第14話 チャンプルー
今日もプールサイドのオープンカフェのステージで演奏していた。
客席を見渡すと、空席が目立つ。
バンドは数曲スタンダードナンバーを演奏したが、反応はいつもの通りBGMの域を出なかった。
健作は曲が終わるとセンターマイクの前に出て行った。
「皆さん、こんばんは。沖縄でのバカンスを楽しんでますか?」
テーブルについている人々は、食事や仲間との語らいに忙しく、健作の呼びかけに反応するものはいない。
健作は、ステージの袖に合図をすると、典子が三線を持ってステージに上がると健作の脇に立った。
健作はマイクを握る手にグッと力を入れると、話し始めた。
「さて、ここ沖縄では中国でもない、大和でもない、独自の文化が育ちました。
中でも音楽は、琉球音階といって西洋の音楽の7音階から「レ」と「ラ」を取った5音階で構成されます。」
健作は典子に目で促すと、典子は三線で5音階を奏でた。
「これが琉球音階です。そして、これにちょっとリズムを付けると島唄になります。」
典子が三線を弾き始めると、修がリズムを刻んだ。
そこに健作がサックスで5音階を抑揚をつけて奏でた。
客席に座っている人々のざわめきは低くなり、健作たちに耳を傾けるものが出始めた。
「いかがでしょうか、非常にシンプルで美しい音楽になりますね。」
健作はマイクを握る手を降ろすと、海を渡るさわやかな風が優しくステージ上の健作達のほほを撫でていった。
「音楽は、「音」を「楽しむ」と書きますが、Jazzはまさにそんな音を楽しむものです。
そのときの気分、雰囲気で主旋律を自由に表現していく即興演奏が、Jazzの真髄ともいうべきものです。そのJazzと沖縄の島唄が出会ったらどんなふうになるのでしょうか?」
いつの間にか客席の人々は、健作の話に聞き入っていた。
「沖縄はチャンプルーの文化・・・様々な文化と文化が出会い、それらが融合しているといわれていますが、Jazzと島唄のチャンプルーをお聞かせしましょう。
島唄のスタンダードナンバーである『六調』にどんなJazzのスタンダードナンバーが融合していくのか、お聞きください。
典子が三線を構えると、合いの手を入れながら弾き始めると、修のドラムスがリズムを刻み、ベースが被っていった。
プールサイドのすみでは地元スタッフがカチャーシーを踊っている者もいる。
健作は、六調がワンフレーズ終わるのを待って、アルトサックスを吹き始めた。
健作が演奏し始めたのは、Take Five だった。
演奏が終わると、客席は一瞬水を打ったような静けさが訪れたが、間をおかずに割れんばかりの拍手の音に変わった。
ロビーのスタッフも手を休めて拍手している。
拍手の音は、いつしか客席の人々の心を一つにまとめて、「アンコール! アンコール!」という連呼に変わっていった。
健作は、センターマイクに歩み寄ると、マイクを手に取った。
「皆さん、ありがとう。それじゃあ沖縄出身の多くの歌手がカバーしている喜納昌吉の『花』をお届けしましょう。」
健作のアルトサックスのソロで『花』は始まった。
むせび泣くような情緒豊かなサックスの音色が宵闇に包まれたプールサイドに響き渡ると、客席の人々は聴き入った。
ドラムスが重なり、三線が重なり次々に音が重なっていくと、いつしか客席の人々も口ずさんでいた。ステージと客席が一体となった瞬間だった。
演奏が終わって、挨拶をすると健作達がステージを降りても、しばらく拍手は鳴り止まなかった。
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