* 30 *

 試験が終わって解放されると、クラスの連中は一時いちどきに教室から出ていく。


 蜘蛛くもの子を散らす……って。

 こういう感じなんだろうか。


 自分の席に座り、鞄にペンケースを入れながら廊下につうじるドアを遠見とおみしていたら、頭が勝手に思考した。

 鞄を持って立ち上がり、5人しか残っていない室内を出て、他のクラスの生徒にまぎれて昇降口を目指す。

 下校時の騒がしさは普段と一緒なのに、心なしか学校内の雰囲気が張り詰めている気がするのは、試験期間中だからか。


 昇降口で靴を履き替えて、建物の外に出た途端。

「…暑い」

 待ち受けていた日差しの強さに、不快感が漏れる。照りつける真夏のような太陽が、容赦ようしゃなくジリジリと肌を焦がす。

 この暑さは、確実に今年初の真夏日だ。


 ……涼みに、図書館に行こう。


 このまま家に帰ろうと思っていたけど、その暑さに嫌気が差して、そのまま図書館へ向かうことにした。

「森井先輩」

 正門を出てすぐ、元気な声で呼ばれた。立ち止まり振り返ると、親しみ深い笑顔の女子中学生と、会釈をするその友人。

 見知った顔。

「北上の妹と、お友だち」

 考えるより先に出た台詞に、北上の妹が反応する。

「はい。妹の隆子と、仲よしの清香ちゃんです」

 無邪気に自分たちの名前を告げる隆子ちゃん。ちゃんと名前を呼べ、という意思表示だろうから素直に従う。


 ――暑いのに、元気一杯だ。


「隆子ちゃんたちの学校も、テスト期間中?」

「はい。これから、図書館に行くんです」

 訊くと、隆子ちゃんが気安く答える。

 こういう部分は、兄の北上とは似ていない。

「偶然だね。オレも図書館に向かおうと思っていたところ」

「本当、偶然ですね。一緒に行ってもいいですか?」

 オレの言葉に、隆子ちゃんは目を丸くしたが、たちまち嬉々ききとして尋ねてくる。

「いいよ」

 首を縦に振ると、「ありがとうございます」と、隆子ちゃんはひときわにぎやかに声を上げる。

 元気よすぎて、圧倒される。


 普段から、こんなに威勢がいいのか。

 こんな妹だと、姉とは違った意味で面倒かも………。


 本人を前にして言えないことを考えてしまい、悟られないようにそっと胸の奥にしまう。

「じゃあ、森井先輩。暑いから、早く行きましょう」

 駅の方向を指差した隆子ちゃんは、友人の手を引っ張って歩き出した。オレは、その後ろを着いていく。

「ところで、何で先輩なの?」

 少し引っかかったから、訊いてみる。学校が一緒じゃないし、家だって離れている。何の接点もないのに、先輩と呼ばれる意味がわからなかった。

「私たち、一高いちこう受けるんです。ねっ、清香ちゃん」

 堂々と宣言した隆子ちゃんは、隣に並ぶ友人を見る。

「うん」

 清香ちゃんは、隆子ちゃんの言葉を、はにかみながらも肯定こうていする。


 一高。

 オレたちの通う高校の、略称。


「北上は、そのこと知っているの?」

「いえ、まだ言ってないんです。びっくりさせてやろうと思って」

 したり顔の隆子ちゃん。

 兄を出し抜く算段に自信があるようだ。

「へぇ…」

 妹にしてやられる北上。

 かなり興味がある。

「あっ。お兄ちゃんには内緒で。……ところで、そのお兄ちゃんって、まだ学校ですか?」

 いたずらを考える子どもみたいな顔をしていた隆子ちゃんは、思い至ったのか、唐突に話題を変えた。その質問で、教室を出る時にいたメンバーを思い起こす。

 その中に、北上の姿はあったけど、名本さんの姿がなかった気がする。オレが気づかない内に、帰ったのだろうか。

「多分、まだ学校にいるんじゃないかな」

「残念だったね。清香ちゃん」

 半分上の空で答えたオレの言葉に「そうですか」と納得した北上の妹は、清香ちゃんにしょんぼりと告げる。

 あきらかに、落胆した様子の清香ちゃん。


 ――この子は、北上に気があるのかな。


 2人のやりとりと、面持ちを見ていたら、そう感じた。

「お前ら、こんな場所で何をしている」

 呆れ気味の北上の声に、3人一斉に後ろを見る。

「噂をすれば、何とか」

「どうせ、よからぬ噂だろ」

 ぼそりと呟いたオレに、北上が素早く反応する。


 ………みみざといな。


「お兄ちゃん、今帰り?」

 質問する隆子ちゃんを無視する形で、北上は妹の友人に向き直る。

「いつも、隆子の面倒見てくれて、ありがとう。ワガママで大変でしょ」

「…いえ。私の方が、隆子ちゃんに面倒を見てもらってばかりなんです」

 色白の頬を赤らめて、清香ちゃんが必死に伝える。

 そんな2人を眺めてる隆子ちゃんは、兄に言い返したいのを我慢がまんしている風だ。


 ――いい加減………暑い。


「オレ、先に図書館行ってるから」

 そう伝えて、オレは図書館へ歩き出した。

 暑くて関わってらんない。後は好きにやっててくれ、だ。

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