* 48 *

 放課後。

 ショートホームルームが終わると同時に、クラスを離れた。


 教室にいたくない気持ちと、委員会の仕事があるから。


 図書室に行くと、1年生が作業に取りかかろうとしていた。

「森井先輩、お疲れ様です」

 カウンター近くのテーブルにいた真田くんがオレに気づいて挨拶をしてきた。

「早いね。1人?」

「はい。そうです」

 話をしながらカウンター前を横切り、司書室のドアまで行きノックをする。

「青木先生、本の入れ替え始めていいですか?」

 司書室に入りながら話しかけると、青木先生は心持ち嬉しそうな表情を見せる。

「森井くんも早いのねぇ。じゃあ、もうお願いしちゃおう」


 ――早く取りかかりたい。


 椅子から腰を上げた先生は司書室を出て、真田くんに声をかけてから、作業の説明を始めた。

 青木先生の説明が終わる頃には、今日の係全員が集まっていた。

 2年生と1年生の図書委員が8人。今日は書架整理だから、男子ばかり。

 黙々と棚から蔵書を取り出して、本をチェックしている生徒の所に運ぶ。

 男子生徒だけだから、気兼ねしないでいい。今は、女子たちのきゃいきゃいと談笑する声を聞きたくなかった。

 何も考えずに、本の入れ替えに没頭ぼっとうした。




 書架整理が終わって校舎を出ると、雨が上がっていた。

 空をあおぐと、雲の切れ間から空の色がのぞいていた。青みがかった灰色の雲から、朱色の光が差し込む。


『夕色』

 あの時の感情ごと、鮮やかによみがえる。

 名本さんがいないのに……。


 顔を下に向けて歩き出す。

 正門に向かう最中、校庭を見るとサッカー部が練習をしていた。部員たちの中に、真面目に練習に参加する山谷の姿もある。

 いつもと変わらない光景。


 ――数週間後には、名本さんいない。


 仲間たちと楽しげな山谷を見ていたら、無性に苛立ちがつのる。この場から立ち去りたくて、家路にいた。

『他の人には、転校のことは内緒にしておいて下さい――』

 摯実しじつな姿勢でお願いをされては、聞き入れるほかなかった。

 昼休みに美術室に行かなければ、こんな気分にはならなかった。

 前から知っているのと、後から知るのと、どっちの方が辛くないんだろう。

 自問していた。


 普段通りに過ごして、名本さんが引っ越した後に知らされる。

 そうなった時、山谷はどう思うんだろう。


「…名本さんの絵も見られなくなるんだ」

 不意に思い至って、呆然とした。

 今頃気づくなんて。

「どうしたのよ?」

 不審げな姉の語気で意識が戻る。周囲を見れば、家の近くの小道を歩いていた。

「何が?」

 後ろを振り向いて、葉月に訊き返す。

「背中がもの寂しそうに見えたわよ」

「……」

「名本さんの絵が見れなくなるから?」

 独り言を聞かれていたらしい。

「名本さんが転校するんだって」

 追求をやめる気のない葉月に渋々伝える。他の人には言わない約束だけど、誰かに言ってしまいたかった。

 名本さんの名前を出して、果たして姉にわかるか。

 そのくらいの関係だからか、後ろめたさがなかった。

「名本さんって、前に駅で会った子?」

 覚えていた。

「うん。…数年後偶然会えたら付き合いましょう、って言われた」

「へぇ」

 姉の声のトーンが上がった。

 嫌な予感がする。

「名本さんって、絵が上手なの?」

「そう」

「なら、偶然を装って再会するのも手だね」

「………は?!」

 にっこりと笑う葉月が、何を言っているのか理解できなかった。

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