情報はもう目を通したがね。コイツが噛んでるってだけで八割、嬢ちゃんが横に置いてる小僧が、首を狙われる危険を承知で同席しているっつーのでもう一割。最後の一割は、何で埋める?」
――改めて、バド=ワイザーという情報屋の質に舌を巻く。
……ありがとう、カカシくん。みんな。ドロシーちゃんも、レオ様も、スズさんも。
私は、文字どおりカードを切った。
ガラスのテーブルに、ソレを乗せる。
「…………」
「…………」
「…………」
三人の視線が釘付けになり、言葉はそこで一旦途切れる。
一年前の、七月一日。忌むべき日、で表すなら六月三十一日。
最期の時に握らせてくれた指輪を、もう一度握り込み、深呼吸。
私が今、袖を通している薄手のパーカーからは、もうその温もりを受け取れない。
そのポケットに入っていた、
「――<チェス>の“ナイト”、国府宮弓のライセンスカードです。偽造できないのはカラーズなら知っていて……それを盗難せしめることの不可能さは、同じ『色つき』なら、解ってくれるでしょうか」
ひゅう、と口笛を吹いたのはバドさん。
「…………成る程? じゃあ、もうふたつ聞こうか。賞金稼ぎらしく。まず一つ目。新米カラーズの手前様。名前は?」
改めて。 いや、私はこの時になってやっと、交渉の場に出たのだ。
「……蓮花寺灰音と言います」
「ハイネ、な。じゃあハイネ。取り分はどうする。五分五分か、七三か。事の面倒さを考えた場合、己はそこの小僧を今すぐ狩る方がよほど儲けになるっつーのを解っていて、手前様とソイツは同伴してこの己――チャイルド=リカーの前に座ってンだよな?」
煙草を銜える。デュポンのライターが、実に上品な音を立てて火を点す。
私は。
「――全部。
そう、言い切った。
「ミリオンダラー五番。【パレード】ルナにかかっている賞金、全部。それを討ち取った名声の全て。私は、カラーズですけど。お金は要りません」
「ふん? 随分と
「復讐だからです」
「なら、自分の手でやりたいもんじゃあないのかい」
「そんなの、もうどうでも良くなるくらいに、復讐なんです。誰かがパレードを止めてくれさえすれば、良いんです。私じゃなくても。たとえ、貴方の手を汚してでも……いいえ。――私の手を、汚すことができなくても」
「――ク。クックク、ははははははははは。成る程な。中々面白いよハイネ。こういう話には付き物の。『どれだけ手が汚れようが』なんて台詞じゃあなく。『たとえ自分の手が汚れなくても』か。はははははははははは」
それは、心を抉るには十分な皮肉で。
もしかしたら、糾弾も入っていたかもしれない。
けれど。
――そんな、抉られて痛んでしまうような贅沢な
「了解した。良いだろう。己の獲物にしよう。五番の連中を。しかしだ、手前様方。こいつらの情報、特性を見ると、無策では己とて狩れんぞ? 問題がある」
「そうそう。オレもそれ気になってたんだよね。天下のチャイルド=リカーが動いても、このタイプの獲物は一種無敵みたいなもんでしょ?」
頷くバドさん。
カカシくんは、
「うん。それについては、僕から話そうかな」
紅茶を一口飲んで。
カップを置く。
――レオ様が、カカシくんを『適任』と称した理由が、やっと解った。
紅茶を飲む。カップを置く。
その所作が、あまりに様になりすぎていて、誰も口を挟めないのだ。
「【パレード】の出現場所の特定。世界の何処に現れるか解らないから、この世の誰も準備を整えて迎え撃つことも、攻め入ることもできない」
そう。神出鬼没にして察知不可能な災害のようなものだ。ルナの属性はそれに尽きる。
「気象予報っていうのは統計学らしいね。過去の状況を洗って、この日には雨が降る……そんなふうに」
「……無策ってわけでも無さそうだな。手を聞こうか」
「そんなに大げさなものじゃないよ。確かにルナを狩るのは貴方の仕事になるだろうね、リカー。ただ、あくまでもこの話の主役はハイネだ」
だからどうして私なんですかカカシくん。
「彼らの活動は、最短で明後日。普通に言うなら七月一日。彼ら風に言うなら、六月三十一日。時刻の特定はとりあえずこれで済む。ネックになる『場所』だけど……こちらには、ハイネがいる。パレードについて詳細を知る、ルナにとっては唯一のジョーカーだ。誰にも知られないことこそが最大の『武装』だった彼らが、自分たちを知っている人間からのアプローチを無視できるかな。……だからハイネには、ラブレターを書いてもらう。誰の目に入っても、受取人にしか解らないようなメッセージで」
……。
「……わかりました」
「……首尾良く運んだとして、待ち構えるのは己一人かぁ? ははは。随分と買ってくれるじゃあないか、ええ? OZ」
リカー様は笑っている。
残る問題。
ミリオンダラーの五番……ルナは数――戦闘に導入される兵力において、ミリオンダラーの三番【ゴッドファーザー】に次ぐ規模を有している。
構成メンバーがバドさんの推測通りなら十二人。弓くんが倒したのは、一人、までは覚えている。
多くてあと十一人。それに、あの、思い出したくも無い――ともすれば私もそのひとつになっていた、彼らの【商品】が、百を超える。
故の【パレード】。
抗うことを許されない、魔性の笛を吹くハーメルンの大行進。
「じゃあ、逆に聞こうかな。戦闘区域は都市通路一本、最大二百の相手を殲滅するのにどれだけの武装が欲しいのかを」
「ショットガン一挺じゃ無ェのは確かだな」
何よりも戦慄したのは、このやり取り。
リカー様は、それさえあれば自分ならできる、と。
カカシくんは、それを言ってくれたら叶えられる、と。
私は少しも信じられていないのに。
作戦が成功すること前提で話している。
弓くんたちが、負けたのに。みんな殺されてしまったというのに、だ。
――私は顔に出やすい。きっと隠し事はもう、死ぬまで無理だろう。
表現の豊かな――そんな風に、インプットされているから。
「……同業の名誉に懸けて言うがね、ハイネ。【緑】の連中だってこんだけ揃えば楽に仕留めてたろうよ。己のように、こんな苦労もせずにな」
なので、簡単に思考を読まれて、言われた。
「つーか、武器の調達は良いが経費どうすんだ。
「OZが持つよ。というか僕の買い物だしね、僕が払うべきだろう」
ちょっと?
「あの、カカシくん……」
「うん?」
不思議そうな顔しないでくれませんか。
「……返したいっていうなら、領収書を切っておくから、出世払いで。いつかミリオンダラーを捕まえるくらいのカラーズになるんでしょ? ハイネは」
なんて笑ってくれる彼に、私はもう何も言えなかったのです。
払いの良い友人にあやかって。私は報酬を、復讐したという事実以外は全部リカー様にあげてしまうことを約束したのだけれど。
さすが、というかなんというか。
私の友人は、やっぱり払いが良すぎました。
「……んじゃ、配置は己が決めて良いんだな。どこにどう、何を置くかは選ばせてもらおう。……だが、それに応えるっつー魔法の種明かしくらいはしておいて貰えんと動けないぜ? OZのリーダー」
バドさんと地図を見ながらリカー様。
「そうだね。時間もあまりない。二日後の夜までに間に合うかは、」
携帯を取り出し、耳に当てるカカシくん。
「彼女の腕に聞いてみよう。
――――うん、こんばんは。久しぶり。セシリア、貴女に調達して欲しいものがあるんだけど」
その女性の名前が出た瞬間の二人のリアクションは忘れられない。
バドさんはフォークに突き刺さったローストビーフを口へ運ぶ事無く取り落とし。
同じように、天下のチャイルド=リカーが煙草を口から落としてしまうなんて、とってもレアなものを見てしまったのです。
セシリア。
セシリアウィッチ=デュンゼ。
二年前、【大強盗】OZにその席を奪われた、ミリオンダラーの『元』二番。
【鉄と火薬の魔女】。この世に運べない場所と武器の無いと謡われた、死の商人。
「――クックク、ははは。ははははははッッ! どれだけキャストを使うんだ、ええ? これだけ豪華なメンバーを動かすっつーのが、どれだけの大事かわかってるのかい、嬢ちゃん。ハイネ=レンゲージ」
それはそれは愉しそうに笑って私を見るリカー様。
「【大強盗】の手引きで、世界有数の【情報屋】に調べさせ、【鉄と火薬の魔女】に武器を調達させ、【最強】と【最悪】の賞金稼ぎに討たせる。大した振るいっぷりだ。正直、手前様を甘く見ていた。成る程? 確かに持っているみてえだな、手前様は」
「えええええええ!?」
私の代わりに驚くバドさん。
「えっちょっ旦那、相方にも要請すんの!?」
「当たり前だ
――かくして。
私の、私からしてみれば前に進むためでしかない、過去の清算という小さな小さな動機の復讐は。
それはそれは壮大なスケールで準備を整えられてしまったのです。
もっとも、私はその壮大さを甘く見ていたのですが。
もっと言うと、私の友人の払いの良さを、甘く見ていたのですが。
私の最後の役割にして、舞台の幕明けを告げる“ラブレター”は、およそ文化圏に属する全人類の目に映ったと言っても過言ではなかったのです。
それは、駅前で号外をばら撒くように。
文字通り、ばら撒かれてしまいました。
カカシくんはセシリアさんとの電話を終えると、電話を今度は別の方にかけたよう。
「――こんばんは、アリス。いつかの借しの精算に使ってくれて良いのだけれど、頼みごとをして良いかな。君の友人にコンタクトを。……うん? そうだね、僕らの友人の大舞台なんだ。宣伝は派手にいきたいだろ?」
それからそれから。リカー様が『相方』さんと電話でやり取りしている中、今度はカカシくんにコールがかかってきて。
「やぁシルフ。こうして直通で話すのは初めてだね。レイチェルのことは諦めてくれないかな。それ以外なら払えるけれど。ひとつ、広めて欲しい文面があってさ」
この二人の名前に私が驚くのは、全てが終わった後。
ミリオンダラーの【二番】と【元二番】と【四番】と【七番】と【八番】が絡んでた、という驚愕の事実を、リカー様がにやにやしながら言ってくれるまで、私は知らなかったのです。
六月二十九日の夜半。
ある、一通の
“メイちゃんの
――そして、六月三十一日が、一年ぶりに訪れるのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます