第6話 緊 張
健作は、耳がつんとしてきたので窓の外を見ると、それまで蒼穹の空に雲海しか見えなかったが、いつのまにか群青色の海に手が届きそうなくらいまで高度を下げてきている。
シートベルトの着用サインが点灯すると、まもなく着陸するとの機内アナウンスがあった。
倒していた座席を元に戻してシートベルトを付けると、修が健作に話しかけてきた。
「いよいよだなぁ、健作! 俺さぁ、沖縄初めてなんだ。超楽しみ。」
「あ、ああ・・・」
健作はどこか遠くを見つめているような顔をして、気のない返事をした。
「なんだ健作、心配事でもあるのか? 元気ないじゃないか。」
「・・・えっ、そんなこと無いよ・・・」
「顔にかいてあるぜ。『典子さんのお父さんに会うんで緊張してます!』って。」
「ち、違うよ。」健作は、ちょっとむくれたように返事をした。
「ははは、わかった、わかった。まぁそういうことにしておこう。」
そんな話しをしているうちに、「コン」という軽い振動が伝わると、逆噴射のゴォーというエンジンの響きとともに急減速した。
やがて機内は静寂を取り戻して心地良い三線のBGMが聴こえ始めると、機体は大きくカーブして誘導路を進み始めた。
窓の外に目をやると、海上保安庁、航空自衛隊の格納庫の向こうにターミナルビルが見えている。
やがてターミナルビルの前で機体が止まると、乗客たちは一斉に手荷物を降ろす為に立ち上がった。
通路側に座っていた健作は、ベルトを外して席を立つと頭上の荷物棚の蓋を開けて智子と健作の荷物を取り出して二人に渡した。
「健作さん、いよいよだね!」智子は、元気の無い健作を励ますように声をかけたが、健作は相変わらず浮かない顔をしている。
「さぁ、行こうか。」健作は、足元から楽器ケースを取り上げると、出口へと向かった。
丁寧に挨拶をするキャビンアテンダントに見送られてボーディングブリッジへ一歩踏み出すと、一瞬にしてムッとした熱気に包まれる。
ボーディングブリッジを渡り再び空調の効いた快適な空間に入ると、階段を降りて1階の手荷物受取所へ向かいベルトコンベアーの前に陣取った。
無口になってしまった健作につられて、修も智子も会話が少なくなってしまった。
やがてベルトコンベアーが動き出すと、健作は、何か思いつめたような顔をして、一心不乱に荷物が出てくるところを凝視している。
やがて三人の荷物が並んで出てくると、三人はそれぞれ取り上げた。
修は健作の隣に来ると耳元でささやいた。
「為せば成る。為さねば成らぬ何事も!」
健作が修の方に顔を向けると、修は健作の肩を軽くたたいた。
「本番に強い健作君。どうだい、気持ちは落ち着いたかい!?」
「ああ。・・・ありがとう。」
健作の顔には、少しだけ笑顔が戻ってきた。
やがて預けたスーツケースがベルトコンベアーに乗って出てくると、自分たちの荷物を取り上げた。
「さぁ、沖縄が僕達を呼んでいる!」
修はそう叫ぶと颯爽と出口へと歩き始めた。
「まったく修は気楽なもんだぜ。」
修の後ろで健作と智子が顔を見合わせて笑うと、修の後につづいた。
ロビーのソファ―に父親の聡と腰掛けていた典子は、飛行機の運航状況を知らせる電光掲示板と、時計を交互に見てばかりいたが、到着予定時刻を過ぎたのに表示が変わらない。
「どうしたのかしら、飛行機遅れてるのかな・・・空港の人に聞いてみようか?」
「典子、まだ予定時刻が過ぎたって言ったって、数分じゃないか。少し気持ちを落ち着けたらどうだい?」
隣に座っていた聡は、そう言いながらもやはり食い入るように電光掲示板を見つめている。
健作たちの乗った飛行機の表示が『ARRIVAL』に変わるや否や、聡は立ち上がった。
「おい典子、飛行機が到着したぞ!」
「お父さん、お父さんも少し落ち着いたら!? 飛行機が到着したって、出てくるのに10分や20分はかかるわよ。」
典子は思わず苦笑して、聡の手を引っ張って座らせた。
「よし、それじゃあ10分経ったら到着出口の前に行こう。」
二人は黙ってどこを見るでもなく視線を彷徨わせていたが、10分経つとどちらからともなくすくっと立ちあがり、到着出口に向かった。
典子は、到着出口の自動ドアが開くたびに中の様子を凝視したが、健作たちの姿は見えなかった。
健作と似た背格好の人が出てくるたびに、手を振ろうとて右手が上がりかかっては、中を彷徨った。
聡は腕組みをしたまま目をうっすら閉じて深呼吸している。
多くの人々が出てくる中、ようやく見知った顔の人物が出てきた。
修を先頭に、その後ろに健作と智子が続いている。
典子は右手を高く振り上げると、思わず声を発していた。
「健作さん!」
健作たちが到着口の扉を抜けてロビーに出ると、正面で典子が手を振っているのがすぐに目に入った。健作は典子の姿を認めると思わず笑みがもれたが、その隣に立っている背が高くがっちりした男性を見ると、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
よく見ると、ビーサンを履いて、短パンにTシャツからはみ出した腕と脚は、筋肉が隆々と盛り上がっている。髪の毛は潮風で赤茶色に焼けていた。
「あれ、典子さんにお兄さんいたっけ?」
修は小さい声で智子にささやいた。
そこに典子は走り寄ってきた。
「健作さん、修さん、ともちゃん、メンソーレウチナー。これがうちの父の聡です。」といって、後ろからついてきた男性を紹介した。
「げっ、兄貴じゃなくてお父さん? 随分若いんだぁ!」
修は智子にささやくと、智子も修にびっくりしたような目を向けた。
「皆さん、ようこそ沖縄へ。」真っ黒に日焼けした顔に、微笑むと白い歯が印象的だ。
聡は右手を差し出すと、健作も右手を差し出した。
がっしりした手で力強く握手をされて視線を向けられると、健作は心の底まで見透かされているような気になった。
健作は、そんな気持ちを振り払うように力強く握り返した。
「健作です。よろしくお願いします。」
「おっ、君が健作くんだね。典子から話は聞いてるよ。君の素晴らしいサックスを一度聴いてみたいものだ。」
「今回は、宿泊先をはじめ色々とお世話になりありがとうございます。機会があったら、俺のサックス是非聴いてください。」
聡は「ああ、そうさせてもらうよ。」と、健作に微笑んだ。
健作は聡と握手して挨拶すると、少し肩の荷がおりたような気がして、少し楽になった。
聡は修に向かうと、「君が修君かな、よろしくね。」と言って修と握手した。
修は「修です。よろしくお願いします。」と、いつになくしっかりした挨拶をした。
「私は智子です。今回はお世話になりますが、よろしくお願いします。」
修の隣にいた智子が右手を差し出すと、聡は軽く握手した。
「智子さん、いつも典子が色々とお世話になって、ありがとう。それじゃあ、荷物を車に積んで出発しようか。」
ロビーの自動扉を抜けると、再びむっとするような熱気に包まれた。日向にでると太陽の光の強さに圧倒されて陽光に押し戻されるような力さえ感じる中、一同は横断歩道を渡り、駐車場へと向かった。
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