第3話 遠い日の思い出
健作は、自宅最寄り駅で電車を降りようと席を立った。
歩き始めようと左足に体重がのった瞬間、左足踵が爆発したかのような激痛が走ると、その場に崩れ落ちるように座り込んでしまった。
電車の扉が閉まって、走りはじめたのも気がつかず痛みに堪えていたが、終点に着く頃には痛みも治まりはじめた。
先日の降下訓練でちょっと無理をしたのが祟ったようだ。
電車は終着駅で折り返し運転となるため、そのまま座っていることにした。
「これじゃあ、M38の重たいクラッチが踏めないなぁ。
それよりも、今月下旬から3週間野営訓練があるのに、大丈夫かなぁ・・・」
などと考えていると、降車駅に近づいてきた。
健作は恐る恐る立ち上がると、左足に体重を乗せてみた。
ちょっと体重がかかっただけで、ずしんと重たい痛みが走り抜ける。
つり革につかまりながら移動すると、開いたドアからなんとか外に出たが、歩くことができない。
ようやくホームのベンチにすり足で移動すると、なんとか座り込んだ。
何分くらい座っていただろうか。
ふと気がつくと、昨日までの暑さが少し和らいで、熱気の抜けたさわやかな夜風が、冷や汗をかいた額にあたり心地よい。そして、いつから鳴いていたのだろうか、ホームの脇の草むらからは虫の音が聞こえ始めた。
健作は大きく深呼吸すると、恐る恐る立ち上がった。
相変わらず体重が乗ると痛みが走るが、歩けないほどではない。
なんとか改札を出ると、客待ちしていたタクシーの乗り込んだ。
普通に歩けば10分とかからない距離だが、今日は歩ける気がしない。
自宅に着くと、ポケットから鍵を取り出して扉を開けると、真っ暗な家の中に入った。
締め切っていた家の中は、外とは打って変わって昼間の熱が篭って蒸し風呂のように暑い。
クーラーをつけると冷蔵庫からビールとチーズを取り出して、パソコンの前に座った。
パソコンの電源を入れると、プシュ?? っと開けると、ゴクゴク喉を鳴らしながら一気に流し込んだ。
喉から体中に冷たさと苦味が広がると、ようやく張り詰めていた糸がプツンと音を立てて切れるのがわかった。
メールを開いて、未開封のメールをスクロールしていくと、ふと見馴れぬアドレスのところで目が止まった。
「ん、誰からだろう・・・見たことのないアドレスだなぁ・・・」
と思いながらクリックすると・・・
健作さん
先日は急に熱海にお邪魔してご迷惑ではなかったでしょうか?
健作さんの素敵なジープを拝見できただけでなく、潮風の芳しい香りを感じながらドライブできたなんて、感激でした。
本当に素敵なひと時をありがとうございました。
とても残念だったことが、一つあります。
それは、ドライブがわずか十数分で終わってしまったこと。
今度機会があったら、また乗せてください。
智子より
健作は、残りのビールをのどに流し込むと、目を閉じた。
走馬灯のように、あの日のことを思い出すと、智子の優しく微笑んでいる顔が浮かんだ。
すると、どこからともなくディオリッシモの香りがしてきたような気がした。
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