第10話 レッスン

「いい音出てるよ。もっと口と肩の力を抜いて。そうそう、その調子。」

週一回、部活のない日の典子と健作のフルートのレッスンは、今日で二回目だった。


「ついつい力が入っちゃうんですよね。力をいれずに吹くってとっても難しいです。」

典子はフルートを下ろすと一息ついた。

「うん、身体に力が入ると、音も硬くなって響かなくなっちゃうんだよね。

いい音で響かせようと思ったら、とにかく力を入れないことだよ。」

「はい、先生!」

典子がおどけた調子で返事をすると、健作は笑った。

「そうそう、そのくだけた感じで肩の力を抜いて吹くといいよ。

さて、今日はこの位にして晩飯でも食べに行こうか?」

「はい、ご一緒します!」


二人は部室を出ると駅のほうに向かった。

「典子さん、何食べたい?」

「私はなんでもいいですよ。先輩にお任せします。」

「そうだなぁ、それじゃあ智子さんのバイトしてる西武門に行こうか?」

「あ、それいいですね。

ところで先輩のご出身は、東京なんですか?」

「うん、『三代続くと江戸っ子』って言われるけど、実家は文京区の白山にあって、江戸時代は直参旗本だったらしいよ。

え~と、おじいちゃんのおじいちゃんのお父さん・・・だったかな、彰義隊で上野の山で討ち死にしたんだとかって聞いたことがある。」

「へ~、そうなんだ。じゃぁ世が世なら先輩は裃に羽織袴で刀をさしていたんですね。」

「ははは、明治になって生まれたおじいちゃんのお父さんは、乳母に手を引かれて幼稚園に通ったって言ってたよ。」

「先輩はお坊ちゃまなんですね。音楽以外の趣味はあるんですか。」

「そうだなぁ、音楽以外って言われるとちょっとつらいかもしれないなぁ。そう、好きといえば車かな。車はおじいちゃんの代から車好きだよ。」

「そうなんですね。じゃあよくドライブとか行くんですか?」

「ああ、たまに気持ちが落ち着かないときなんか、夜中でもぶらっと小一時間何処に行くともなく、走ってくることがあるね。典子さんは、車好きなの?」

「ええ、ドライブは好きです。今度どこか連れて行ってくれますか?」

意外な典子の誘いに健作は驚いて、一瞬返事が言いよどんだ。

「えっ、・・・あ、ああ、良いよ。」

「あ、ごめんなさい。無理なさらなくて良いです。」

健作は歩みを止めて典子の顔を見ると微笑んで言った。

「いや、違うよ。喜んでご一緒させていただきます。」

「ホントですか? 楽しみです。」

典子は瞳を輝かせて微笑んだ。


西武門に着いて扉を開けると、カラ~カラ~とカウベルが鳴った。

中に入ると、客席は半分くらい埋まっている。

二人は何処に座ろうかと見回すと、奥のほうで手を振っている修を見つけた。


「なんだお前来てたのか。」

健作は修の肩に手を置いて、話しかけた。

「あ、典子さんこんばんは。まぁ座れよ。」

「良いのかい? それじゃぁ典子さん、いいかなここで。」

「修さんこんばんは、ご一緒させていただきます。」

「どうぞ、どうぞ。」

そこに智子が注文をとりに来た。

「健作さん、こんばんは。ノリ、いらっしゃい。今日は何になさいますか?」

「そうだなぁ、俺はまたこの前の南インド風何チャラカレー。」

「はい、南インド風ダールチキンカレーですね。ノリは?」

「そうだなぁ、ビーフシチューにします。」

「了解しました。」

智子は、厨房へと向かった。


「なあ健作、この前話した海に行く件だけど、今度の土曜日なんかどうかな?

典子さんは都合どう?」

「私は大丈夫です。」

「俺も良いよ。海かぁ、久しぶりだなぁ。」

そこに智子が料理を運んできた。

修は、目を輝かせて智子に向かって微笑むと

「智子さん、海に行く件だけど、今度の土曜日皆都合良いって言うんだけど、智子さんはどう?」

「ええ、私もOKよ。」

というとピースサインをだした。

健作は、突然大きな声で言った。

「そうだ、城ヶ島に行かないか? ちょっと季節が早いかもしれないけど、春先は相模湾でとれた高足ガニが美味しいぞ!」

修は右ての拳を上げて叫んだ!

「決定!! それじゃあ、今度の土曜日は城ヶ島だ!」

そんな健作と修を典子と智子は微笑んで観ていた。


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