第8話/10

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 それから一年近くが経って、私は私の物語を結ぶ。



 蓮花寺灰音は十六年生きてはいるけれど。


 は弓くんの言葉で生まれて、もうすぐ一年。



 だから、本当に。


 自分と最愛――ううん、私が恋した元彼さんを失ってから得た物といえば、びっくりするくらいに少ない。そして片方にはたぶん、価値さえない。


 カラーズのライセンス取得に纏わる話は一言で済んでしまった。



「……で私はカラーズになりました」


 もう片方の、とても大事なものたちへ。



 おしまい。






















































 ドロシーちゃんがテーブルを乗り出して私を抱きしめる。


「だ、だめだよ、ドロシーちゃん。あったかくて、その」


 は、すぐに――――ほら……




 彼女の真っ赤なワンピースの肩を濡らしてしまった。申し訳ないなぁ、と思っていると、ハンカチで優しく目元を拭かれてしまう。


「レオ様も、や、やめてくださいよぅ」


 は、すぐにコロっといっちゃうんですから。



「――納得したよ。ハイネがどうして、成り立てのカラーズにも関わらずミリオンダラーを探していたか」


 カップを置いて、カカシくんが言う。そして、続ける。


「レオは“したい事”が一番大事で、“しなくちゃいけない事”は三番目くらい? だっけ。まぁ、それくらいに優先度が低い、と言っていたけどね」


 スズさんはカカシくんの話と同期して携帯を操作していた。


「……君はまず、奪われた過去を取り返さなきゃいけない。それも、決定的に。徹底的に。そうでなければチェスのメンバーも、何より君が、前に進めない――――うん。そうだね、フィクションだけだと思っていたよ。ハイネ。後ろ暗くならなくても良いんだ」


「カカシ。繋がった、だ」


「うん。ハイネ。僕たちは犯罪者だけど、君の友人だ。だから言うよ」


 スズさんから携帯を受け取って、紅茶色の猫っ毛の下の目が、しっかりと私を捉えた。


 眩しい物を見るような、どこか陰のある、そらのような色の瞳。


 その心境は、今の私には知りえないモノで。 


 思えばカカシくんとまともに目が合うのは、珍しいことではないか――


 そんな私の、ふわふわと言うよりもスカスカな心は、




























































「――ハイネ。


 だから胸を張って殺意ぞうおを叫べ、と。


 私の心に住み着いた殺意ソレを、肯定されて、揺らぐ心がびたりと止まってしまった。



「何が何でも君はパレードをこの世から消すべきだ。連中の明日を奪ってでも、君の昨日を取り戻さなきゃならない」


 そうして、重量わずか10g程度のカードは、


「……コウノミヤユミが、君に施したを拒絶し、専業賞金稼ぎカラーズになることを選んだ君は、そのくびわを獲物に突き立てるしかないんだ」


 ずしり、ずしり、と。


 初めて『重さ』をパスケースの中で主張した。


 携帯が差し出される。


 促されるままに、受け取って耳に当てるまでの時間。


「僕たちも同じミリオンダラーだ。五番をどうこうしても、しょうがない」


 そんな、汚れ役は買いません、みたいな前振りと一緒に。


「だから、魔法をかけようと思う。灰被りの娘が、豪奢な城さえ霞むシンデレラ姫になるように。知っていたかい、ハイネ。


 ――魔法使いが現れたから、じゃあない。使


 ガラスの靴は当然のように無い。

 南瓜は馬車にはなっていない。

 私の服は、いつもの学生服のままだ。私服ですらない。

 亡くしたモノに縋るように、思い出パーカーを腕にだけ通しているだけの、人形以上、人間未満。




――そんな私に、はじまりのじゅもんが、電話越しに届いた。













「ハローハロー。今回のクライアントに代わってくれた? オレどんだけ放置されてんの!? ラブい定額プラン入ってねえのに悠長な使い方するよなぁ! これだから金満強盗は!! どーも、貴方の街の情報屋、バド=ワイザーでぇっす」


「…………どちら様ですか?」



「あれ!? 今オレちゃんと言ったよね!? 情報屋のバド=ワイザーですよ!! ご存知、無いのですか!?」


 ご存知、無いのです。


 カラーズの公式データベースにだって、そんな名前の情報屋なんて載っていない。


 まったくの無名フェイスレス


 つまりはの情報屋さんを紹介されてしまったわけです。

ミリオンダラーやカラーズ、もっと一般的な世界の常識とはまったく逆のランキング。


 彼ら情報屋は、のだから。



「あれ? 声若いね。まぁ良いけどさ。お客さん、面白い情報持ってるんだって?  スズの旦那が珍しく煽ってきてます! 何でも“世界中の誰もが知らない、【五番】の情報”だとか。本当だったらオレ全財産投資するよ!」





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 心優しい魔法使いに、魔法をかけられました。南瓜は馬車に、ネズミは馬に。ぼろぼろだった私のふくは、星をちりばめたのかと疑うような眩いドレスへと――


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 私には、お城へ行く為の条件がまるで揃っていなかった。


 OZの方々のように、世界中を笑い飛ばして事を成せるような豪気さも、力も、財力もない。



 持っているのは、蓮花寺灰音である、というパーソナリティ。

 どこにでもいる人間というノーマリティ。

 そして、唯一の。



 散々使い古されてなお、やはり王道を飾ってしまうたった一つの潰えないカードおやくそく



「絆」とか「人脈」である。





――、と四人が目で促してくる。






 覚悟。












「――報酬はお金よりも。私が、えっと……バドさんに繋がった、という結果と同じで……」


「ふんふん。コネが欲しいのか。誰を紹介すれば良いかな。ミス・レンゲジのそれで、情報の真偽がちょっとは解るし」




 それは、何を使ってでも遣り遂げろ、という覚悟。


 それよりも――




 

 灰を被って誰の手を汚してでも成し遂げろ。そんな覚悟を強いる瞳だった。



























「――<最強>。【白】のカラーズ。チャイルド=リカーさんとの繋がりが?」



「――――」


 電話越し。息を呑むタイミングが、聞こえた。












































































「……オーライ。詳しく聞こうか。明日にでも会えるかな」


 どこかヘタレ臭のしていた通話相手が、画面の向こうでとしての顔になったのを皮切りに。




 私の時計が動き出す。



 六月二十八日。



 それからの三日間は、まるで夢のような速さで過ぎ去っていく。




 一年前と同じ。


 

 一年前を、終わらせるために。

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