第6話 即興カルテット

マスターを先頭に4人が出てくると、中村先生はピアノに向かい、修はドラムセットを前にして座った。

健作とマスターは前に出てくると、マスターは中央のスポットライトの中に進み出た。


「Ladies and gentlemen ! We provide the wonderful night to all of you.

みなさん、今晩は。今日は皆さんに素敵な夜のひと時を、ここ『にんじん』でお過ごしいただきたいと思います。」

マスターは、とても流暢な日本語で、話を続けた。

「今晩はちょっとしたアクシデントで、中村先生のオーケストラが来れなくなり、急遽我らが友人の健作君と、修君の力を借りて、皆様方に楽しんでいただきたいと思います。

今夜のテーマは、『Night of Lovers ・・・恋人達の夜』です。」


健作と中村先生が目を合わせると、流れるようなピアノのイントロに続いて、健作のアルトサックスは静かに柔らかい音色を響かせ始めた。


スタンダードジャズが流れて来ることを予想していた典子と、智子は思わず顔を見合わせた。

他の聴衆も一様に驚いたような顔をしていたが、あちこちでカップル達は手を取り合って、静かに目閉じて聞き入っている。


続けてこの季節らしく、ビルエバンスが愛するものを失いつつ春の訪れを信じようとする心情を語った『You Must Believe In Spring』が、中村先生のピアノを中心に、哀愁漂うメロディを奏でられた。


この後『恋人』をテーマとするスタンダードジャズが数曲続いて演奏は終わると、観客達は立ち上がり惜しみない拍手が鳴り止まなかった。


マスターは、再びスポットライトの下に出てくると、マイクを取った。

「皆さん、今日はいかがでしたでしょうか。

最初にお送りしたのは、有名なサックス奏者の西村貴行さんがよくライブで演奏する『流星群』をお届けしました。この選曲は、健作君のリクエストによるものです。」


マスターは、客席を見渡した後一呼吸置いて続けた。

「さて、われわれ促成カルテットはそんなにレパートリーが多くありません。

そこで、アンコールにお答えするために、最初にお届けした中村先生と健作君のデュオで『流星群』をもう一度お送りしましょう。

そして、今夜のテーマである『恋人達の夜』にふさわしく、ご来場の皆さんぜひチークを踊ってください。」


再び演奏が始まると、芳醇なブランデーを口に含んだときに鼻腔に広がる心地よさに似た豊かさを感じながら、恋人達はステージ前でチークを踊り始めた。

健作の奏でる心優しい豊かな響きは、人々の心を優しく包み込むと、爽やかな余韻を残して演奏は終了した。

しばらくは余韻をかみ締めるかのような静寂の時間が流れた後に、割れるような拍手が沸き起こった。


健作と修は、典子と智子が待つ席に戻ると、典子は待ちかねたように健作に語り始めた。

「本当にびっくりしました。だって、カウントベーシーか何かが始まるのかと思ったら、いきなり『流星群』が流れ始めて、最初は何が始まったのか理解できませんでした。でも、本当に素敵な曲ですね。感動しました。」

「そうそう、ノリと私はもううっとり聞きほれちゃった。」

「ありがとう。実は最初の曲は、修と2人で話し合って、智子さんと典子さんに贈る曲にしようと決めて、あの曲にしたんだ。」

「2人とも気に入ってくれて嬉しいよ!」


「そうだったんですね、嬉しい!

先輩のサックスの奏でるメロディに

ノリはイチコロ!」

「何言ってるの、智子!」

典子は顔を真っ赤にして智子の腕を掴むと、3人から笑い声が溢れた。

「良いじゃない、ホントなんだから!

ところで、この前のライブのときから気になってたんですけど、なんでバンドの名前を『スターゲイザー・オーケストラ』って付けたんですか?」

智子が訊くと、健作は答えた。

「『Stargazer Orchestra』の『Stargazer』というのは『天文学者』という意味があるんだけど、『宇宙の真理を探究するオーケストラ』って言ったらかっこいいかな。」

健作はそういうと、ジョッキを手に取りビールを流し込んだ。


修は、健作の話しに続いて説明し始めた。

「スピルバーグの『スターウォーズ』は知ってるだろ?

あの映画の中で、様々な異星人の集まる宇宙の酒場みたいなところで、ジャズが流れていたの知ってる?」

「そういえばテレビで観た再放送で、ルークがそんな酒場に入っていくシーンがあったような気がします。」と智子が答えた。

「ああそうそう、それだよ。子供の頃健作の家で観たスターウォーズのDVDで、あの酒場のシーンが妙に頭に残ったのが、俺たち二人の初めてのジャズ経験かな。」

「うん、あの映画を観てから、俺と修はいつもスターフォーズゴッコしてたっけ。いつの日か宇宙船に乗って宇宙を駆け巡りたいって夢描いていたもんな。

だから、ジャズバンドを作ったときに宇宙を駆け巡るような名前を付けたくて、『Stargazer Orchestra』って名前をつけたんだ。」

健作は、遠くを見つめるような表情をしながら説明した。


「そうだったんですね。

実は私もオーケストラの名前の由来が気になっていたんです。

とっても素晴らしい名前ですね。」

典子は、目を輝かせながら感心すると、健作を見つめた。


健作は、典子の真っ直ぐな瞳に見つめられると、ちょっと『ドキッ』としてはにかみながら典子に話しかけた。

「そうだ、典子さん、今度フルート教えてあげるよ。音楽は、聴くのも楽しいけど、演奏するのはもっと楽しいんだ。

特にジャズの真髄は、聴くこともさることながら、演奏することにあると思うよ。

メロディー・・・主旋律をどのようにフェイクしていくか、どのような即興演奏をしていくか、何も考えずにひとりでに体が動きだして本当に楽しいんだよ。」

「じゃあ、健作先輩、よろしくお願いします。」

「ああ了解!」

楽しい話は続き、夜は更けていった。

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