第15話 春 嵐

「黒木!」

秀人は、校門から出てきた典子を呼び止めた。


典子は立ち止まると振り返った。

「あら、秀人君じゃない。どうしたの? 今日は部活ある日じゃなかった?」

「あ、うん・・・その、・・・黒木はだれか付き合ってる奴いるのかな?」

「えっ、なに言うのいきなり!」

典子は驚き、秀人の顔を覗き込んだ。

「あっ、いやごめん、その・・・俺と付き合ってくれないかな。」


しばらく無言で見つめ合うと、典子は口を開いた。

「秀人君、ごめんなさい。私にはそういう気持ちはありません。それじゃ。」

と典子は言うと、駅へと向かって歩き始めた。

秀人は、返す言葉も無くただ典子の去っていく背中を見つめている。


典子は、突然の秀人の告白に一瞬頭の中は真っ白になった。だんだん歩みを早め、いつしか小走りになって駅へと向かっていた。とにかく早くその場を立ち去りたい気持ちで一杯だった。


駅までくると、商店街のショーウインドーの中を見たりしてぶらぶら歩いていたが、いつしか足は智子のバイトしている『西武門』に向かっていた。

典子は意を決すると西武門のドアを開けた。

「こんばんは~」

中に入ると、比較的空いている。

「いらっしゃいませ。」

張りのある大きな声で智子が声をかけた。

「あら、なんだノリじゃない! 何か食べる?」

奥の窓際の席に案内すると、メニューを差し出した。

「うん、トモちゃんおすすめのものをお願い。」

「じゃあ今晩は、シェフ特性のボルシチがあるから、それでいいかな。ちょっと待っててね。」


しばらくすると智子は料理を持ってやって来た。

「はい、どうぞ。これ結構美味しいよ。」

「・・・あのさ、秀人君って知ってる? 健作さんのバンドでトランペット吹いてる子。」

「う~ん、顔と名前は一致しないかな。」

「そう、秀人君とは同じ学部なんだけど、さっき『付き合ってくれ』って言われちゃったの。」

「えっ、そうなんだ。でノリちゃんはどうなの?」

「私は・・・『そんな気持ちありませなん。』ってその場ではっきり言っちゃった。」

「そうなんだ、こういうことははっきり言った方がいいから、それでよかったんじゃない。」

「うん、ありがとう。なんか気持ちが落ち着かなくて。トモちゃんにお話し聞いてもらってよかった。」


典子は食事が終わってコーヒーを飲んでいると、聴きなれたひょうきんな声が聞こえて、思わず振り返ると、入口には修の姿が見えた。

「こんばんは。今日は一人なんだけど。」

「こんばんは、修さん。こちらへどうぞ。」

智子は典子のいるテーブルに修を案内した。

「おっ、今日は典子さんも来ていたんだ。」

「はい、今日はお一人なんですか?」

「うん、健作はちょっと用事があるとか言って・・・。そうだ、用事終わったらこっちに来るように言ってみようか。」

修はスマホを取り出すと、健作にメールした。


智子が水の入ったコップを持ってくると、修はカバンからさっき健作から預かった封筒をとりだした。

「はいこれ。先日の城ヶ島の写真を健作がプリントしてくれたんだ。」

智子は封筒から写真を取り出すと、嬉しそうに見つめた。

典子も横からのぞき込んだ。

「へー、なかなか上手く取れてますね。この写真のトモちゃんの笑顔ステキ。」

「えっ、そう? ありがとう。ところで修さん、今日はどうします?」

「ああ、いつもの奴・・・って変わり映えしないから、何かお勧めある?」

「ノリちゃんは今日のスペシャルメニューのボルシチ食べたんだけど、修さんもどう?」

「うん、じゃあそれにしようかな‼︎」

「はい、かしこまりました、オキャクサマ。」

智子は、ちょっとおどけてバカ丁寧に言うと、修にウインクして厨房に入っていった。


修のボルシチが届いて食べ始めたら、玄関のカウベルがカランカランと鳴って扉が開くと、健作が入ってきた。

修と典子の姿を見つけると、テーブルの間を縫うように歩いて来て、典子の隣に座った。

「典子さんこんばんは。今日はこっちに来てたんだ。」

「こんばんは、健作さん。ええ、気がついたら、なんとなくここに来てたの。」

「なんだ健作、早苗ちゃんの相談て、もう終わったのか?」

「えっ、あっ、・・・ああ、今度のコンサートで、早苗にフリューゲルを吹いて貰おうと思ってね。その打ち合わせさ。」

と健作はその場を取り繕った。

「ところで俺腹ペコ。修、お前珍しく『何時ものやつ』じゃないじゃん!」

「えっ、ああこれ『ボルシチ』。たまには違ったもの食べてみようと思ってね。」

そこに智子が水の入ったグラスを持ってきた。

「健作さんこんばんは。今日は何になさいますか?」

「うん、もちろんこれ!」

健作は修のボルシチを指差した。

「健作、これバカうま! 『何時ものやつパートツー』だね!」

「今晩はボルシチが大人気ね。直ぐお持ちしますね。」

智子は、厨房に戻って行った。


健作はカバンから封筒を出すと、典子にさしだした。

「典子さんこれ。」

「なんですか、この厚い封筒?」

「ほら、さっき俺が見せてあげたこの前の写真だよ。」

修が会話に割って入ってきた。

「うん、これ典子さんの分だよ」

典子は手に取ると、写真を出して、一枚一枚見ていった。思わず典子の顔からは笑みが漏れてくる。

と、突然BGMが変わって、ファークギターの軽快なイントロが聞こえてきた。

♫あなたがいつか 話してくれた・・・

『岬めぐり』、智子の粋な計らいだった。

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