第5話 第一歩

健作はボストンバッグと楽器のケースをそれぞれの手に持つと、浜松町から東京モノレールに乗り込んだ。モノレールは、意外と振動が大きくよく揺れる。

やがてモノレールは、空港の南端をぐるっと回りこんで走っていく。

抜けるような青空のかなたに、健作は一足先に沖縄の実家に帰った典子のことを思い描いていた。


滑走路に目をやると離陸準備をしている旅客機が見える。

上空には、着陸態勢に入った小さい飛行機がまるでラジコンの飛行機のようにゆっくり飛んでいる。

「もっと見ていたい。」という気持ちも虚しく、モノレールは地下に潜ってしまう。

程なくしてモノレールは、終点の羽田空港第2ビル駅のホームへと滑り込んだ。


健作はモノレールを降りると、修と智子との待ち合わせ場所であるANAの出発カウンターへと向かう長いエスカレーターに乗り込んだ。

時計を見ると、待ち合わせの時間に20分の余裕を持って到着した。

座る場所を探して辺りを見渡すと、遠くで手を振っている修の姿が見えた。また修は奇妙な色の不思議なTシャツを着ていて、周囲から浮かび上がっていた。

よく見ると、その隣に智子も立っている。


健作は修の方に歩いていくと、修は開口一番

「健作、遅かったじゃないか!!」

と言った。

修は笑いながら健作の肩をたたいた。

「なんだ、お前こそ集合時間前にくるなんて、どういう風の吹き回しだよ。雨降らなきゃいいけどな!」

健作はそういうと笑った。

「智子さん、こんにちは。修がこんなに早くこれたのは、智子さんのお力ですね!」か

智子は隣の修の顔を覗き込むと、健作の方を向いて笑いながら答えた。

「はい、もちろんです。」


修はちょっと頬を膨らませると、智子と健作の間に割って入ってきた。

「ところでさ、健作は京急で着たんだろ?」

「いや、モノレールだよ。京急は景色がよくないし、空港の手前から地下に潜っちゃうだろ。京急で来る方が早いかもしれないけど、モノレールは運河沿いの高いところを走るから、景色が好きなんだよね。整備場駅を出るとちょこっと地下を走るけど、再び地上に出て空港の南端をぐるっと回るときに、飛行場の様子が良く見えるんだ。」

「なんだ、健作は『オコチャマ』っていうことだ!!」

「ははは、修ほどじゃないけどな。そういうお前は、どっちできたんだ?!」

「ははは、俺もお前と同じさ!」

3人は大笑いをした。


「修、またおまえ奇妙奇天烈なTシャツ着てきたじゃないか。その色と模様は前衛芸術かよ?!」

「えっ、これかい、大奮発して有名デザイナーのブランドTシャツ買ったんだけどなぁ。」

「そりゃあ着る人が着れば『おっ、イカシテル!』って思われるけど、お前が着ると、まるでペイントボールの的になって、色々な色の弾が当たったみたいだぜ! 智子さん、こいつのセンス、一からたたき直してあげてください。」

「はい、ボチボチ教育させていただきます。」

「え~、智子さんまで・・・」

修はほっぺたを膨らませると、健作と智子は大笑いした。


「さぁて、チェックインするか。」と健作は促すと、カウンターへ向かいチケットを三枚取り出すと、窓側から三席を取った。

「はい、それじゃあ窓側に智子さん、それから修、通路側が俺だ。」

というと健作はチケットを渡した。


3人はセキュリティーを抜けると、登場口の近くに座った。

登場開始までは、まだ30分ほど時間がある。

智子は席を立って売店の方に向かった。


健作はスマホを取り出すと、典子にこれから3人で予定通りの飛行機に乗る旨メールしいると、智子はトレ―に紙製のカップを3つ載せて戻ってきた。

「はい、コーヒーをどうぞ。一足先に帰ったノリはどうしてるのかしら?」

「おっ、サンキュートモちゃん!」

「智子さん、ありがとう。よく気が付くね。今ノリにメールしたところだよ。」

健作が答えると同時に健作の手の中のスマホがFeel so good を奏ではじめた。

健作は一瞬顔をほころばせるのを修は見落とさなかった。

「健作、典子さんから返信かきたんじゃないか?」

健作は片手に持っていたコーヒーを脇のテーブルに置くとメールを開いた。

健作はメールを読むうちに、表情が暗くなっていく。

智子は心配そうに健作の表情の変化を見守った。

「健作さん、なんかあったんですか?」

「・・・いや、何でもないよ。今空港で待っててくれるって。」

「あーよかった。空港出たら見知らぬところで三人どうやって宜野湾までいくのか心配だったんだ。」

修のテンションは上がりっぱなしなのに対して、健作のテンションは急降下したままだ。

「実は・・・ノリだけじゃなくて、ノリのお父さんがダイビングショップで使ってる送迎用のワンボックスカーで迎えに来てくれるんだって。」

「ははー、なるほど。だからお前のテンション下がったんだな。」

修と智子が笑いをこらえているような表情をしたことにも、健作は気が付かなかった。

智子は手荷物と一緒に持っていた紙袋を取り出すと

「そうそう健作さん、今回はノリのお父さんのダイビングショップで使ってた家をお借りするんでしょう? 何かお土産用意しました?」と健作に聞いた。

「あっ、しまった! まったく考えてなかったよ。」

「よかった、じゃあこれ使ってくださいね。昨日東京駅に行ったときに買ってきたんです。」

智子が出した紙袋を修が横から手を出して受け取ると、中から紙包みを取り出した。

「銀のぶどうのチョコレートサンドだ。これ有名なんだよね? 俺食べたことは無いけど。どれどれ開けて試食してみ・・・」

智子が修から紙包みを取り上げて袋にしまった。

「危ない、危ない、シュウさんに食べ物渡すととんでもないことになっちゃう。」

「ははは、冗談、冗談!」

そんな二人のやり取りを見ても健作の顔は晴れなかった。

「さあて、そろそろ行こうか。」

健作はそういうと立ち上がった。

搭乗が始まると、飛行機に乗り込んでボストンバックなどを頭上にしまい、健作は楽器ケースを足元の前の座席の下に押し込んだ。

やがて飛行機は移動を開始し、誘導路から滑走路に入ると一気に加速した。

最初は背中に押し付けられていた身体が、やがて下に引っ張られるような感覚を覚えると、窓の外の地上の景色はどんどん小さくなっていく。


飛行機は、蒼穹の彼方へと吸い込まれていくように上昇を続けると、窓の外の空は真っ青に限

りなく透き通っていた。

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