* 27 *
委員会の打ち合わせが終わるとすぐ、図書室を後にして、4階に駆け上がった。
美術室の開け放たれた出入り口から中を覗き見ると、イーゼルに立てかけた木製パネルの前でじっと立つ名本さんの姿があった。
手を動かす彼女の真剣な視線が持ち上がる。
「森井くん。委員会、お疲れ様ですぅ」
目が合った途端、パッと花が開くように笑みが広がる。
「…うん………」
その勢いに圧倒されながらも室内に足を入れて、奥へと進む。
「森井くん、その本……」
荷物を置くのを見ていたのか、名本さんが呟く。
「図書室で見つけた」
「名本も、その本好きです。よいですよねぇ」
机に置いたばかりの本を持ち上げて、表紙を見せると、名本さんは笑みを深くする。
カタン…と、小さな音を立てて椅子から腰を上げる。そのまま窓辺に寄ると、アルミサッシに身体を預けて、外を眺める。
――見慣れた光景。
名本さんの横に佇み、彼女と同じ方向を見る。
「そういえば。森井くんは、女の子が苦手ですか?」
突然の質問。
「………どうして?」
前置きのない言葉に、思考が停止した。
「女子たちと話している森井くんは、楽しそうではないようにお見受けしたので……」
そう言われて、
マイペースで、他人のことなど気に留めなさそうな名本さんが、オレの表情を見ていたなんて。
「
――うるさかった。
そんな女子たちを見て、いつも呆れていた。
どうして、話したこともない人間に好きだと、言えるのだろうか。
告白される
こっちに顔を向けた名本さんと目が合う。
「でもそれは、その子たちが森井くんのことを好きだからですよ。好きな人の前なら、誰でもテンションが高くなるし、緊張もします。
屈託のない笑みを浮かべ、名本さんが言う。
……そういうものだろうか?
ふと、思いつく。
「名本さんも、好きな人がいるの?」
目線を外の光景に戻した彼女の横顔に尋ねた。その顔は夕日を受けたせいか、キラキラと輝いて見える。
「はい、いますよ」
前を見つめたまま、名本さんは
名本さんが、誰かを好きになる。その事実に、関心を持つ。
どんな男を好きになるのだろう、と。
だけど、その半面。
それとは別の、明らかに違う感情が湧き出る。じわじわと
「……でもぉ。名本も女子ですけど、苦手ではないのですか?」
「名本さんは平気。普通の女子たちと違う存在だから」
彼女独特のとぼけたような語調で訊く名本さんに、即答した。
「それって、名本が変わっているということですかぁ」
――確かに、変わっている女子だ。
胸中で納得する。
「……変わっていると言われて、名本は喜んでよいのでしょうか」
複雑そうな言葉つきで静かに呟く名本さんは、真面目に悩んでいるみたいだ。その姿があまりにも真剣でかわいらしくて、
黒く大きな目をきょとんとさせて、名本さんがオレのことを眺めている。
その表情が、愛くるしい。
胸の奥の方から、じんわりと温かいものが広がる。
「ごめん……そんなことを、真剣に悩んでいる、名本さんが。…おかしくって、かわいらしかったから。ごめん」
笑いを
「なっ……名本は、カワイイ人間ではないですよぉ」
慌てふためいた状態で、名本さんが否定する。
自分のペースを崩した名本さんを初めて見て、また笑いが込み上げてくる。
久しぶりに声を上げて笑った。
肩の力が抜ける。
余分なものが、すとんと落ちた。そんな感じがした。
「ちゃんと笑えるのですねぇ」
穏やかな笑みを浮かべた名本さんは、そっとささやくように告げる。
その表情は静かなものだけど、とても鮮やかに、意識に残る。
「森井くん、見て下さい」
前方を指し示す名本さんの指の先を見る。
窓の外に広がる、夕焼けの空。
「
「…夕色」
「はいっ。素敵ですよねぇ」
その言葉に誘われて、名本さんに視線を移す。
ふんわりと笑む横顔が、輝いて見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます