2-7「探し求めた情報」その2



「そりゃあそうよ。逆に取られないと思った根拠が聞きたいね」


「さっきまでペラペラ喋ってたじゃねぇか」


「それは青年が俺に有益となる情報をくれたからな。情報は情報で返す。それもまた俺達のやり方なんよ。でだ、ここで一つ青年に聞きたいんだが……お前さん、金は持ってんのか?」


 急に尋ねられた俺は苦い顔をして口をつぐむ。

 金はある。あるが……。

 巾着袋を取り出し、ちらと中身を確認した。

 銅貨数十枚に銀貨二枚。やはり少ない、少なすぎる。果たしてこれで足りるかどうか。例え足りたとしても間違いなく今夜の寝床は路上で確定するだろう。今晩の飯もありつけるかどうか分からない。つうか、なんで俺は大して金もないのにここに来ちまったんだ? 金の都合がついてからでも良かっただろうが、俺の阿保。


「……俺の全財産だ。これで足りるか?」


 自責したところで俺は諦め、袋に入ったなけなしの金を帳場に広げた。

 おっさんはこれを見て、眠たげな目を二度三度しばたかせる。


「青年? お前さん、よくこれで俺達から情報を買おうと思ったな。はっきり言って全然足りてないぜ?」


 半眼半口半笑いと、器用な表情を浮かべておっさんが呆れた。

 俺も「……だよな」としか答えらず、取り敢えず笑って誤魔化す。

 そんな俺を見兼ねたのだろう。

 おっさんは厄介な客だというように頭を掻き毟ると、


「そうだろうとは思ったがな。でもまぁ、ここで帰しても青年が憐れだ。しょうがねぇから今日の所はにしてやってもいいぜ?」


 今の俺にとっては非常に魅力的で都合のいい提案を持ち掛けてきた。

 つまり、後日きっちり金を纏めて払えさえすれば、今日この場で払えなくても情報は売ってやると言われてるわけだが――。


「そいつは俺にとって願ったり叶ったりな話だな。……なんか裏でもあるのか?」


 怪しいと思った俺は、疑念を隠すことなく口にしておっさんの真意を探った。


「かー、信用されてないねぇ。もしかして青年、後で多額の利子を要求されたりするんじゃないかとか考えてたりするか?」


「俺の懐事情を知ってからの提案だからな。そう疑うのが妥当だろ? ましてやおっさんみたいな胡散臭い輩の甘い誘いだ。裏があると考えるのが普通だ」


 疑い深いことで、とおっさんは首を横に振る。


「ま、俺達情報屋を信用しろなんて言わないけどな。だけどよ青年? もう何度も言ってるが俺達〈時勢の使徒ヘルメス〉はこの国唯一で随一の情報屋集団だ。個人から商会、反貴族派組織軍みたいなデカい組織。果てまでは国すら相手取って百年以上も商売してるんだぜ? 青年如きを詐欺ってどうするよ? それに、一個人にそんなつまらん商売をしてたら俺達〈時勢の使徒〉は今頃、国か他組織に潰されてると思うがな? だが、そうなっていない。この意味、察しの良い青年なら分かる筈だ」


 確かにおっさんの言うことは一理ある。言葉通り、人を騙すような汚い商売もしてないのだろう。噓を吐いているようにも見えない。だが――。 


「そうは言われてもな。なんせ俺は情報の相場も知らなければ、さっきの噂話の買値も分からない。漠然と金額が足りないと言われただけだ。そこが明確にならない限りは、どっちにしろ提案は呑めねぇよ」


 俺という性格は本当に厄介で、確信を得られるまでは何処までも疑わずにはいられない。例えそれが、相手の優しさからくる厚意だと自身で分かっていてもだ。何故なら、この世知辛い世の中において簡単に人を信用してしまう奴はまず長くは生きられない――と俺は身を以て知っている。俺だけじゃない、魔物が蔓延はびこり人が争う世の中では殆どの者が深く人を信用することはない。でなければ、悪意を持った人間にいい様に利用されるのがオチだと分かっているからだ。そして、利用されて落ちていった者を俺は〝近い人物〟で知っている。〝人は信じるよりも先に疑え〟その人物を見て俺が学んだことだ。


 とはいえ、ツケに出来るなら俺もそうしたいのが本音だが。


 ここでおっさんが「これでまだ疑うか、青年」と吐き捨てつつ、何やら引き出しから―誓約書とはまた別の―小さめの羊皮紙を一枚取り出した。


「まぁ、提案を呑もうが呑まないが青年の自由だが……。あまり〈時勢の使徒〉に対して偏見を持たれても困るしな。そこまで疑うのなら一筆したためてやんよ。ついでに情報の相場も教えてやる」


 おっさんは言うと、羊皮紙に羽根ペンを走らせる。

 いったい、何を認めるというのか。

 口にすることなく疑問だけを浮かべ、俺はおっさんが書き上げるのを大人しく待った。

 しかし、ただ待つだけじゃあ手持ち無沙汰なので、俺は改めてこの埃舞う牢獄のような薄暗い部屋を見回した。が、取り分け面白そうな物は無く他に表現もしようがないので、最終的におっさんが今まさに書いている文面を覗き見ては結局けっきょく暇を持て余した。

 因みにこのおっさん。心底どうでもいいんだが、顔に似合わず達筆だ。

 それから暫く――。


「よし、こんなもんか」


 と、満足気に羽根ペンを置いた。どうやら書き終わったらしい。


「こいつをお前さんに渡しておくよ」


 おっさんから一筆認めた羊皮紙を受け取り、俺は繫々と内容を確認した。


『私、ヴァン・ヴェトリーガは〈時勢の使徒〉の矜持にのっとり、此の者リヒトに対し一切の虚偽も無く正当な情報料を請求した上、正当な情報の相場を教授する事を此処に誓う。もし是が虚偽だった場合、私は〈時勢の使徒〉の幹部を辞した後、〈時勢の使徒〉の掟に従い自身の命を以てして償う事も此処に誓う。

                            ――ヴァン・ヴェトリーガ  』



 ……これはまた。


「随分と大袈裟で馬鹿げた事を書き上げたもんだな?」


 羊皮紙をひらつかせながら俺は言った。


「だが、これなら流石の青年も俺達〈時勢の使徒〉――とまでいかなくても、俺のことは信用出来る相手だと理解できたはずだ」


 頭の後ろで手を組み、自信たっぷりに断言するおっさんに俺は開いた口が塞がらない。

 一体、その自信は何処から湧いて来るんだか。

 だがまぁ……信用云々うんぬんはともかく、確かにこの条件なら不安も懸念もない。とことん俺に寄ってくれた提案だ。これはもう、呑まない理由がない。


「わかった。取り敢えず今日この場においてはおっさん、あんたの口車に乗せられてやるよ。ただ、最後に一つだけいいか?」


「ん、なんだ?」


「あんたから情報を貰ったあと、俺は羊皮紙コレを何処の誰に見せればいい?」


「って、おい」


 俺の質問の意味を汲み取ったおっさんから素早く突っ込みが入る。

 そして何やら物言いたげに口を開いては結局断念し、頭を振った。


「まぁいいさ、ソレについても情報と一緒に纏めて話してやんよ」


「そうしてくれると助かる」


 情報料を含めた諸々の都合話が纏まり、俺は人心地つくように言葉を吐き出した。

 だが、それもほんのひとときだ。


「但し――これは親切心で先に言っておいてやるが、いまから喋る情報はきっとお前さんの気を悪くするような内容だ。精々、また胸倉を掴まないように覚悟だけはしておいてくれよ?」


 おっさんのこの言葉で俺は、すぐに緊張を取り戻した。

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