第2章 夏
第1話 Mangione
「今日も練習お疲れ様。」
部長の健作は立ち上がると、前に出て皆に向かって話し始めた。
「今度のコンサートの出だしは、Feels So Good でいこうと思うんだ。
夏らしくていいんじゃないかな。
ただ、オリジナルのカバーだと面白くないから、バラード調でボーカルの入れて静かにスタートしたいんだ。みんなどう思う?」
修が手を上げた。
「部長、ボーカルは誰がやるんだ?」
「ボーカルは、俺がやるよ。」
健作は答えると、みんなは「ほー・・・」と低く声をあげた。
健作は続けた。
「ボーカルの入ったFeels So Good のCDがあるから、次の練習までには譜面を配れるようにしておくね。トランペットのソロは早苗、やってくれるかな!
バラード調だから、早苗の素直で透き通るような音色が合うと思うんだ。」
下を見ていた早苗は一瞬はっとしたように背筋をのばして、うつむき加減に小さくうなずいた。
健作は、それを見ると続けた。
「他に質問は? じゃあ、今日はこれくらいにしておこう。」
「健作、久しぶりに西武門に行かないか!」
健作が楽器を片付けていると、修がやってきて声をかけた。
「えっ、『久しぶり』なのかい? 毎日行ってるんだろう!?」
「違うよ、二日か三日に一回くらいしか行ってないよ。」
「なんだ修、そんなに行ってたのか!」
健作はひとしきり笑った。
「そうだな、俺はこの前のボルシチ以来だから、飯でも食っていくか!」
二人は校門を出ると、駅の近くにある西武門へと向かって歩き始めた。
「なぁ健作、今度のコンサートのアレンジは大丈夫かい?」
「えっ、なんだ、大丈夫に決まってるだろう。あと一曲、頭のFeels So Good を書けばおしまいさ。」
「違うよ。そういことじゃなくて、健作は就活どうしてるんだい? 俺さ、朝日銀行から内定もらったよ。お前はどうなんだい?」
「ほー、それはおめでとう。銀行なんて、また随分堅いところ決めたじゃないか。
俺はあんまり就職する気がなくて・・・真剣に就活には取り組んでないな。」
「まったく金持ちのお坊ちゃまときたひにゃ、しょうがないなぁ。 家業でも継ぐのかよ?」
「あ、いや・・・ただ漠然とだけど、このまま音楽の道に進みたいんだ。」
そうこう話しているうちに西武門に着くとカウベルを鳴らしながら木製の扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませ! あら、シュウちゃんに健作さん、こんばんは。」
智子が身に付けた白いエプロンが、まぶしいくらいはつらつとした声で出迎えてくれた。
「トモちゃん、俺いつものやつね。」と智子に言うと、唖然としている健作を残して奥の指定席に座った。
健作は、一瞬固まっていたが、「ああ・・・っ、智子さん、僕も修と同じものください!」
というと修の前に座るなり、修に問いただした。
「おい、お前いつから『シュウさん、トモちゃん』ていう間柄になったんだい?
「えっ、なんだい自分のこと棚に揚げといて! トモちゃんから聞いたぜ、お前と典子さんだって、『ケンちゃん、ノリちゃん』じゃないか。」
というと笑った。
「ところで健作、さっき言ってたボーカルをお前がやるって話、お前がカラオケ上手いのは誰もが認めてるけど、コンサートで歌うなんて大丈夫かい?」
「ああ、CDを耳にたこができるくらい聴いてるから大丈夫だよ。それに一曲だけだしな。あとは、早苗のフリューゲルがうまくいってくれればばっちりさ。」
「その早苗のことだけどさぁ・・・」
と修は声を低くして話し始めた。
「ここのところ早苗は元気が無いようだけど、あいつ大丈夫かな?」
「うん、実はこの前早苗から『付き合ってくれ』って言われちゃったんだよ。」
「えっ、なんでそんな大切なこと黙ってんだよ!」
「ごめんごめん、別に隠していたわけじゃなくて・・・」
「健作、お前それでなんて答えたんだ?」
「あ、ああ、答える前に早苗のやつ帰っちゃって・・・まだなんとも言ってないんだ。」
「お前の気持ちはどうなんだ?」
「俺は・・・ノリちゃんがいるから早苗と付き合うつもりはないよ。」
「それじゃぁ早苗が可哀想だろう。明日にでも早苗にはっきり言うんだぞ!!」
「ああ、そうするよ。」
そこへ智子がいつもの南インド風ダールチキンカレーを持ってきた。
「智子さん、今度のコンサートも聴きに来てね。」
「はい、シュウちゃんから聞いてます。ノリと一緒に聴きに行きますね。」
「ねっ、ねっ、コンサートが終わったらさ、また皆でどこかに遊びに行こうよ。」
修が突然大きな声で割って入ってきた。
「ああ、そうだね。じゃあ、今度は修、お前何処に行くか考えろよ!」
「了解しやした、部長殿」といって修はおどけた敬礼をすると、智子と健作は大笑いした。
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