第15話 変 化

健作達の始めた島唄とJazzのチャンプルー・・・融合は、口コミで評判となった。

やがてその評判が地元ローカルテレビ局の耳に入って地元番組で放送されると、健作たちのバンドが出演するリゾートホテルのプールサイドのオープンカフェは、観光客のみならず地元ウチナンチュで賑わうようになった。


健作達4人は、宿にしている宜野湾の外人住宅のリビングでテーブルを囲んで寛いでいた。

テーブルの上には、オリオンビールの缶にポテトチップスなどの肴が並んでいる。

「最近オープンカフェは満員ね。」

智子はそういうと、机の上のポテトチップスをつまんだ。

典子は飲んでいたオリオンを机の上に置くと、「そうね、今日なんかライブ直前に入り口をみると、入りきれないお客さんが並んで順番待っていたそうよ。」とホテルの従業員から聞いた情報を口にした。

「最近お客さんはしっかり耳を傾けてくれて、演奏していて・・・」

健作が話し始めると、壁際においてあるサイドボードの上の電話が突然鳴りしだした。

一番近くにいた修は立ち上がると、受話器を取った。

「もしもし・・・」

「・・・ ・・・・ ・・・・・・」

「うっ、うっ、うえいと!! プリーズ ウエイト!! お、お、俺、英語ダメなんだ!!」

修は、電話を健作に押し付けると、智子の後ろに小走りで逃げ去った。


健作は一瞬受話器をみつめると、耳に当てた。

「Hellow・・・」

「・・・ ・・・・・・」

「Yes ・・・・」

「・・・・・・ ・・・・」


「ねーねー、修君、誰からなの?」

智子は立ち上がって振り返ると、声をひそめて修に聞いた。

典子も音を立てないように智子と修の脇にやってきた。

「し、し、知らないよ。俺、自慢じゃないけど英語アレルギーなんだ!!」


「・・・ ・・・・・ ・・・・」

「Ok,See you tomorrow.」

健作は、受話器をそっと置くとほっと大きく息を吐き出した。

ゆっくり振り返ると、3対の瞳が射るような視線を放っている。


3人は、興味津々な顔をして健作を覗き込んだが、健作はそれを無視してテーブルの前に座ると、飲みかけのオリオンを手に取り、ぐっと飲み干した。

ピンと張った糸のような静寂を破ったのは、典子だった。

「電話は誰からだったの?」

「ええっと、シーメンズクラブの支配人からだよ。ノリちゃん、シメーンズクラブってどんなところか知ってる?」

「Seamen’s Club NAHA って、以前はアメリカ海兵隊の将校クラブだったのよ。1945年、奥武山公園入り口に海兵隊のレストランとして開業したの。

米軍施設だから基地と同じで、日本人は米軍関係者のゲストとして同伴じゃないと入れなかったのよ。確か平成7年に日本に返還されると、空港近くのフリートレードゾーンの隣で会員制レストランとして新たにスタートしたんじゃなかったかしら。

そんな歴史があるから、今でも米軍関係者の利用が多く、観光客がぶらっと行って入れるところではないわ。」

「ふ~ん、 そうなんだ。Seamen's Club の支配人が、我々に出演して欲しいって。」

「へ~それってすごいじゃない。今までの観光客向けと違って、耳の肥えた人たちが来るわよ。」

「そっかぁ・・・明日はホテルのステージオフ日だから、午後にでも那覇に行って支配人と打ち合わせしてくるよ。」

「わぉ、おっお、俺、そ、そんなすごいところで本場のステーキたべてみ、み、みたいい。」

修は、興奮してろれつが回らず変なしゃべり方をしたために、笑いの渦が爆発した。


笑いの渦が収まるのをまって智子が口を開いた。

「ねぇノリちゃん、Seamen's Club に出演するのが、そんなにすごいことなの?」

「そうねぇ、いらっしゃるお客様は外国人が多いから、音楽も『ホンモノ』じゃないと通用しないんじゃないかしら。」

「なんと、俺今からドラムスたたくの楽しみだな。」

「ところでノリちゃん、明日一緒に行ってくれるかな?」

典子は健作の顔を見ると嬉しそうに「ええ、いいですよ。」と答えた。

「トモちゃん、じゃあ、俺たちは健作たちと那覇まで行って、国際通りでもぶらぶらしてみようか?」と修が言うと、智子も「大賛成!」と微笑んだ。


翌日、宜野湾の外人住宅を聡の父親から借りているダイビングショップのワゴンに4人が乗り込むと、健作の運転で国道58号を那覇へと向かった。国際通りの入口に近い久茂地で健作と智子が降りると、健作と典子はSeamen's Club へと向かった。

駐車場に車を止めて社外にでると、健作は大きく深呼吸をした。

典子は「健作さん、少し緊張してません?」と聞くと、健作は典子を見てにっこりほほ笑んだ。

「いや、羽田から飛び立って那覇に来たときほどじゃないよ。今は『本番前の心地良い緊張感』って感じかな。ノリちゃんはどう?」

「そうだなぁ~、人前で演奏するのは高校のブラスバンドの定期演奏会以来ですけど、健作さんと一緒に演奏できて嬉しいかな。始まるまでの緊張感は心臓がドキドキしてとても落ち着かないけど、一たび音が出てしまうと、不思議となんというか、心が真っ白になるというか、無心で音に自分の気持ちを載せていくって感じになります。」

「ノリちゃん凄いな。それだけ集中しているってことだね。ノリちゃんの腕だったら、十分プロとしてやっていけるよ。」

「あら、健作さん人をのせるのがお上手ね。でも確かにステージで演奏が終わった時の心地良さは格別ですね。こんな気持ちになったのは初めて。きっと健作さんに上手にのせられているんでしょうね。」

「ありがとう。でもノリちゃんにも素養があるからそういう感じ方、そういう演奏ができるんだよ。」

話しが弾むうちに、Seamen's Club に到着した。車を駐車場に止めてイグニッションを切ると、健作は「さあ、行こうか。」と典子を誘った。


二人は正面玄関に回って玄関ホールに入ると、支配人のMr.Sam が待ち受けていた。

「健作さん? ようこそSeamen's Club へ。私が支配人のSam です。」

「はじめまして、健作です。」と健作が応えると、二人はがっしり握手をした。

「隣にいるのは三線をやってもらっているマネージャーの典子です。」と紹介すると、Samは満面の笑みを湛えて典子と握手をした。「はい、リゾートホテルのカフェでは、素晴らし三線を聴かせていただきましたよ。お手柔らかにお願いします。」とSam は言うと茶目っ気タップリにウインクした。


Sam を先頭に事務所に入ると座り心地の良い椅子に座って話し合いが始まった。

「先ほどもちょっと言いましたが、リゾートホテルでの君たちの演奏を聴かせいただきました。ジャズと琉球の出会いは、とても新鮮で感動しました。ジャズは言うまでもなくソウルミュージックであり、アメリカでも様々なパターンがあります。しかし、これはここ沖縄でしかできない、ウチナンチュでなければできない演奏ですね。あなたたちはウチナンチュですか?」

「いや、俺の出身は東京ですが、典子はウチナンチュです。」

「はい、母が沖縄出身で、父は九州出身です。」

「そうでしたか。いやいや典子さんの三線も素晴らしかった。ぜひとも私の体験した感動を多くの人に伝えたくて、出演を依頼したんです。」

Sam はランランと目を輝かせながら、熱い思いを語った。

リゾートホテルでの演奏は週4日なので、空いている日の2日間をSeamen's Club で出演する方向で話しはまとまった。

「それではステージをちょっと見てもらいましょうか。」とSam が言うと事務室を出てバーラウンジへと向かった。


分厚い扉を開けて薄暗い空間に入っていくと、「シーン」という音が聞こえてくるような錯覚を起こすくらい静かで音響効果の高いホールだった。

薄暗い空間に、落ち着いた雰囲気でゆっくり寛ぐことの出来る空間が広がっている。

「健作君、ここでなにを演奏するかは、君たちにお任せします。私の思いは、先ほどお伝えした通りでりす。みなさんにお願いしたいとのは、この寛いだ雰囲気を楽しむために集う大多数の人たちに合ったmusic を提供していただきたいことだけです。それ以上のお願いはしませんよ。」と言ってSam は健作の肩に大きな手を置いた。

「ありがとうございます。単調にならないように変化をつけた選曲にしたいと思います。」

健作がそう答えると、がっちり握手を交わした。

「今からどんなステージになるか楽しみだよ。」と支配人は言って微笑んだ。


支配人に暇を告げて建物の外に出ると、陽は大きく西に傾いて空は茜色に色づき始めていた。

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