* 5 *

 授業終了を告げるチャイムが、校舎に鳴り渡る。

「今日は、ここまで」

 その数学教師の合図で、教室内が一気にあわただしくなる。


 午前、最後の授業。


 先生が荷物を整理し始めたのを確認して、そそくさと後ろのドアから抜け出して、一足先に食堂に向かう。

 教室にいても、腹が立つだけだ。

「なあ、森井」

 からかいを含んだ男の声と、肩をつかむ馴れ馴れしい手つきが、邪魔をする。


 また、来た。


 横目で見ると、見知らぬ男子生徒が唇を吊り上げている。

「高橋フッたってホント?」

 朝のツインテール女子から始まって、これで4人目。

 どいつも、他のクラスの人間。

 休み時間になると、わざわざ聞きに来る暇な連中。

 下世話な内容。

 かんさわる。


 いい加減にしてほしい。


 興味本位に聞いてくる奴らに、応対するのもバカらしい。

「――さぁ…」

 はぐらかして、男子の手を振り払うように、その場から離れる。

「オイッ!!」

 背後からの険悪な呼びかけをスルーする。友人でもないのに、構っていられない。

 聞こえない振りを決め込むことにした直後。

 ドンッ。

 思いっきり右肩を押され、前のめりになる。予期しない衝撃に、頭に血が上る。


 無視したら、実力行使かっ?!

 ふざけるな!


 勢い込んで振り返ると、眼前にほのぼのと笑う小谷野の顔があった。

「和哉、学食に行くんだろう。タイミングいいね、俺も行くところ」

 悪びれしない彼の笑顔に毒気を抜かれた。

 気勢きせいをそがれて、怒れなくなる。

「あらっ。森井に聞きたいことがあるから、私も付き合うわ」

 猫のように、するりとオレの左横に並ぶ米倉さん。

「混雑するから、早く行こう」

 小谷野がオレの右側に移動してうながす。

 気にめてくれる友人の心が嬉しくて、その温かさがこそばゆい。

「……手加減しようよ、脩」

 とりあえず、本気で痛かったから、苦情だけは伝える。


 3人つるんで階段を下りて、教室が入る第2校舎に隣接する食堂に足を運ぶ。

 休み時間ごとに教室に出現する野次馬。

 廊下から顔を見せて、はやし立てる男子。我が物顔でオレの席の横に立ち、てこでも動きそうないない女子。

 その状況を見ていたクラスメイトの顔には、同情の色が見受けられた。


 彼らがオレと連れ立っているのは、虫除けの効果を狙ってのことじゃないだろうか。

 そう思うのは、都合よすぎるだろうか。

 それでも、クレバーな美女と濃すぎる大男の組み合わせに、親しくもない生徒はこちらを遠巻きに眺めるだけ。


 正直、助かる。


 学生の少ない食堂に入り、目当てのランチを確保して、空いていた窓際の場所を陣取る。

「いい加減、無視したら? 噂にいちいちピリピリしていても、生産的じゃないわよ」

 椅子に座って早々、米倉さんに指摘された。

「無理無理。和哉は気が短いから」

 即答した小谷野を、じろりと見る。

 オレの左側、窓辺に座って、無関係な顔で味噌ラーメンのスープをレンゲですくっている。

「それもそうね」

 小谷野の前の席で頷く米倉さんは、かけ蕎麦に手をつけないでいる。

 それが、少し心にかかる。


「綾子さん、お待たせしましたぁ。……小谷野くんと森井くんも、一緒なんですねぇ」

 パタパタと足音を立てて、接近する声。

「意外と早かったのね、夕香」

「はい」

 カレーライスの乗ったトレーをテーブルに置いて、オレの正面に座る。

 うつむけていた名本さんの顔が上がり、大きな目と合う。


 ――――謝らないと。

 大切なことを思い出した。


「一緒ですね」

 陽気に笑う名本さん。

 オレと名本さんの間に並ぶカレーライスが視界に入る。

「…そうだね」

 あんな腹立ちまぎれな態度を取ったのに、いつもと変わらない様子。

「朝は、ごめん」

 スプーンを持った名本さんに謝罪すると、きょとんと首をかしげた。

「今更ね」

 チクリと非難したのは、米倉さん。

 返す言葉もない。

 素直に、そこは認める。

「名本は、気にしてないですよ」

 当の本人は、けろりとしていた。

 その言葉に、気持ちが楽になる。


「いただきまぁす」

 名本さんはスプーンに乗せたカレーライスをぱくりと食べて、顔がほころびる。

「夕香、美味おいしい?」

「はいっ」

 幸せそうな名本さんの笑顔に、米倉さんは眩しげに目を細めてから、箸を持ち出した。

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