第9話 輪 廻
映画は、江戸時代に身分の差から結ばれる事の出来なかった2人が、来世で結ばれる事を誓い合う。
平成に生まれ変わった2人は、何度もすれ違いながら、ラストシーンで結ばれるという物語である。
修は隣の智子の事をチラチラ盗み見したりして、映画に集中出来ずにいた。
一方智子は、すっかり物語の中に自分を置き、我が身に起こった事として観ている。
ラストシーンでは、智子の目から一筋の涙が流れ落ちていた。
場内に灯りが戻ると、智子は高揚した疲労感に、暫く座り心地の良い座席に身を任せていた。
「智子さん、具合でも悪いの? 大丈夫?」
ずっと智子の様子を盗み見していた修は、智子の様子が心配になって声をかけた。
「修さん、ごめんなさい、大丈夫よ。ちょっと映画の余韻に浸っていただけ。」
「そう、それなら良いんだけど。ちょっとお茶してく?」
「ええ、行きましょうか。」
修と智子は、映画館を出ると近くのスタバに入ってコーヒーを注文した。
空いた席にすわって、コーヒーにミルクを入れてかき回す間、2人の間にはまったりとした時間が流れる。
智子がコーヒーカップを取り上げ一口すすると、ようやく智子が口を開いた。
「修さん、今日の映画感動しちゃった。」
コーヒーカップを置くと、智子は顔を上げて修に視線をやった。
「うん、江戸時代に結ばれなかった二人が、現代に生まれ変わって結ばれるなんて素晴らしい話だったね。」
「そうそう、現代によみがえった二人が何度もすれ違う姿見て、『おいおい、気がついてよ!』って、歯がゆい思いを何回もさせられちゃった。ラストで漸く気がついた主人公が他の人のところへ嫁いで行こうとする花嫁を奪っていくなんて、まるで昔の映画の『卒業』みたい。
300年の時を越えて幸せになれた二人を見たら、なんだか目頭が熱くなっちゃった。」
修は智子から目線をコーヒーカップに落とすとつぶやいた。
「俺たちもそんな縁があったりして・・・」
「えっ、修さん、なんて言ったの?」
「・・・いやそんなことないかな。
・・・あっ、なんでもないよ、独り言。」
修はとりつくろうようにコーヒーを一口すすると、映画のストーリーをろくに覚えていない修は健作と典子の話題に振った。
「ところでさ、健作が今日典子さんにフルート教えてるって知ってた?」
と智子に聞いた。
「ええ、ノリが『今日健作さんにフルート教えてもらうんだ。』って嬉しそうに話してたよ。」
「へー、そうなんだ。健作のやつ、典子さんにまんざらでもないんじゃないかな。」
「うん、ノリはね、私と知り合った頃から『あの人素敵。』って言ってたんだよ。
それからしばらくして、ノリと私が歩いてると向こうから健作さんがやってきて、ノリが会釈してお辞儀したから、私びっくり。『ノリ、あんたいつから健作さんと知り合いになったの?』って聞いたら、『知り合いじゃないけどなんとなく挨拶しちゃった。』だって。」
「なんだ、智子さんと健作はすれ違ったことあったんだ。そういえば、最近俺もそんなことあったよ。ライブの少し前に俺と健作が歩いてると、向こうから典子さんがやってきて、親しそうに挨拶するから、すっかり知り合いかと思っちゃった。」
「へー、そうなんだ。修さん、あの二人お似合いだと思わない?」
「そうそう、ぜったいいいカップルだよ。健作と典子さんは江戸時代に出会う事を約束してたりして!」
2人は学生生活やバイトの事など色々話しをしていると、いつしかグラスに水と一緒に入っていた氷はすっかり溶けてなくなっていた。
「さて、私そろそろ帰らなくちゃ。」
修は腕時計に目をやると、針は23時を回った事を告げていた。
「あれ、もうこんな時間だ。楽しい時間てホントにあっという間だけど、時間の神様が意地悪してるんじゃないかな。」
智子は修の顔をみると思わず笑った。
「修さんのそんなところが可愛らしい。」
「えっ、俺可愛らしくなんかないけどなぁ。今日は遅くまでつき合わせちゃって悪かったね。家の近くまで送ってくよ。」
「ありがとう。」
二人は席を立つとスタバを出て新宿の雑踏を駅へと向かった。
智子は高円寺の自宅から通っていた。
中央線に乗ると程なくして高円寺駅に着き、改札を出て住宅街の街灯の下を二人は歩いていた。
「修さん、今日はありがとう。私のうちはもうすぐそこなんだ。」
「あ、いや、こちらこそ。・・・」
修は急に歯切れが悪くなった。
「あの・・・俺・・・、今度海見に行かないか? あ、いや、あの、健作や典子さんも誘ってさ。」
「うん、そうだね。お願いします。」
「ありがとう、それじゃお休み。」
二人は手を振ると修は駅へと向かった。
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