第16話 デート

「それじゃあ、いつものとおりロングトーンからはじめようか。

上のB♭から、半音づつ下がってきてね。」

典子と、健作は、Stargazer Orchestra の部室でフルートの練習をしていた。


「そうそう、その調子。しっかり半音を感じて!

頭のてっぺんから出た音が、真っ直ぐに伸びていくよな気持ちで。

指に力が入ってるよ。もっと身体の力抜いて!」


「ふぅーっ!」

といって典子はフルートをおろすと一息ついた。

「力抜いて吹くってむつかしいですね。

ついつい力がはいっちゃって。」

「そうだね、力が入ると音が硬くなって響かなくなるんだ。随分楽器が鳴るようになって来たよ。力を抜くことを覚えたら、今度は腹筋でしっかり音を支えることを覚えようか。」

「はい、健作さん!」

「典子さん、ちょっと疲れただろう。一休みしようか。」

健作は、カバンからCDを取り出すと、部室にあるCDラジカセを出してきて、電源コードをコンセントに差し込んで電源を入れた。

「フルートと違うんだけど、これちょっと聞いてくれるかな? Chuck Mangione の Feels So Good だよ。」

プレーボタンを押すと、トランペットよりも柔らかなフリューゲルホルンの音が飛び出してきた。

「伸ばした音がゆれることなくしっかり響いているだろう♪

音の響き方はフォルテでも、ピアノでも一緒だよ。」

「うわー、本当だ。伸ばした音がぜんぜんゆれてませんね。

でも、ビブラートがかかってるけど・・・健作さんのフルートも素敵なビブラートがかかってますね。」

「ビブラートは、腹筋を使って息をコントロールすることによって、音に微妙なアンジュレーションを作るんだ。ちょっと立ってごらん!」


典子と健作は立ち上がると向かい合った。

「ろうそくを消すときに『ふっっ』と息を出すだろう。ちょっとやってごらん。」

典子はほほを膨らませて、『ふぅっ』と吹いた。

「ははは、それじゃあ火は消えないよ。ほほを膨らませちゃだめ。お腹の腹筋を使ってこうやるんだ。」

健作は、見本を示すように『ふっっ、ふっっ、ふっっ』と何回か続けた。

「これを『ふっっ』じゃなくて、『はっっ』で出来るようになったら、何回も続けてやると最後はビブラートになるんだ。ロングトーンの練習に加えて、息を出す練習もしようか。」

「う~ん、これちょっと難しいですね。」

「毎日練習してれば、そのうち出来るようになるよ。

それじゃあ、今日はこれくらいにしてちょっとお茶して帰ろうか。今夜はにんじんでライブのお手伝いがあるんだ。」


典子と健作は、スタバに入ってホットコーヒーを注文した。

店内は空いている。二人は、テラスに座った。

「典子さん、随分上達が早いよ。毎日練習してるんだろう!」

「はい、一日20分~30分ですけど。せっかく大切な楽器をお預かりしたんだから、しっかり練習しないと。いつか健作さんとデュオするのが目標です。」

「おっ、それは楽しみだね。」

健作は、真顔で典子を見つめると、どちらともなく二人は笑い出した。


「今次のコンサート企画してるんだけど、前回のライブはクラシックジャズだったから、今度はチャックマンジョーネをカバーしようと考えているんだ。それで、さっきチャックマンジョーネのCD持ってたんだよ。ライブのときのアンコールのFeel So Good が好評だったから、その流れでやってみようと思ってるんだ。」

「やっぱり私はマンジョーネのフリューゲルホルンより、健作さんのフルートの方がしっくりきます。」

「えっ、ホント! 嬉しいねぇ。でも今回はフルートじゃなくて、うちの部員の早苗さんにフリューゲルホルンを吹いてもらおうとおもってるんだ。」

「へー、それは楽しみ。次のコンサートって何時ごろやるんですか?」

「6月を予定してるんだけど・・・色々準備を考えるとぎりぎりだよ。

今回は前回のライブハウスでやったようなこじんまりとしたものではなくて、300人くらい入る駅近くの市民ホールを借りてやるんだ。」

「それは楽しみですね。日にちが決まったら教えてください。トモちゃんと一緒に聞きに行きますから。」

「もちろん、決まったらイの一番で知らせるよ。

ところでさぁ、典子さんは春休みに沖縄へ帰らなかったけど、どこかに行ったりする予定あるのかな。」

「ちょっとバイトに行くくらいで、特に予定はありません。」

「そっか、じゃあドライブにでも行こうか。」

典子は手にしていたコーヒーカップを置くと目を輝かせながら健作の方に顔を向けた。

「えっ、ホントですか。行きます、行きます。」

健作は、タブレットを取り出して日程を確認した。

「じゃあ、来週の木曜日あたりはどうかな?」

典子も手帳で日程を確認すると、にこっと微笑んだ。

「OKです。よろしくお願いします。」

「それじゃあ、木曜日の朝6時に駅まで迎えに行くよ。6時じゃ早すぎる?」

「いいえ、大丈夫です。それで、何処に行くんですか?」

「何処に行こうか・・・典子さんは東京近郊はあまり行ったことないよね。海は沖縄の綺麗な海に勝る景色のところはないし・・・

山方面かなぁ。」

「行く先はお任せします。あ、私がお昼用意していきますね。健作さんは、何か食べられないものありますか?」

「ありがとう。特に、食べられないものは無いよ。場所はちょっと考えてみるね。それじゃあ、ボチボチ帰ろうか。」

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