* 25 *
ひんやりとした体育館の壁に背中を預けて座り、バスケットボールに取り組む男たちを観覧していた。
すぐ脇の開け放たれた出入り口から、時折心地よい風が吹き込む。
2時限目の体育の授業。
北上と小谷野がいるチームとB組のチームの対戦を少し離れた場所で眺めつつ、くつろいでいると小さな足音が迫ってくる。
「森井くんは、バスケしないのですかぁ」
少し離れた位置から、のんびりと話しかけられる。
左横に視線を動かすと、制服姿で佇む名本さんがいた。
「もう終わったから、休んでいるんだ。名本さんは、どうしたの?」
女子はグラウンドだったはず、と記憶を探りながら、名本さんに訊く。
「見学ですぅ。暑いので、体育館に避難しに来ました」
靴下のままオレの横まで歩いてきて、名本さんはスカートの
彼女の言葉で屋外を見ると、まばゆい日差しに目がくらむ。
朝起きた時は雨上がりだった空が、通学途中に雲が薄くなり、1時限が始まる頃にはすっかり晴れていた。
授業を聞きながら、窓から見える水を混ぜたような青空を見た。
笛の甲高い音に視線を戻すと、試合が終わったらしく、北上と小谷野がこちらに向かってくる。その横に、何故か山谷もいた。
山谷は明るく気さくで、話の輪の中心によくいる。クラスメイトたちの会話に入らないオレとは、触れ合うことがなかった。
つい最近までは。
「名本さん、どうしたの?」
「お疲れ様ですぅ」と3人をねぎらう名本さんに、無意味に明るい声で山谷が、オレと同じ聞き方をする。
彼の心境を投影したように、その表情は嬉しさでいっぱいだ。
――単純な奴。
「今日は、見学なのです。名本ってば、か弱いから」
「サボり、だろう」
自分のことを指差す名本さんに、北上が素っ気なく指摘する。
「残念ですが、本当に風邪気味なのですよ」
名本さんは、あまり説得力のない口ぶりをする。
「大丈夫なの?」
「やっぱり、森井くんは優しい人ですねぇ」
尋ねたオレに、彼女は誰も言わないような感想を声に出した。
前にも言われたけど………全然、優しくないよ。
そう言おうとしたら、体育館の外が騒がしくなり出す。少しして、米倉さんが姿を見せた。
「こんな所にいたの。夕香」
名本さんに声をかけながら、米倉さんがこちらに歩いてくる。
授業の終了を伝えるチャイムが鳴る中、名本さんは急いで立ち上がると、足早に動く。
「お疲れ様です」
米倉さんに近寄った名本さんは、彼女の
「終わったから、戻ろう」
小谷野の
そのまま6人で校舎へ続く戸口に進むと、大きな足音が響く。
――
しかめっ面で音のする方を見ていると、高橋さんが勢いよく中に入ってきた。反射的に、視線を合わせないように顔をそむける。
「森井くん」
「……何?」
呼びかけた高橋さんに、悟られないように小さく息をついて、言葉短く問いただす。
「今日、委員会の集まりがあるから。放課後、図書室だって」
普段のきつめの語調で、高橋さんが用件を告げる。
高橋さんという女子は、名本さんと違う意味で一般的な女子たちとは毛色の違う存在だ。
4月に告白されてひどい断り方をしたのに、数日後からいつも通りに話しかけてきた。告白したことなど、すっかり忘れたかのように。
「わかった。ありがとう」
会話を切り上げて、少し離れた位置で高橋さんとオレの様子とうかがっていた北上たちの所に行く。
高橋さんが何か言いたそうだったけど、わかっていない振りをした。
「冷たい態度ね。高橋千秋が可哀想よ」
楽しそうな笑みを見せて、米倉さんがそう告げる。非難する言い方ではなくて、からかう調子で。
「女子には、もっと優しくしたらどうだ」
同じように口許に笑みを浮かべたままの北上にも言われ、北上の反対側にいる山谷には、
「高橋と森井って、お似合いだよな」
などと言われる。
――余計なことを言うな。
むかついたが顔には出さないようにして、無言の小谷野を見ると、面白そうな彼と目が合った。
「………」
どいつも、こいつも……。
「何か言いたそうだったわよ。デートの誘いとかなら、もったいないわよ」
心にも思っていないことを平然と放つ米倉さんに、真剣に質問する。
「もし、米倉さんが男だったら、高橋さんと付き合うの?」
「丁重に、きっぱり断るわ。私のタイプじゃ、ないみたいだし」
即答した米倉さんの横で、「でもぉ」と名本さんが呟く。
5人の目が一斉に名本さんの方を向く。
「自分の気持ちに素直で、カワイイ人ですよね」
名本さんの邪気のない笑い顔。
本心を見せてないんじゃ……。
彼女の笑顔を見て、そんなことを思った。
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