* 26 *

 放課後。

 帰りのホームルームが終わり、図書室に向かう。


 室内に入ってすぐ右を見ると、カウンターの中に座る司書教諭と目が合った。

「先生1人ですか?」

 カウンターの前を横切りながら尋ねたら、青木先生は背後の司書室を指し示して口を開く。

真田さなだくんたちに、会議の資料を準備してもらっているの」

 真田というのは、今日のカウンター業務担当の1年男子。

 何でも率先してやりたがる性格らしく、今日も慌ただしく作業していた先生に声をかけたのだろう。


 その場景じょうけいが思い浮かぶ。


「そうですか」

 頷きながら図書室の中をざっと見渡すと、試験直前のため、閲覧えつらんコーナーで勉強している生徒ばかり。

 カウンター近くの新聞閲覧用のテーブルに鞄を置く。

 会議をする時は、いつもこの場所。

 制服の上着のポケットからスマートフォンを取り出し、時間を確認する。

 委員会が始まるまで、かなり時間がある。

 カウンターにいてもやることがないから、書架にを運ぶ。本棚をチェックしながら、ぶらぶらと歩く。

 見るとはなしに、書籍の背表紙をなでるように通りすぎる。

「……」

 するりと、視界に入り込んだタイトルに、足が止まった。


 ――色の名前。


 その本に手を伸ばして棚から引き抜いて、表紙を見て、はっと息を呑む。

 橙色に染められた、空と川面かわもの写真。


 ……夕色。


 引き込まれるみたいに、そっと表紙を開く。

 赤とオレンジの、中間のような色。

 表紙とは、また違う色合い。

「…っ」

 燃えるような朱色に、呼吸を止める。

 その写真の下に書かれた『あけぼのいろ』の文字と、その色の説明。

 烈々れつれつたる興味に突き動かされて、更に1枚ページをめくった手がとどまった。

 ざわりと、心がさんざめく。


 鮮やかな、青。


 晴れた空に、白い雲が浮かぶ、写真。

 そらいろ。天色。

 ページを進めて、真っ青な空の写真が見開き一面に載っていた。

 スカイ・ブルー。

 南国の空の色と、海の色。

 青のグラデーションで作られたような、写真。

 目がくらむほどの……。


 ――こうやって、名本さんも知っていくんだろうか。


「森井くん、会議始めるわよ」

 青木先生の声で、我に返る。呼びに来た教諭に頷いて、本棚から離れる。

 本を手にしたまま。

「先生。貸し出しお願いしてもいいですか?」

 書架からカウンターに戻りながら、前を歩く青木先生に訊くと、

「いいわよ」

 こちらに顔を向けて、気さくに承諾しょうだくした。

 カウンターに到着すると、先生は身体ごと振り返り、右手を出してきた。

「貸して」

 そう言われて本と学生証を渡すと、青木先生はカウンターの中に入り、素早く手続きをする。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 差し出された本を受け取りながら、お礼を伝える。

 胸がおどるような、感覚。

「それじゃあ。委員会、始めるわよ」


 ……会議に集中できないかも。


 青木先生の言葉を聞きながら、自分の心がどこに向かっているか認識していた。

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