第8話 夢・・・my dream

交差点を左折して駐車場に車を止めると、そこはまるで米軍基地の中に入ったような雰囲気だったが、実際のゲートは駐車場の先にあった。

みんなが車を降りると、聡を先頭にレストランの入り口へと向かった。

入り口を入って廊下を進むと、両側の壁にはたくさんの色紙が飾られている。


典子は歩きながら説明した。

「ここは昔は将校クラブだったそうです。

今はディナーショー中心のレストランで、今まで来られた歌手の皆さんの色紙を飾っているんですよ。」

健作、修、智子は立ち止まって壁にかかっている数枚の色紙見たが、彼らの知っている名前は無かった。


「なんか知らない名前ばっかじゃん。」

食い入るように見つめていた修は、そう言うと一人取り残されていることに気づいて、あわてて後を追った。

「おーい、ちょっと待ってよ!!」


入り口には、ここは骨董屋さんかと思ってしまうような時代物のキャッシャーが置いてある。

聡がランチバイキングの支払い・・・お一人様750円×5人分=3,750円・・・を済ませると、みんなはトレーを取って並んだ。

バイキングとはいえ、料理の後ろに立っているお店の人が取り分けてくれる。

チャーハンやメンチカツは和風だが、マッシュポテトや豆料理はいかにもアメリカンだ。


席につくと、楽しい会話がはずんだ。

「沖縄返還前は将校クラブだったのが、レストランとして残ったのには面白い話があるんだ。」

と聡が話し始めた。

「実は沖縄が返還されて数ヵ月後、当時の防衛施設庁から突然地主に「リージョンクラブの土地は、本土復帰の数ヶ月前に返還されている。」と通知があったんだそうだ。


びっくりした地主は、米軍と防衛施設庁に建物の撤去を含めた原状回復を求めたが、「本土復帰前の返還には原状回復義務を負わない」と拒否されてしまった。


そこで当時リージョンクラブを運営していた人達と地主は話し合って、レストランとして再出発したんだよ。

このレストランの前にあるパチンコ屋さんは、将校クラブ時代はスロットマシンが並んでいたそうだ。」


「へ~、お父様は物知りなんですね。ノリはこんな素敵なお父さんがいて羨ましいな。」

智子は隣に座っていた典子の肩をたたいた。

「ははは、トモちゃんありがとう。自慢の父です。」典子は笑った。


食事が終わってコーヒーを飲んでいると、聡は「どうだろう、ちょっと海でも見て帰るか。」と言ってみんなを見回した。

こういうことには反応の早い修はすぐに手をあげた。

「賛成~! 着陸態勢に入った飛行機から見た海岸は、あるところはグリーンで、あるところはブルーで、あるところは深い藍色と変化に富んでてとっても綺麗だったよな! 早く間近で見てみたい。」

「よし、じゃぁ真栄田岬にでも行くか!」

聡はそう言うと席を立った。


車は国体道路入口で再び国道58号に戻って右折すると、右手には広大な嘉手納基地が見えてきた。

滑走路の西端を走り抜ける時は、頭上を大きな爆音を轟かせながらF15が海に向かって離陸していく。

嘉手納ロータリーをぐるっと周ると、真栄田岬へと向かった。

「あれ、軒先にバナナつるしてる!!」修が指を指した先には、道路沿いの店先に、ちょっと小振りの黄色くなったバナナが大きな房ごと吊り下げられている。

「あれは、島バナナです。沖縄産で、フィリピンや台湾のバナナよりちょっと小振りですが、甘くて美味しいんですよ!!」

典子が説明してくれた。

国道の前方に青い大きな表示板が現れると、真栄田岬は左折を示していた。


「マエダ岬って、こういう漢字を書くんですね。北海道の地名も難しいけど、沖縄も難しいなぁ。」

健作は関心したようにつぶやいた。

やがて真栄田岬に到着すると駐車場に車を停めた。


ドアを開けて一歩外に出ると、力強い陽光に目眩を感じるくらいだ。

駐車場では多くのダイバーが休憩していた。

ダイビングショップの人だろう、聡はすれ違う度に親しげに挨拶を交わしていた。

典子も見知った人がいたのだろう、挨拶をしていた。


岬の先端まで行くと、下に降りていく遊歩道がある。

突端まで行くと、コバルトブルーの海が広がっていて、息を呑むほどの美しさだ。

波打ち際ではダイビングをしている人たちがたくさんいる。

聡は下の海岸を指差すと、「ここはツバメ魚の群生に出会ったりして、なかなかいいポイントなんだ。海中洞窟もあって潜るには楽しいところだよ。」と説明した。

「ダイビングかぁ。ノリちゃんもやるんだったね。俺もいつかやりたいな。」健作は興味津々に潜っている様子を眺めている。

「沖縄にいる間にライセンス取りましょうよ。今度は私がお教えする番です。」と典子は答えた。


「下まで行ってみないか!」と修が言うと智子はうなずいた。

「それじゃあ、私が案内してあけますね。」

典子は先頭に立って遊歩道を下へと歩き始めた。


健作はちょっと遅れてついて行こうとすると、聡が声をかけてきた。

「健作君、君の『夢』はなんだね。」

「えっ、俺の『夢』ですか!?」


突然の質問にちょっと驚いた顔をして聡をみると、聡はにこやかに微笑みながら話し始めた。

「私の夢はね、一人でも多くの人にこの美しい沖縄の海を知ってもらうことなんだ。

今日はやさしく微笑んでいるように見えるけど、この沖合いには潮の早いところがあって、よくダイバーが流されて事故になったりするポイントもあるんだよ。

また、台風が来るととんでもない波が打ち寄せて、まるで牙をむいて襲い掛かってくるようだ。

そんな人間の力ではどうすることもできない自然の偉大さを、一人でも多くの人に知ってもらいたい。」


「それは簡単そうで、とっても難しいですね。」健作は続けた。

「俺の夢は、音楽を通して一人でも多くの人に感動と生きる喜びを感じてもらいたい・・・っていうとちょっとおおげさでしょうか!?

音楽って、国境や人種の壁をも超越して人々に勇気と感動を与えられると思うんです。」


「なるほど、すばらしい夢だね。

夢の大きさは、人の器の大きさを測るものだ。健作君はとっても大きな器をもってるんだね。

その『夢』をかなえるためには目標を持たなきゃいけない。

目的と目標の違いはわかるかい?」


聡の質問に、健作は答えに窮してしまった。

「えっ、目的と目標ですか?・・・」


「そう、夢は目的だね。つまり、君の人生の到達点だよ。そして目標は、到達点に達するまでの道しるべさ。

目的は大きければ大きいほどいい。しかし目標は、着実に一つ一つステップアップしていく為の道しるべであって、最初から大きな目標を掲げてしまうと、途中で息切れしてたどり着けなくなってしまう。

だから、目標はちょっと背伸びすれば手が届くくらいのところにおくものだ。人生は、その繰り返しだね。


そして、夢がかなったかどうかは、人生最後の瞬間を迎えて、自分の歩んできた道を振り返って満足できるかどうかだと思う。

もし人生半ばで夢がかなってしまったら、それ以降生きていく意味を失ってしまうだろう。

だから夢は大きければ大きいほどいいんだ。

そして、一瞬一瞬、一日一日を精一杯生きていくことが、目的を達成するためには必要じゃないかな」


崖下から吹き上げてきた一陣の潮風が健作と聡を優しく包み込むと吹き抜けていった。

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