第14話 春 雷

「あの、部長!」

健作は授業に向かおうとキャンパスを歩いていると、Stargazer Orchestra でトランペットを吹いている一年後輩の早苗が追いついてきて声をかけた。


「おう、早苗じゃないか。どうしたんだい?」

振り向くと、健作は答えた。

「えっと・・・」

早苗は一瞬言いよどんだが、すぐに意を決したかのように続けた。

「あの、今日部活終わってからでも少しお話しできませんか? ちょっと相談したいことがあるんですけど。」

「どうしたんだい、急に。

今日は・・・バイトも無いから、いいよ。じゃ、部活終わってからでもマックする?」

「はい、よろしくお願いします。私先にマックに行って待ってます。」

早苗は頭を下げると、走り去って行った。


健作は、授業が終わってグランド脇にあるプレハブの部室に行くと、ドラムスの音が部室から漏れてくる。

健作が部室に入ると、修の他に数名来ていた。

「おう修、お前今日は早いじゃん。」

「今日は最後の授業が休講だったんだよ。一度家に帰ろうかとも思ったんだけど、図書館に行ってから部室に来て練習してたのさ。」

「ははは、雨が降らなきゃ良いけどな!

そうそう、この前の城ヶ島の写真プリントして来たぜ!」

健作はカバンから封筒を取り出すと、修に渡した。


「おっ、サンキュー!」

修はドラムセットから立ち上がって、健作のほうに歩いてくると、封筒を受け取った。

嬉しそうに微笑みながら写真を取り出した。

「智子さんの笑顔が輝いてるじゃん、なぁ健作。」

「ああ、そうだな。それに比べて修は、目をまん丸にしてちょっとびっくりしたような顔してるじゃないか。」

健作が笑いながら言うと、修は頭をかきながら答えた。

「あっ、いや、その、あの時はだってびっくりしたんだよ。だって急に・・・」


その時、秀人が修の脇から覗き込んできた。

「修先輩、あれ、海行ったんですか。良いですねぇ。隣にいる人は先輩の彼女ですか?

あれ、これは・・・」

健作が渡した封筒には、修と智子のツーショットの他に、もう一枚食堂のおやじさんが撮ってくれた4人が写っている写真があった。

「あぁ、健作と俺と、智子さんと典子さんの4人で城ヶ島行ってきたんだよ。タカアシガニ美味しかったぜ~」

修は自慢するように説明し始めた。

秀人は、それまでの元気が何処へ行ったのか、急に暗い顔になった。

「部長。すいません、今日の部活休ませていただきます。」

と言うと、部室から出て行ってしまった。

「えっ、俺なんか拙い事でもいったかなぁ・・・秀人どうしちゃったんだ?」

修は両手を挙げて肩をすくめた。

健作もわからないというよに首を振った。


今日も熱の入った練習が終わると、健作はみんなの前に立った。

「お疲れ様、今日はこれくらいにしておこう。

ところで、次回のライブの企画中なんだけど、たたき台を作ったので、来週のミーティングの時に皆で話し合おう。それじゃぁ、お疲れ様。」

健作が締めると、皆は楽器をしまい三々五々部室を出ていった。


健作は楽器を片付けていると、修が近づいてきた。

「健作、これから『西武門』に行かないか? 智子さんに写真見せてやりたいんだ。」

「あ、悪いな。今日はちょっと早苗と話ししていくから、お前一人で行ってこいよ。

そうそう、これ智子さんの分。」

健作はそういうと、カバンの中からもう一つの封筒を取り出すと修に渡した。

「え、早苗ちゃんとなんの話だい?」

「いや、何か相談事でもあるみたいなんだ。」

「そうかい、じゃぁな。」

修は部室から出て行った。


健作は、マックに着くと店内を見渡した。

早苗は、客席の一番奥に座ってコーヒーを飲んでいる。

健作が入ってきたのを見つけると、早苗は手をあげた。

「ごめんね、待ったかな?」

「いえ、私も今来たばっかりです。」

早苗はうつむきかげんで答えた。

「なんか早苗、今日は元気ないなぁ。どうしたんだい? 今度のライブでは、早苗に頑張ってもらおうと考えてるんだ。

早苗は、フリューゲルは吹いたことあるかい?

この前のライブは、クラシックジャズだったから、今回はもうちょっと新しいのをやりたいんだ。

アンコールでやったチャックマンジョーネが好評だったから、次はマンジョーネでいくよ。

だから、早苗にはフリューゲルを吹いてもらおうと思ってるんだ。」

「ありがとうございます・・・」

早苗の語尾はだんだん小さくなってしぼんでしまった。

「早苗、どこか具合でも悪いんじゃないのか?」

健作は心配そうに早苗を覗き込むと、早苗は下を向いたまま首を振った。

「ところで相談ってなんだい?」


「あの、先輩!」

ちょっとの沈黙の後、早苗は急に顔を上げて健作の顔を見つめた。

「あの、私とお付き合いしてくれませんか。それとも、・・・他にお付き合いしてる人いるんですか?

この前ライブに来られてた方は、先輩の彼女なんですか?」

一気にまくし立てると、早苗は下を向いてしまった。

「えっ、あっ、いゃ・・・急に言われても・・・」

健作は、びっくりしてしまい言葉が出てこなくなってしまった。


早苗は顔を上げると、大きな目をして健作を見つめた。

「先輩は私のこと嫌いですか?!」

「ちょっ、ちょっと待って、好きとか嫌いとかじゃなくて・・・

いきなり言われて、ちょっとびっくりしたんだ。」

「そ、そうですよね、ごめんなさい。

あの、お返事・・・いつでも良いです。私待ってます。

さよなら。」

と言うと、早苗は席を立ち小走りに店を出て行った。


今まで早苗の気持ちに気がつかなかった健作は、驚いたような顔をして早苗の後姿を無言で見送った。

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