* 13 *

 11時を過ぎて、一息ひといき入れようと、休憩スペースに足を運ぶ。ベンチに座り、ペットボトルの水をごくごくと飲む。

 意外と、喉が乾いていた。


 何げなく窓の外に視線を向ける。

 五月さつきれの名の通り、眩しいほど晴れている。


「森井も一休みしに来てたのか」

 声がして顔を通路の方に向けると、北上が歩いてきて、オレの右隣の椅子に勢いよく座り込む。

「まあ、ね。…隆子ちゃんって、北上の妹って感じだね」

「どこが?」

「性格が」

 オレの発言に素早く切り返した北上に、こちらも即答した。

 負けじと北上が口を開いた時。

「あら。同じタイミング」

 米倉さんの陽気な語気に邪魔される。

 示し合わせたように、3人が集まった。

「隆子ちゃんって、かわいい子ね。」

「…どこが?」

 米倉さんの感想に、北上は不審げに眉をしかめる。

「素直な妹じゃない。お兄ちゃん」

 腕を組んで悠然ゆうぜんと構える米倉さんに、北上は心底嫌そうな顔をする。

「……」


 少しすると、隆子ちゃんと清香ちゃんも姿を見せた。

 オレたちのいる位置に寄ってきて、隆子ちゃんが人懐っこい顔をする。

せいぞろいですね」

 いそいそとしゃべる隆子ちゃんの後ろで、清香ちゃんが頭を下げる。

 オレたちが座る正面に立ち並ぶ女子3人の姿に圧倒されそうだ。北上の妹を見ていた米倉さんの唇が、何か思いついたように笑みの形を作る。

「みんなで、お昼食べに行こう。隆子ちゃんと清香ちゃんも一緒にいかが?」

 米倉さんの突如とつじょとした提案に、

「はぁっ?!」

 頓狂とんきょうな声を発したのは、北上。


 ――また唐突に。


「えっ!? いいんですか?」

 驚きつつも、嬉しそうな声を出したのは、北上の妹。その横で、清香ちゃんは目を丸くする。

「うん、いいわよ。何なら、夕香も誘うわ」

 言うなり、米倉さんはスマートフォンをいじり出す。

 女子の間で、どんどん決められていく。

「………おい」

 低くわった北上の声を、女性陣は丸無視する。いや、清香ちゃんだけが、心配そうな顔で北上と隆子ちゃんを交互に見ている。

 いつも腹立たしいくらい冷静沈着な彼が、ペースを乱されている。


 珍しい光景だ。

 はたから見ていると、楽しいかも。


「夕香、10分くらいで来るって」

 名本さんの名前に、意識が引っ張られる。

「行くわよね」

 北上とオレを見据みすえて、米倉さんが言明げんめいした。逆らえない空気に、両手を上げて降参をする。

「わかったって」

 なかば諦めの境地で頷いた。

「夕香さんって、誰ですか?」

 尋ねたのは、隆子ちゃん。

「私たちの友人。どんな感じかは、会ってみてのお楽しみ」

 米倉さんの答えに、隆子ちゃんはすねたように頬をふくらませた。そんな友だちを、清香ちゃんはほほえんで眺めている。

 清香ちゃんは、滅多に話さない。しゃべったとしても、隆子ちゃんに投げかけられた内容に短く答える程度。

 人見知りをする性格なのか、元来がんらい大人しい子なのか。




「お待たせしましたぁ」

 休憩スペースに現れた名本さんの第一声に、オレは壁にかけてある時計を見る。

「本当にきっかり10分だ」

 ぼそりと呟くと、名本さんが不思議そうな目をする。

「米倉さんが、名本さんは10分で必ず来るって、断言するから計っていたんだ」

「そうだったんですねぇ」

 オレの言葉に納得しながら、名本さんは左肩にかけたトートバックからスマホを取り出した。

 小花を散らしたブルーのチュニックに、黒いレギンス姿の名本さん。

 いつもの制服姿と全く違う印象に、はっとする。

 初めて見た、私服姿。

 髪型は、いつものポニーテール。


 それから、思い及ぶ。

 北上も、米倉さんも、私服。

 目には入っていたのに、認識していなかった。

 ――どれだけ、他人に興味がないんだか……。

 自分自身に、呆れる。


「本当ですねぇ。すごいですねぇ」

 名本さんはスマホの画面を見て、感嘆したように呟く。そして、米倉さんの近くに佇む隆子ちゃんたちに気づき、首をかしげる。

「夕香。彼女は、北上の妹の隆子ちゃん。その隣が、隆子ちゃんの友人の清香ちゃん」

 米倉さんは、名本さんの視線の先を知り、2人を紹介した。

「そうですかぁ。…初めまして、名本夕香です」

「初めまして」

 自ら名乗った名本さんに、中学生2人はそろって一礼する。

「北上くんは、お兄さんだったんですねぇ。お2人とも、かわいいですねぇ」

 ふんわりと笑う、名本さん。

 その笑顔に誘われて、清香ちゃんの顔にあどけない笑みが広がる。

 その場に、優しく穏やかな空気が流れる。


「まず、図書館から出よう」

「そうですねぇ。まず、出ましょうか」

 米倉さんの言葉に名本さんが同意すると、それを合図に北上たちも移動し始める。

 名本さんの周囲にあった穏やかな空気が霧散むさんしていた。


 ……もったいない。


 残念に思う。

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