第3話 コンサート
今回はにんじんのようやライブハウスではなく、駅の近くにある300人ほど入る市民ホールを借りてのコンサートだ。
健作は舞台の袖から客席を覗くと、開演を待つ人びとが座っていて、空席を見つけるのが大変なくらい入っている。
健作は緞帳の閉まったステージの中央に戻ると、スタンバイしているみんなに視線を巡らせた。
「さぁて、最後のチューニングだ。B♭をくれるかな。」
健作はキーボードの大作に向かって声をかけた。
皆が思い思いにチューニングすると、健作は大きく息を吸った。否が応でも緊張感は高まっていく。
「早苗、いいか!?」
「はいっ!!」
早苗は小さく、しかし力強く答えた。
健作はメンバーをぐるっと見渡すと、顔に緊張感が溢れている。
どんなに練習しても、最初の第一声は緊張するものだ。
「よしみんな、そろそろいこうか。リハーサルは最高の出来だったぜ。
僕たちはプロじゃない。だから技術では勝てない。でも僕たちは誰にも負けないものを持っている。」
そういうと、健作は右の手のひらで胸を叩いた。
「そうさ、ハートは誰にも負けない。さぁみんな、今日来てもらった人たちに心で感じてもらって、感動を持って帰ってもらおう。」
メンバーは、健作の話に小さくうなずいた。
健作は、袖の係員に合図を送ると、客席は暗転して緞帳が音も無くゆっくり上がり始めた。
センターに健作と早苗が立つと、早苗にピンスポットが当たった。
早苗はそっと目を閉じると大きく深呼吸をして静かに優しく、しかし力強く吹き始めた。
Feel So Good の幕開けだ。
早苗の透き通るような素直な音色は、ワンフレーズで聴くものをひきつけた。
不思議と一旦音が流れ出すと、気持ちは落ち着いて集中力が高まった。
早苗のフリューゲルがワンコーラス終わると、続いて健作にピンスポットが当たった。健作のボーカルは透き通ったような透明感があって、よく響く声が子守唄のように優しく歌い上げると、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。
「皆さんこんばんは、STARGAZER ORCHESTRAのコンサートにお越し頂き、ありがとうございます。」
会場からは拍手が沸き起こった。一呼吸おくと健作は続けてた。
「さて、今日は Chuck Mangion をフューチャーしてお送りしたいと思います。
最初の曲は Feel So Good ! フリューゲルホルンのソロは早苗、ボーカルは私健作がお届けしました。
それでは、今年はオリンピックイヤーでもあることから、レイクプラシッドで開催された冬季五輪のテークソングであるGive It All をお聞きください・・・・」
曲を重ねる毎に盛り上がっていき、いつしか最後の曲になっていた。
「それでは、名残惜しいこのひと時の最後に Land of Make Believe です。
この曲も最初にボーカル入りの Feel So Good と同じくボーカル入りでお届けします。
ボーカルは私が、トランペットソロは秀人が担当します。
Land of Make Believe ・・・約束の地が軽快なリズムとともに始まった。
健作は自分の約束の地のことを考えながら歌い上げた。
曲が終わると、割れんばかりの拍手が鳴り止まなかった。
メンバーはみんな晴れ晴れとした顔をしていている。
全員が立って礼をすると、一度下手の袖に引き上げたが、拍手は鳴り止まない。
「よし、みんなこれが本当に最後だ。高揚した気持ちを和らげて、静かな感動を持って還ってもらおう!!」
健作はメンバー皆に声をかけて、再び舞台へと上がった。
健作がマイクを取り上げてセンターに立つと、鳴り止まなかった拍手は水を打ったように静けさが訪れた。
「皆さん、ありがとう。
今宵ひと時、楽しんでいただいたことと思います。
アンコールのこの一曲で高揚した気持ちを和らげて、心地よくこの感動をお持ち帰りいただきたいと思います。
お贈りする曲はBellavia です。それではお聴きください。」
Bellaviaの流麗なメロディーに、会場の盛り上がった雰囲気はだんだん落ち着いていくと、心に爽やかな余韻を残して終わった。
一瞬の静寂が訪れると、再び割れんばかりの拍手が起こった。
しばらく拍手は続いたが、緞帳が静かに下りると客席に灯りが戻った。
メンバーは控え室に引き上げると、ペットボトルの飲み物で疲れた喉を潤した。
「みんな、今日はお疲れ様でした。最高の出来だったね。細かい点は、来週の月曜日に反省会をやって今回の演奏会の評価反省をしたいと思うが、ともかく今日はよかったよ。
特に早苗、オープニングのプレッシャーを跳ね返して、よくあんなに素晴らしい演奏してくれたね。」
早苗はチラッと秀人の顔を覗くと、すぐに健作の方に目を向けて頭を下げた。
「ありがとうございました。」
健作は嬉しそうにうなずくと続けた。
「Land of Make Believe の秀人も最高だったね。急な思いつきで、練習時間も取れない中、よくあそこまで仕上げてくれたよ。正直言って、幕開けのボーカルは前から決めてたけど、『幕開けがボーカルいれたら、最後のトリだってボーカル入れたらいんじゃないか』なんて思いつきを、よくここまで頑張ってついてきてくれた。
二人だけじゃない、みんなそれぞれの持ち場でベストを尽くしてくれたからこそ、こんな素晴らしいコンサートになったんだと思う。
さて、今日は遅いし楽器を片付けたら解散だ。」
それぞれ皆が楽器を片付けているとにんじんのマスターと中村先生が控え室に入ってきた。
「やぁ健作君、今日は素晴らしい出来だったね。」
そう声をかけてきた中村先生の後ろからもう一人の男性が現れて、右手を差し出した。
「健作君、今日の演奏は魂が揺さぶられたよ。」
健作は、手を差し出しながらどこかで会ったことがあるのに思い出せないもどかしさを感じながら握手した。
「あ、ありがとうございます。」
とその瞬間思い出した。
「あ、あなたはあの時の・・・」
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