第4話 運 命

健作は山口南インターで山陽道に入り、尾道まで来るとしまなみ海道へと車を進めた。目的地は今治だ。

カーステレオからは、浜田省吾の「夏の終わり」が流れている。


脳裏には、学生時代にシンガポール大学の仲間とマレー半島を放浪した時に、ジャングルから街に出て来るとマラッカ海峡に浮かぶ島、ペナン島へと渡ったときのことが浮かんできた。

あの時も、今日のように日差しは突き刺すように強く、蒸し暑い日だった。



透き通るようなエメラルドブルーの海に浮かぶ全長13.5kmの橋を、学生4人を乗せた車は疾走していく。

雲ひとつ無い真っ青な空に誘われて窓を開けると、熱風とともにさわやかな潮の香りが車内を駆け抜けた。


「健作、どうかしたの?」

健作の隣に座っていたリリーは、健作を覗き込んだ。

「あ、いや・・・なんでもないよ。ちょっと窓を開けてみただけ。」

橋を渡り終えると、車はヨーロッパの街並を彷彿とさせるジョージタウンへと入っていった。



あの時と同じように窓を開けると、熱風とともにさわやかな潮の香りが車内を満たした。

来島海峡の上に広がる真っ青な空にリリーの笑顔が浮かぶと、彼女の思いに応えられなかった苦い思いがこみ上げてくると同時に、先日熱海まで来てくれた智子がその後送ってきたメールに返信していないことを思い出した。


やがて橋を渡り終えると車は今治の街へと入り、程なくして今治国際ホテルに到着した。

車を駐車場に止めてバック一つを手に取ると、車を降りた。


空調の効いた車内から外に出ると、蒸し暑い空気が身体にまとわりつく。


ロビーに入ると、やや薄暗い照明とひんやりした空調が、真夏の強い日差しと戦ってきた身体を優しく包み込んでくれる。


ロビーのあちこちに、今治造船で竣工した色々な船の模型がガラスケースの中で存在感を示している。

いずれも1m以上ある大型の船舶模型は、見ごたえ十分だ。


大理石の床は、ぴかぴかに磨かれ高級感溢れる雰囲気に、3週間にわたる野営生活を送ってきた健作は一瞬躊躇した。


「汚い、臭い、無精ひげ・・・まるで場違いだ。

すぐにつまみ出されるのではないか・・・」

泥だらけの靴に、汗臭いTシャツとハーフパンツのいでたちは、まるでホテルにそぐわない。

しばらく躊躇したが、意を決するとフロントに向かった。


フロントの男性はさわやかな笑顔で迎え入れてくれた。

「健作です。今晩一泊予約をお願いしていたものです。」

「健作さま、はいお待ちしておりました。」

フロントマンは笑みを絶やさず、健作を特上のお客さまとして接客してくれている。

「健作さま、こちらのカードにご記入ください。」


出されたカードに記入し始めると、どこからともなく泰山木の香りがしてきた。

「ディオリッシモ!?・・・」


健作は顔を上げて隣に目をやると、なんとそこには車を運転しながら思い描いていた顔があった。


「と、智子さん!」


思わず健作の口から声が出ると、チェックインの手続きをしていた智子は、顔を上げて健作の方を見ると、目をまんまるにして驚いた表情を見せた。


「あら、健作さん!! どうしてこちらにいらっしゃるんですか?」


「えっ、智子さんこそどうして・・・?」


二人はチェックインの手続きを終えると、ロビーのソファーに腰掛けた。

「僕は山口で3週間野営訓練をしてきたところです。明日今治の友人たちと会うために来たんです。智子さんはお仕事ですか?」


「私は四国にフライトがあると、お休みをそれにあわせて、四国八十八箇所をめぐっているんです。今回は仙遊寺にお参りしようと思って、今治にやってきました。」


「そうでしたか。奇遇ですねぇ。

あ、あの、先日は熱海にお越しいただきありがとうございました。また、メールをいただきながら返信もせず、大変失礼しました。」

健作が恐縮して身体をこわばらせながら話すと、智子は優しさ溢れる笑みを浮かべて健作を見つめた。


智子の大きな瞳は、人を、いや健作を惹きつける思議な力を持っている。

「いえいえ、こちらこそ、先日はご連絡もせずに突然伺って、ご迷惑をおかけして大変失礼しました。」


「智子さん、もし今晩予定が無ければ、夕食でもご一緒にどうですか?」

健作は、自分の口から飛び出した言葉に驚き、頭の中は真っ白になった。


「私は特に予定はありませんから、喜んでご一緒させていただきます。」


「では、6時30分にロビーで待ち合わせということで。」


一緒にエレベーターに乗り込むと、智子は14階で、健作は18階で降りて部屋に向かった。


部屋の鍵を開けて中に入ると、眼下に今治城が見えている。その先には瀬戸内海が広がっていて、大きな船が行き交っていた。

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