第4話

都知事が何方かの縁で友人達といらした。息子さんはお天気キャスターで、美しい彼女とよくいらしているが、お父さんとは初めてお会いした。


この年代にしては背が高く、高校時代のサッカーと、政治家時代に鍛えられた精神がそのまま肉体に現れて恰幅が良い。サッカーならぬ作家でもあるので、佇まいは物静かさをも感じた。


高校の先輩である。

なので、どれだけ有名人でも先輩は先輩だ。

それ以下とかそれ以上とか、ない。

ときに偉そうに見えるので、サッカー部が全国大会出たのは、私たちの世代やし、と頭の中だけで威勢を張ってみる。顔には出てなければいいが。


ま、ここに当時の野球部のOBがいたら完敗だ。何しろ我が母校、甲子園で無敗という記録がある。戦後の食糧難の時代に、先輩たちは布で巻いたグローブ片手に、勉学はちゃんとやられたのだろうか、日が沈むまで灰色に化した白球を追いかけたのだ。


ここで、野球部でないこの都知事がまた登場される。野球部で名バッター、後にアナウンサーになられた当時のイケメンは、同じグラウンドで練習するサッカー部の後の都知事を目掛けてバッティング練習をし、ビミョーなバッティングコントロールを身に付けた話は、伝説である。


都知事も自分では知らないところで役立っているのを、さて当時知っていたであらうか。


今夜は貸し切りで長丁場になる。洗い物ついでにつまみ食い。 イイダコのトマトソース煮ゲット。


先にお会計時の話になるが、デカイ先輩は私の真横にまるで金剛力士かといわむばかりに、仁王立ちし、私が計算するのを凝視している。


もし、仁王さまが隣で睨みを利かし、計算早くしろーと呟いたなら、誰しも縮み上がって計算どころではないはずだ。


それをやるもんだから、ちょっと黙ってくれと言いたいのを我慢して、紅潮した顔で苦笑いを作った。先輩というものは、どの部活でもたいていワガママな存在だ。


仁王さまのお気に入りはパジャマアップル。

リンゴの芯を底のギリまでくり貫いて、干し葡萄、バター、砂糖、シナモンをいれる。

手コネのパイ生地を薄く伸ばしたものを正方形にカットしたら、優しく包んでいく。


レシピをついでにただで載っけてもいいかって。父と母は常々言っている。材料、作り方は同じでも、作り手のエッセンスが最後の決め手だ、と。だから、むしろ教えて広まったほうがいい、と。


料理本にしたら少しは経営の足しになるのになぁと思うだけで実行する気は、気すら起きない。


簿記を独学した三番目の妹は、当時まだ幼かったので、これまた仕方ない。レストランの経営は如何せん、ヤクザ堅気である。水商売とはよく言ったもので、とにかく、アンセルモは常に赤字である。赤いのはトマトだけにしてほしいものだ。


みんなで撮った夜中の記念写真

母の横に立った都知事の顔は、初恋の人に会えた幸せに満ちた青年のそれだった。

同窓会は、何時でも、何年を経てもあの時に戻れるタイムマシーンである。


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