* 31 *
中間考査、最終日。
朝、目を覚ました時から、雨が降っていた。
駅前の大通りから1本脇に入った道を歩きながら目線を前方に向けると、ビニール傘を
馬の尻尾のように髪が揺れるのは、名本さんの後ろ姿。
顔を確認しなくてもわかる。
声をかけようと大きく踏み出した足が止まったのは、名本さんの隣に並ぶ男子生徒の背中を発見したから。彼女に話しかけようと横を向いたのは、嬉しげな山谷の顔。
何かを発した山谷の方を向いて、名本さんが頷きながら答えている。
傘
まるで透明な
楽しそうな彼らの姿を見たくなくて、視線を横へとずらした。ムカムカと、嫌な感情が沸き立つ。
――タイミングが悪い。
心の中で腐るオレの耳に、嬉しそうな名本さんの声音が届く。
「森井くん。おはようございますぅ」
そう感じるのは、オレの主観的なものだけだろうか。
その声に釣られる形で視線を彼女の方に戻すと、名本さんが満面の笑みを浮かべていた。
笑顔で話しかけてきた。
それだけのことだけど、嬉しさに思わず口許が緩む。さっきまでのくさくさしていた感情が綺麗さっぱり消えた。
「おはよう」
立ち止まる名本さんの横まで行き、彼女に挨拶を返す。名本さんを挟んで反対側にいる山谷の悔しそうな顔が目に入ったが放置して、細い道路に横一列に並んで学校に向かう。
「また、一緒になりましたね」
穏やかな笑顔をこちらに向けて、名本さんが話しかけてくる。
「寒くなくなって、早く起きれるようになったから」
「わかります。寒いと
オレの言葉に、名本さんは大きく頷く。
名本さんの左隣にいる山谷は退屈な表情で、前を見据えたまま歩いている。その横顔からは、こっちを見ないという意思を感じる。
「お2人は、仲が悪いのですか?」
たわいない会話の
「そんなことないよ」
きっぱりと断言した山谷に、「そんなことを言って平気なのか」と視線で訴えたが、奴はスルーした。
「そうですかぁ。それなら、よかったです」
「おはよう」
安堵の息をこぼした名本さんに、後ろからかけられたのは、米倉さんの声。立ち止まって3人一斉に振り向いたら、こっちが挨拶をするより先に米倉さんが口を開く。
「森井と山谷って、いつの間に仲良くなったの? 今まで付かず離れずで、ろくに話したこともなかったのに」
山谷が隠した事実を、米倉さんが暴露した。幾らか驚いた表情がわざとらしくて、オレたちの状況を把握した上での言動だったことを証明している。
そういう所が、とても米倉さんらしいけど…。
「そうなのですか?」
バツが悪そうに黙ったままの山谷に訊いた後、名本さんはオレに同じ質問をしてきた。
「まあ、ね」と、肩をすくめて認める。
「夕香が気にすることはないわよ。仲が悪いのは、この2人の勝手なんだから」
すまなそうな顔つきの名本さんに、米倉さんが言い切る。
「………」
不意に黙り込んだ名本さんに、問いかける。
「どうしたの?」
「どんよりしてますねぇ」
そう言った名本さんの目線の先を見ると、灰色の厚みのある雲から雨が落ちてくる。
「夜のうちに、雨がやむ予報だったのですが……」
名本さんがとても残念そうに呟く。
「雨上がってて欲しかったの?」
「はい。雨がやんでいたら、昨日みたいな
名本さんの言葉で、昨日の朝見た空が思い浮かぶ。
澄み切った、青空。
淡く明るい青。
「空色」
図書室で借りた本にも載っていた色名。
こんな風に、名本さんに教えてもらいたかった。
――空色って、あんな感じなんだ。
「響きが好きなのです。一般的にはスカイ・ブルーとかアザー・ブルーと言うのですが、空色の方が静かな印象で、名本は好きです」
雨空を見上げたまま、名本さんが教えてくれた。
「…そうだね」
同意した呟きに、名本さんは顔をこちらに向ける。
「この時期の青空も好きですが、冬の太陽が沈む前の空が
破顔一笑。
幸せそうなその笑い顔に、圧倒されそう。本気で好きだと、わかる表情。
名本さんが一番だと言う、冬の空に興味が湧く。彼女が宣言するくらいなのだから、とても
「綺麗なの?」
その景色に強く惹かれた。
「ものすごくキレイですよぉ。あの空を見る度に、泣きたくなるくらい感動します」
「相変わらずね、夕香は」
「はい。好きですから」
「名本さんって、色の名前に詳しいんだ」
意外そうに言った山谷に、少し照れた笑みを浮かべて、
「これだけが取り柄ですからぁ」
と名本さんが言う。
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