* 12 *

 連休の最終日。

 祝日なのに、朝から高校のある最寄り駅まで来た。

 理由は、簡単。

 両親が家にいるから、外に出てきた。

「図書館で勉強する」と伝えて。


 ここの駅近くにある市立図書館は、数年前に移転して、広くて綺麗で居心地がいい。

 学習室も広くて、勉強するには最適な環境。

 家にいるより、ずっといい。

 たまに行く地元の図書館は古くて、夏は省エネで暑くて、冬は暖房が利きすぎて暑い。椅子に座ると、ギシギシ音がする。

 メリットは、駅から離れているから学習室が空いているくらい。

 地元の図書館より高校近くの図書館の方が、蔵書量もある。

 快適だし、定期券があるから、ついこっちを利用してしまう。


 開館と同時に図書館の中に入り、カウンターで学習室の席札を貰って、2階の学習室に向かう。

 朝一は、学習室の受け付けでカウンター前に行列ができる人気ぶり。

 札の番号の座席に腰かけて、リュックから参考書とルーズリーフと、ウォークマンを引っ張り出す。

 ウォークマンのイヤホンを装着しながら室内を見渡すと、席はまだ半分以上空いている。

 席に着いた人たちは、本を読んだり、勉強したりと、既に没頭していた。


 シャープペンの芯と紙のれ合う音。

 紙をめくる音。


 ウォークマンの再生ボタンを押す。周りの音が消された。

 周囲の人のペースにも慣れて、だんだん気にならなくなり、参考書に集中していった。




 左肩を叩かれる感覚に、集中力が切れた。


 振り向くと、北上と米倉さんの姿がある。びっくりしたままウォークマンを止めると、北上が学習室の出入り口を指差した。

 図書館内ではしゃべることができないから、外に出よう。そういう意味だろう。

 オレが首を縦に振ると、北上と米倉さんは先に学習室から出ていく。

 机に広げた参考書はそのままに、リュックサックを持って、席から離れる。


 静かな図書館内から、一旦通路に出る。通路に面する休憩ペースに向かうと、2人ともベンチに座ってくつろいでいた。

 自動販売機でミネラルウォーターを買ってから、北上たちのもとに行く。

「2人も来ていたんだ」

 まさかこんな所で会うとは思っていなかった。

「静かに勉強できるから」

「設備も綺麗だし」


 考えることは、一緒らしい。


「あれっ、お兄ちゃん!?」

 驚いたような、幼い声がした。

 一斉に視線を向けると、休憩スペースと通路の境に、中学生くらいの女の子が2人立っていた。


 誰だろう?

 どちらも、見知った顔ではない。


 ショートカットの溌剌はつらつとした少女は、くりくりとした瞳をめいっぱい広げて、びっくりしている。

 その隣には、赤茶色の髪をふたつにわけた、冷めた印象の子。細い目でじっとこっちを見つめて、ものじしなさそうな感じがする。


 ――お兄ちゃん。

 さっきそう言った。


 北上に目線を向けた瞬間。

「――隆子たかこ。お前、何しているんだ」

 倦怠けんたい感をあらわにした口調で、溜め息と一緒に吐き出す。

「見てわかんない? 図書館に勉強しに来たの。清香さやかちゃんと」

 口角を吊り上げて、ショートカットの女子は兄に向って、ぞんざいに放つ。その直後、がらりと雰囲気を変えて、年相応の笑顔を米倉さんとオレに見せる。

「初めまして。明浩の妹の、北上隆子って言います。法隆寺に子どもで、隆子です」

「…おい……」

 すごみのある北上の呼びかけを歯牙しがにもかけない妹は、一歩後ろに直立するもう1人を自分の前に押し出す。

「で、彼女は…私の友だちの、横森よこもり清香ちゃん。きよらかな香りで、清香ちゃん」

 機嫌が悪くなる兄をよそに、自分と友人の自己紹介をする隆子ちゃんに、豪胆ごうたんだなと感心する。

「…こんにちわ」

 清香ちゃんと呼ばれた子は、ぺこりとお辞儀をした。その声はかぼそく、見た目の印象と違う。

「お前のペースに他人を巻き込むな」

「巻き込まれるのは、誰?」

 噛んで吐き出すような北上に、隆子ちゃんはあっけらかんと返す。


 あの兄にして、この妹あり。

 面白おもしろい。


「似た者兄妹」

 楽しげにささやいた米倉さんは、北上の妹に興味がき立てられたようだ。

「隆子ちゃんたちは、何年生?」

「中学3年です。えっと……」

 米倉さんの質問に屈託なく答えた隆子ちゃんは、言葉を詰まらせる。

「あ、ごめんなさい。私、米倉綾子。彼は、森井和哉。私たち、お兄さんと同じクラスなの」

 優雅な笑みを見せて、米倉さんが名乗る。しかも、オレの紹介までした。

「わぁっ! お兄ちゃんのお友だちさんなんですね。お兄ちゃんのこと、色々聞かせて下さい。…ね、清香」

 破顔した隆子ちゃんは、嬉しそうに隣の友人に同意を求めた。話を振られた清香ちゃんは、「うん」と小さく答える。色白の頬に赤みが差す。

「いいわよ。何でも聞いて」

 米倉さんは、艶っぽく笑む。明らかに、楽しんでいる。

 チラッと、北上の顔色を盗み見る。

「……」

 妹を睨んでいた。

 北上の感情が氷点下まで下がっている。


 ここにいても意味がないから――。

「そろそろ戻るよ」

 話がはずむ女子たちに伝えて歩き出すと、北上も無言のままその場を離れた。

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