第2話

* 3 *

 翌日の朝。


 駅から学校までの道のりを歩いていたら、北上明浩あきひろに呼び止められた。

「何?」

「高橋千秋に告白されたらしいな。しかも、振ったんだって!?」

 短く尋ねたオレに、北上は確信を持った口調で訊いてきた。


 どうして、彼が知っているんだろう。


 疑問に思う反面で、あの場に居合わせた名本さんの姿が頭をよぎる。


 名本さんが、話したのか。

 そんな風には見えない人なんだけど……。


「それ、誰から聞き出した?」

 黒いオーバル型の眼鏡越しに睨む。北上の方が背が高いから、やや見上げる格好になる。

 黒い前髪が目にかかり、感情が読みにくい。

「校内の雀から」


 スズメ?!


 教室の机の上に、スズメ。

 思い浮かんだのは、自分の机。

 何故――?


 ………………………………あぁ。

 おしゃべりな人間ね。

 本物のスズメを連想したことは、北上には絶対伝えない。

 そう心に誓う。

 言ったら、確実にバカにする。


 以前から学校内の噂に精通している、北上。そのことを今更ながら思い出す。

 どういう人間関係を築いているのか、学年を問わず交友関係がある。

 外面そとづらがいいのか、コミュニケーション能力が高いのか。それとも、生徒会役員というポジションのなせるわざか。


 北上にとったら、生徒全員がスズメになるだろうね。

 声にしないで、呟く。


「おはようございますぅ」

 オレたちの会話に割り込んできた、独特な間延びした女子の声。そのしゃべり方で、誰かわかってしまう。

 後ろを向くと、はたして朝から元気に笑う名本さんがいた。

「おはよう」

 彼女の隣に立つ人影が視界に入り、視線をずらす。


 ウェーブかかった長い髪は、つやのある黒。名本さんより頭ひとつくらい高い。

 常に学年5位以内の成績を保つ才女、米倉よねくら綾子あやこ

 頭の良さと端麗な容姿で、とっつきにくいイメージがある。


「ねぇ。高橋千秋を振ったって、本当?」

 挨拶を返したオレに近づき、米倉さんが声を低く問いかける。

「どうして、知っているの?」

「昨日、雀が話していたわよ」


 また、スズメ。


 答え方が、北上と一緒だ。

 北上と同じように、噂の情報源は一切明かさない気だ。

 泰然たいぜんとほほえむ米倉さんの答えに、ある程度予想がついていた。

 名本さんを見る。

 多分違うとは思うが、万が一ということもある。


 彼女は違う。

 そう明言できるほど親しくないから、確認したかった。


「名本さんが、教えたの?」

 問いかけると、彼女は首を横に振って全力で打ち消す。

「名本は、誰にも話していませんよぉ。綾子さんは、そういう情報を集めるのがすごぉく早くて得意なんです」

 否定する名本さんの表情を見て、安堵あんどした。

「ちょっと。何故、そこで夕香が出てくる?」

 名本さんが言い終わると同時に、米倉さんが鋭い口調で追及する。柳眉りゅうびを逆立てて見上げる姿は迫力がある。


 一瞬、違和感を覚えた。


「美術室に呼び出されたら、隣の部屋に名本さんがいた」

 言い逃れできないこの状況に、高橋さんに呼び出された時のことを簡単に説明する。

「へぇ。楽しそうな状況ね。それで……?」

 なお一層、聞き出そうとする米倉さんの雰囲気に、あとじさりする。

 一歩踏み出した米倉さんの左腕を、名本さんがつかむ。

「えっ?!」

 オレと、米倉さん。異口同音に驚きの声を上げる。

「それではぁ。綾子さんと名本は、先に行きます」

「ちょっ…夕香‼」

 米倉さんの腕を引っ張って学校へと向かう名本さん。そんな友人に、抗議する米倉さん。


 ああ――――。

 名字じゃなくて、下の名で呼び合っているんだ。


 違和感の正体。


 対照的な性格の2人。

 名前で呼んで、はばかることなく言い合いをして。彼女たちの親密さがうかがえる。

 少し、好奇心が生まれた。

「助け船――」

 ぽつりと聞こえた北上の言葉が、心に引っかかる。


 ……助け船。


 言葉どおり。

 助けとなるもの。

 誰が。誰に。


 オレが、助け船を出してもらったんだ。

 ようやく把握した。

 今の今になって。

 そう呆れられるだろうから、別の内容を口にした。

「名本さんって、米倉さんと仲よかったんだ」

「1年の頃から仲よかったな。あの2人」

「へぇ…」

「名本、夕香。中学の時から風景画がとてもうまくて、よく賞を貰っていたらしい」

「そうなんだ」

 かなり前方を歩く名本さんたちの姿をぼんやりと眺める。


 だから、昨日美術室にいたのか。

 彼女があの場所にいた理由を見つけた。


「唯一、綾子女史がを見せる人間かな。マイペースで、すっとぼけた性格で、面白いね」

「へぇ……そう」


 色鮮やかな茜雲が、脳裏に浮かび上がる。


 どんな絵をくんだろう。

 彼女の絵に、興味を持つ。

 どうしたら見ることができるのか。


「美術教師の坂上さかうえ先生なら、学生の絵を保管しているだろ。大体、美術準備室にこもっている」

 淡々と言葉を投げる北上の方を向く。

「珍しいな。森井が、何かに興味を持つなんて」

「そう、かな」

 図星を指されて、とっさに気のないふりをした。

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