第7話 軍用道路1号線
「ひょえ~、あちちちぃ・・・、なんて暑いんだ!」
修は、悲鳴をあげた。
それを聞いて、みんなはどっと笑い出した。
「おいおい、健作、お前だって暑いだろう!!」
「ははは、俺だって見てみろよ、こんなに汗噴出してるだろう!」
「あれ、トモちゃんぜんぜん汗かいてないじゃない!?」
「うん、シュウちゃん、暑いんだけど不思議と汗が出てこないんだ。」
「トモちゃん、暑さに強いんだねぇ! トモちゃんも沖縄生まれかな!?」修は感心したように言った。
それを聞いていた聡は一同をせかした。
車に着くと直ぐにエンジンをかけてクーラーをつけた。
全部の窓を一度全開にして、車内に篭った熱気を追い払うと、智子をクーラーの一番効く助手席に座らせた。
残りの3人が後ろのカーゴスペースに荷物を積み込むと、後席のベンチシートに典子を真ん中にして助手席の後ろに修が、運転席の後ろに健作が乗り込んだ。
車が走り出すと、蒸し風呂のような車内はだんだん冷えていく。
聡は隣に座った智子に話しかけた。
「智子さん、暑いところ慣れてないでしょう。普段から冷房の効いたところにいるんじゃないかな?」
「はい、よくお判りですね。学校は冷房効いてるし、バイト先のレストランも冷房入ってて、あまり暑いところには出ません。」
「そうだろうね。智子さんが汗かかなかったのは、暑さに強いからじゃなくて、普段の生活で汗をかく必要が無い生活を送っていたから、汗腺が退化しちゃってるんだよ。
この状態で暑いところにずっといると熱中症になっちゃうから要注意。しばらくはクーラーの効いた部屋でのんびりして、まずは暑さに身体を慣らしていってね。
そのうちしっかり汗かくようになるから。それまでは、喉が渇いたなぁ・・・と思う前に水でも良いし、水でポカリを倍に薄めて飲んでおくといいよ。」
「はい、ありがとうございます。ノリのお父さん、すごいんだぁ! まるでお医者さんみたい。」
「いやいや、私はダイビングショップやってるから救命救急の講習で習ったんだよ。人の命を預かるんだから、それくらいのことは出来ないとね。」と聡は言った。
「すぐに汗が噴出した修さんと、健作さんは、さしずめ野生児ってところですね。」
と典子が言うと、みんなは大笑いした。
空港の駐車場をぐるっと回ると国道を市内へと向かった。
「おっ、F15が離陸していく!」
相変わらず修のテンションは高いままだが、一方の健作は窓の外をぼんやり眺めている。
典子は車が大きく左にカーブするときに、重力の為すままに健作に身体を預けて健作のぬくもりを感じると、身体全体に安ど感が広がっていった。
「健作さん、少しお疲れじゃありません?」
「う、うん、ちょっと寝不足なもんだから、眠たいだけだよ。」
そんな会話を聞きつけた聡は、運転席から声をかけてきた。
「それじゃあ、まずは家に行って一休みするか。それともみんな昼ごはんは未だだろう? まずは腹ごしらえにするか?」
「あー、俺腹ペコです。お昼にしましょう!」
修が威勢よくそういうと、健作も「俺も昼飯でいいです。」と言った。
「よし、じゃあちょっと遠いが知念のチャーリーレストランでも行ってみるか?」
「ああ、そうだね、お父さん。ちょっと変わってて面白いかもしれない。アップルパイも美味しいし。」
空港を出てまもなく、大きな川が見えてきた。
「これが国場川。この国場川にかかる橋が、明治橋です。」典子はみんなに説明を始めた。
「1883年(明治16年)に初めて木造の橋がかけられたので、『明治橋』って呼ばれるようになったんですよ。
この橋は4代目で、1987年(昭和62年)に完成した橋です。」
「昭和に出来た橋なのに、明治橋とはこれ如何? 」修はおどけた調子でいうと、みんなを笑わせた。
「ノリちゃんさすが地元だけあって、よく知ってるね。」と健作が感心したように言うと、
「健作さんとおなじ一夜漬けです。」と典子は健作をみてウインクした。
橋を渡っていると、智子は前方を指差して声をあげた。
「ねぇ、ねぇ、あのビルに大きく『めんそーれ うちなー』って書いてあるよ!
そういえば、さっきノリと会ったときにも『メンソーレ ウチナー』って言ってたよね。それってどんな意味なの?」
「琉球の方言で、『いらっしゃいませ、おきなわ』って言う意味です。
『参(まえ)り候(そうら)え』が変化した言葉だと言われることがあるけど、本当は琉球方言の『イメンセーン(いる、行く、来る)』が変化した言葉だという説が正解みたい。」
「へー、沖縄の言葉って難しいんだね。」健作は感心したようにうなずいた。
運転している聡は何が気になるのか、ちらちらバックミラーで後ろの様子を見たりしている。
車は明治橋を渡りきると、そのまま直進して国道58号へと入った。
一瞬典子は怪訝そうな顔をしたが、車は次の旭橋の交差点も直進すると、後席から身を乗り出して声をあげた。
「ちょっとお父さん! チャーリーレストランに行くんじゃないの!?」
「おっといかん、考え事していたらうっかり曲がりそびれた。」
「まったく、お父さんらしくないね。どうしちゃったの?」
そんなやり取りを見て健作は身を乗り出した。
「ノリちゃん、お父さん、どうしたんですか?」
典子は、健作の方を振り向くと、「チャーリーレストランへ行くんだったら明治橋渡ったところの交差点を右折するか、次の旭橋の交差点を右折して、与那原の方に行かないといけないんです。」と答えた。
「いやー、ごめん、ごめん。チャーリーレストランは、またそのうちドライブがてら行ってくればいいさ。今日のところはこのまままっすぐ普天間まで行って、リージョンクラブにしておかないか。私がおごるからさ!」
聡はちょっと顔を赤らめると、いつも冷静な聡に似合わずやや緊張したような表情をみせた。
後席に座っていた修も身体をのりだすと、「えっ、お父さんいいんですか? いやー、悪いなぁ~ ありがとうございます。」と言った。
修の調子のいい一言で、座が和むと、典子が口を開いた。
「それじゃあ普天間のリージョンクラブにレッツゴー! しばらくはこの国道58号を走っていきますよ。沖縄返還前は、米軍が管理する軍用道路1号線だったので、今でも『1号線』って呼ばれたりしています。」
右手には川の上に併走してモノレールが走っている。
両側にビルの立ち並ぶ市街地は、東京の街とあまり変わらない。
典子はぼーっと外を眺めていた健作に声をかけた。
「健作さん、この国道58号線って、日本で二番目に長い国道だってしってましたか?」
健作と修、そして智子の3人は、「え゛っっ!」と声をあげた。
それを聞いていた聡はにっこり微笑むと3人に説明した。
「国道58号の終点はさっき渡った明治橋なんだけど、起点は鹿児島市にある西郷さんの銅像の前の交差点なんだよ。その起点から東に700m、NHKの鹿児島放送局の手前で地図からは消えてしまうんだ。次に地図に現れるのは、種子島、そして奄美大島と続き、沖縄本島の最北端、国頭村の『奥』というところで再び現れると、本島の西海岸沿いを下って、那覇まで来ているんだ。
陸上の距離は、延べ255kmしかないんだけど、海上が600kmあるから、合計855kmの道のり・・・おっと海上もあるから道のりとは言わないかな。
ちなみに日本で一番長い国道は、東京の日本橋から青森県青森市まで続く国道4号線で886kmもあるんだ。」
「へ~、さすがお父さん、博学なんですね。」智子は感心したように言った。
「それじゃあ、あと12km・・・南部をぐるっと回って延長すれば日本一になるじゃん!」
すかさず修は口をはさんだ。
「それ、いいですね。沖縄に日本一が一つ増えたら、沖縄県民みんな喜ぶかも。
そうそう、国道58号には、まだ面白いことがあるんですよ。
1965年(昭和40年)の道路法の改正以降新設された国道の番号は、三桁なんです。
1972年(昭和47年)の沖縄返還時に、国道58号は鹿児島から那覇までを指定されたんだけど、本来なら三桁の番号か付くはずなのに、特例で二桁の空いていた番号の『58』が与えられたんだそうです。」
「さすが地元の人は地元のことを良く知ってるね。」
今度は健作が関心したように声をあげた。健作もいつしか聡と典子の話しに惹かれて顔には生気が戻ってきたようだ。
車は、那覇市街を出て浦添市に入ると、内地とは少し違う雰囲気の街並になってきた。
歩道と車道の間には、ハイビスカスが植えられていて、色とりどりの花を咲かせている。
やがて、右手の前方に小高い丘が見えてくると聡はみんなに説明した。
「あの丘の上が今話題になっている普天間基地だよ。
みんなに泊まってもらう家は、国道58号から普天間基地のゲートに向かう道に入ってすぐだけど、先にこのままリージョンクラブに向かうね。」
やがて国道58号に別れを告げて右に曲がると坂道を登った。左手に普天間基地をみながらしばらく走ると、左手に三丁目の夕日に出てきそうな時代物のネオンサインが見えてきた。
「おい健作、ちょっとあれみてみろよ!」修が指差して声をかけると、
「ん、何? ずいぶん年代物のネオンサインじゃないか。
『沖 縄 リ ― ジョ ン ク ラ ブ 』・・・って書いてある!」
典子は健作を見ると「そう、あれがリージョンクラブです。昔からディナーショーを中心に営業しているレストランで、ランチはバイキングなんですよ。チャーリーレストランはパイで有名なんだけど、ここのアップルパイもまずまずかな。」と説明した。
聡は、基地の一角のような場所に立っているレストランの駐車場に車を止めると、イグニッションを切った。
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