* 8 *

「…そういえば。北上と森井は、今度の連休どっか出かけるん?」

 北上とオレの席の間にいる冨永が質問してきた。

 朝練の後はあんなに気だるげで、授業中は熟睡していたのに、休み時間になったらテンションが高くなった。


 3時限目の授業が終わった、休み時間。


「オレは、特に予定はない」

「俺も今のところ、予定は未定」

 即座に答えたオレの後に、北上の返答が続く。

「マジ!?  じゃあさ、」

 オレたちの答えを聞いた瞬間、冨永の双眸そうぼうが輝く。

 それを見て、嫌な予感がした。

「合コンしようぜ。合コン!」

「何故?」

 血気けっきさかんな冨永に、北上がすかさず問いただす。

「ナゼ? って、カワイイ子と仲よくなりたいから」

「何で、俺たちを誘う。他を当たれ」

 浮かれた調子の冨永を、北上は突き放す。

「えー、冗談だろ。お前らじゃないと、女の子が飛びつかないんだって」

「オレたちは、えさか」

 わるびれないで堂々と本心を語る冨永に、オレは皮肉ひにくる。


 出しにされるのは、願い下げだ。


「人気があるんだから、いいじゃん」

 冨永の言い草に、「はぁ」と北上が嘆声たんせいを出す。

 大きな溜め息に北上を見ると、眉をひそめる相形そうぎょうは明らかに呆れ果てている。

「悠太、合コンやるのか? 俺も参加する」

「いつ、やるんだよ。決まったら、教えろよ」

 近くにいた男子たちも口々に参加の意思表明をする。

「俺たちに構わず、計画しろよ」

「だから~。お前らが参加しないと、意味ないんだって」

 北上のすげない言葉に、冨永は即座に反論する。


 ――誰か、冨永の口をふさいでほしい。

 切実に願う。


「森井くん」

 女子に呼ばれた。

 休み時間のにぎやかな教室でも通る声。

 一瞬、クラスの中が水を打ったようにしんとなる。

 冨永との会話を邪魔するタイミングに感謝しようとして、その声が高橋さんのものだと気づいて、複雑な心境になる。

 声がした方を向くと、後ろのドアの横に、高橋さんが直立していた。

 声のトーンといい、そこにいる姿といい、相変わらずの様子。

 朝に続いて、気取らずに。


 実は、告白されていないんじゃないか――混乱しそうだ。


「何?」

 とりあえず、高橋さんがいる戸のそばに行き、用件を尋ねる。

「今日の放課後、カウンター業務の当番だって」

 オレと高橋さんが所属する図書委員会。その仕事のひとつであるカウンター業務は当番制。

 今日は当番じゃないが、変更が発生したのだろう。

「わかった」

 普段通りの高橋さんの話し方に、オレもいつもと変わらない応対をした。

 クラスの人間が、こちらを意識しているように感じるのは、気のせいか。


 あんなことをしたのに、いつも通りって……どんな心臓をしているのか。

 それに、噂になっているのにオレに声をかけるのは、抵抗がないのだろうか?


「じゃあ、ね」

 他人を気にするオレの心理状態を知らないまま、高橋さんは自分のクラスに戻っていく。

 室内をただよう微妙な空気に、らぬふりを装って、自分の席に戻る。

「なあ、森井…」

 ためらいがち声をかける相手を見る。

 スポーツマンらしい短めの黒髪に、人のよさそうな顔立ちをした、山谷やまや隆行たかゆき

 自分の席から離れて、オレの机の前で停止した。

「高橋さんに、告白されたんだよな」

「あぁ」

「それで、振ったんだよな」

「…あぁ」

 神妙な顔つきで、確認をするような言い方をする山谷を、不可解な目で眺める。


 何が聞きたいんだ、コイツ。


「もしかして~。山谷って、高橋のこと好きなのか?」

 からかう声音が、右横から聞こえた。山谷が慌てて、冨永を見る。

「なっ、なんで……」

 山谷の見事な動揺っぷりに、周りは「もしかして」とあてずっぽうに想像してしまう。

「そうかそうか。山谷のタイプは、高橋か~」

 追い討ちをかけるみたいに続ける冨永に、山谷は少し悩むような表情を見せる。

 冨永のデカイ声は、無意識か、故意か。

「確かに、高橋さんは綺麗だよね」

 真面目な顔で頷く山谷。


 ふと視線を感じて、左後ろを振り返る。

 感情のない瞳でこちらを見ていた名本さんと目が合う。

 途端に、にこりと笑う名本さんにちぐはぐな感じをいだく。

 名本さんの斜め後ろの席では、米倉さんが左手で頬杖をついて、成り行きを見守っている。

 面白そうに。

 他の奴らも興味津々で山谷たちを見ている中、名本さんだけが違う。


 ぎこちない笑みだった。

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