第9話 真 実
真栄田岬を出発すると、車は一路宜野湾市へと向かって国道58号を南下した。
健作は過ぎ去っていく景色を何か考え事でもしているのか、心ここに在らずというような顔をして眺めていると、隣に座っている修が肘でつついてきた。
「おい健作、何考えてるんだよ!!」
「えっ、ああ・・・うん、何も考えてなんか無いよ。ただ景色見てただけだよ。」
「ふ~ん、なんか飛行機に乗ってたときのような顔してたぜ!」
「えっ、そんなこと無いよ。」健作は窓の外を眺めたまま気のない返事をした。
「まぁそういうことにしておこうか。ところで健作、さっきみんなで海岸線まで崖を降りた時に、なんで一緒に来なかったんだい?」
健作は、ちらっと運転席の方に目をやると修の方に目をやった。
「あの時は、ノリのお父さんと話ししてたのさ。」
助手席で健作と修の話しを聞いていた典子は、きらきらと目を輝かせながら振り返った。
「あらお父さん、健作さんとどんな話してたの⁈」
車を運転している聡は、前をむいたまましゃべり始めた。
「健作君とね、『夢』の話しをしたいたんだ。みんな若いんだから、でっかい夢持てよ!!」
再び嘉手納ロータリーから嘉手納基地の脇を通り抜けると、そのまま国道を南下した。
「みんなは、牛島中将のことは知ってるかい?」
智子がイの一番で手を上げた。
「知ってます。確か沖縄戦の時の日本軍の司令官で、最後に自決して沖縄戦は終わったんじゃなかったでしょうか。」
「ほう、智子さんはよく勉強しているね。
それじゃあ、この嘉手納基地の中に、牛島中将を顕彰した碑があるのを知ってるかい?」
「えっ、アメリカ軍の基地の中に敵国の将軍の碑を残しておくなんて考えられません。」
智子はびっくりしたように答えると、みんなはうなずいた。
「いやいや、戦前の日本軍が立てたのではなく、戦後アメリカ軍の手によって『初代基地司令官ジェネラル牛島』と記された碑が建てられたんだよ。
牛島中将は、沖縄戦で多くの一般市民を巻き込んで犠牲を増やしてしまったという評価が定着しているが、本当にそうだろうか。
1944年9月に牛島中将は沖縄に赴任すると、まず最初に沖縄県知事と話し合った議題は、沖縄県民の疎開のことだ。
沖縄が戦場になることは、もうすでに十分予想されていたため、30万人以上の暮らしていた人たちの安全を如何に確保するかということが喫緊の課題だったんだ。
そして、8万人以上の人たちが本土や台湾に疎開した。
さらに米軍の上陸が目前に迫ると、一般市民を本島北部へ避難させたが、それも間に合わず多くの市民が南部の激戦地帯に取り残された。
牛島中将は激化した戦闘の中、米軍総司令官のバックナー中将の下に軍使を送った。
「一般市民保護のため、南部の知念半島を非戦闘地域にする」ことを認めるように求めたんだ。
そんな牛島中将をアメリカ軍は非常に高く評価しているのさ。
だから、嘉手納基地の中に牛島中将を顕彰する碑をアメリカ軍が建てたのさ。」
聡は、運転しながらバックミラーにちらりと視線をやり、健作たちの反応を確認した。
「戦後、戦争に負けた日本人は、第二次世界大戦にふたをしてしまった。
本来なら、きちっと評価反省し、正すべきところは正し、評価すべきところは評価されなければならなかった。
そのいい例が、第二次世界大戦中の日本海軍の駆逐艦「雷(イカヅチ)」の話だよ。
日本海軍の砲撃により沈没したイギリス海軍の巡洋艦エクゼターと駆逐艦エンカウンターの乗組員422名を工藤艦長が率いる駆逐艦「雷」が救助したんだ。
助けられたイギリス兵の中に、後に外交官となって活躍したフォール卿がいた。
フォール卿が平成になって、死ぬまでに工藤艦長にお目にかかってお礼が言いたいとその消息を尋ねた事をきっかけに、初めて日本の駆逐艦がイギリスの海兵を救助したことが世に出た。
残念ながら工藤艦長は、1987年(昭和62年)に他界されていた。
生前はいっさいその話はせず、家族は誰もその話しを知らなかったそうだ。
当時のイギリス海軍は「戦時においては、友軍の将兵が漂流していても助ける必要はない」という内部規定があった。敵潜水艦からの攻撃を恐れての事だった。
イギリス海軍には、第二次世界大戦開戦後に日本海軍の毅然とした武士道の話が多々伝わったが「沈没したら日本の軍艦に向かって泳げ。必ず助けてくれる。」といわれていたほどなんだよ。」
「へ~、そんなことがあったなんて知りませんでした。」
健作が口を開くと、みんなの口からため息にもにた空気がもれた。
車は、陽光燦々と降り注ぎ露出オーバーで白く光っているような国道を切り裂くように進んでいく。
聡は続けた。
「君たちはまだ若い。何が真実で、何が造り事なのか判断する目を養わなければいけないよ。
たとえば報道されることは、新聞社なり、テレビ局なりの、いや新聞や番組を作った人の考えが織り込まれている。
その中から、『事実』だけを取捨選択して自分の意見を持つことが大切だ。
・・・おっと、なんかオヤジくさい話しをしてしまったね。もうすぐ着くよ。」
車は国道58号から左に折れると、普天間基地のゲートに続く道へと入った。
カーブしながら登っていくと、ゲートの手前の細い路地へと右折した。
聡は、数十メートル進み道に面した駐車場に車を止めると、イグニッションを切った。
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