第22話 Serenade

健作は、林道がちょっと開けて広場のようになっているところに車を止めて、イグニッションを切った。

「さぁ、ここで車を降りるよ。」

「えっ、湖はここからは見えませんが・・・」

「この先のちょっと歩いたところにあるんだけど、ここからは見えないんだ。

小さな川を越えた先が西ノ湖だよ。」


健作は車の後部座席から、バスケットと楽器のケースを取り出した。

「あら、健作さん楽器も持っていくんですか?」

「うん、せっかくだからこんな大自然の中で吹いたら気持ち良いだろう!」


二人は西ノ湖を目指して歩き始めた。

「西ノ湖は、太古の昔は中禅寺湖と一つの湖だったんだよ。

ところが堆積した土砂がいつしか林になって、中禅寺湖と西ノ湖が分離されたんだ。

782年(天応2年)に、日光山の開祖である勝道上人が男体山の登頂に成功したときに、中禅寺湖、湯ノ湖とともに発見されたんだって。後にその話を空海が書き残しているんだよ。」

「さすが健作さん、それも一夜漬けですか?」

「ピンポーン、あたり」と答えると、二人は笑った。


小さな清流にかかった丸太の橋を渡って、少し進むと突然視界が広がった。

「わー、凄いです。

この湖の色は・・・そう、まるでエメラルドグリーンですね。

透明感のある深い緑色。周りには何も無くて、誰もいないし静寂そのものです。」

「この神秘的な湖はお天気や太陽の光の当たり方によって、様々な表情を見せてくれるんだ。」


健作は、シートを取り出すと、砂浜の上に広げてバスケットと楽器を置くと、二人は座った。


「この森の爽やかな香りは、熱帯雨林の沖縄では味わえません。なんて清々しいんでしょう。

健作さん、お昼どうしますか?」

「そうだね、今日は朝早かったからお腹空いたね。

頂こうかな!!」

「はい、じゃあこのおしぼり使ってください。」

典子はおしぼりを取り出すと健作に渡して、バスケットからお弁当を取り出して並べた。

「はい健作さん、まずはこのおにぎりをどうぞ。」

「えっ、これがおにぎり・・・なんか握りずしの馬鹿でかいものみたいだけど、上に載っているのは何なの?」

「これは、ご飯を握った上にふりかけをかけて、薄焼きたまごを載せた上に軽く炒めたランチョンミートを載せて、海苔の帯を巻いたものです。」

「ランチョンミート・・・???  ・・・って何?」

「豚肉の缶詰です。沖縄では、このまま炒めたものを食べたり、チャンプルーに入れたり、色々な料理に使われます。」

「へ~、どれどれ・・・ん、美味しい。これは初めての味だけど、最高だね。また食べたいなぁ。」

「いつでも作って差し上げますよ。

次は、これをどうぞ。フーちゃんです。」

「えええっ??? フーちゃん・・・またまた分けのわからないものが出てきた。

これは野菜炒めかな。」

「『フーちゃん』は、『フーチャンプルー』を短く言ったものです。『フー』は、お味噌汁なんかに入れる『お麩』のことで、豚肉、ニラ、にんじん、もやし、車麩、卵を炒めたものです。

ゴーヤチャンプルーを作ろうかとも思ったんですけど、ゴーヤがお好きかどうか判らなかったので、これにしました。」

「あ、俺ゴーヤは大丈夫、好きだよ。どれどれ、いただいてみますか。」


健作は、一口ほおばると、にこっと笑った。

「これも美味しい。沖縄料理ってこんなに美味しいものだったんだね。」

「ありがとうございます。ゴーヤはお好きだったんですね。じゃあ今度はゴーヤチャンプルーをお作りしますね。このフーちゃんにこれをかけるとまた味がぐっと変わるんですよ。」

典子は小さな小瓶を取り出して栓を開けると健作に手渡した。


健作は受け取ると香りをかいだりしたが、フーちゃんに一振り、二振りすると、恐る恐る口に入れた。

「え"っ、こっ、これはなんと深みのあるピリ辛な味に変化したんだろう。

まるで手品みたい。」

「これは泡盛に島唐辛子を漬け込んだもので、『こーれーぐーす』って言うんです。」

「なんと、これははまるよ。あれ、これはなんの天ぷらかな?」

「これは『島らっきょ』を沖縄風の衣をつけて揚げたものです。

シママースをつけて食べてみてください。」

「ははは、知らないものばっかり出てくるけど、なんか異国に行ったみたい。」

「あっ、ごめんなさい。『シママース』は沖縄で作られた『塩』のことです。」


沖縄の話で盛り上がって、楽しい食事は続いた。

「いやー、沖縄の人がうらやましくなっちゃったよ。」

「えっ、何でですか?」

「何でって、こんな美味しいものを毎日食べられるなんて幸せ者だなって思ってさ。」

「健作さん、面白いことを言いますね。最近は東京でも沖縄の食材は手に入ります。

もっとも、かなり割高ですけどね。沖縄ではランチョンミートなんか特売日に近くのスーパーに行くと、一缶198円で売ってるのに、こちらのスーパーでは一缶500~600円もするんですよ。だからいろいろなものを実家から送ってもらってます。」

「なるほど、沖縄から送ってもらわないと、こんな素敵なお弁当作れないよね。

典子さんありがとう・・・」

「あっ、健作さん、『のりこ』でかまいません。」

「えっ、なんか呼び捨ては申し訳ないからなぁ。

それじゃあ・・・『ノリちゃん』で良いかな?

でも、交換条件だよ。ノリちゃんは、俺には敬語は使わない。

どう?!」

「は、はい、わかりまし・・・あ、あの、努力しますっ。」

「ははは、ボチボチね。

ところで典子さん・・・あいやノリちゃん、さっきは車の中で、とっても素敵な曲をありがとう。

あの歌詞にはジンときちゃったね。今度は俺からノリちゃんに一曲贈らせてもらうよ。」

と言うと、健作はアルトサックスをケースから取り出すと、立ち上がった。


Once in your life you will find her


Someone that turns your heart around


And next thing you know


You’re closing down the town


Wake up and it’s still with you


Even though you left her way cross town


Wonderin’ to yourself


Hey what have I found


When you get caught


Between the moon and New York City


I know it’s crazy but it’s true


If you get caught


Between the moon and New York City


The best that you can do


The best that you can do


Is fall in love


Arthur, he dose as he pleases


All of his life his master’s toys


And deep in his heart he’s just


He’s just a boy


Living his life one day at a time


He’s showing himself a pretty good time


He’s laughing about the way


They want him to be


When you get caught


Between the moon and New York City


I know it’s crazy but it’s true


If you get caught


Between the moon and New York City


The best that you can do


The best that you can do


Is fall in love


誰もいない静かな湖畔に健作のアルトサックスは New York City Serenade を奏でると、典子はうっすら涙を浮かべながら健作の演奏に合わせて口ずさんでいた。


Between the moon and New York City


The best that you can do


The best that you can do


Is fall in love



第一章『春』・・・完

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