2-6「探し求めた情報」その1



 眉間に皴を寄せ睨むように言ってから俺は、三人についての詳細と自身との関わりをオルドル騎士学校での経緯と交えつつおっさんに語った。


 まずは親友の二人——フィリオア・フォルティスとエレナ・ジェンティーの容姿や出身、特徴について。

 次にオルドルで起きた魔物襲撃事件の真相。最後は事件を引き起こした首謀者の男についてと順番に。

 そうして着々と話を進めていく中。おっさんも再び葉巻をくゆらせては〝皮肉も駄弁も無し〟に茶々を入れることなく聞きに徹していてくれた。

 おかげで労することなく早々に説明は終わり――。

 現在、俺は一人喋りの疲労を感じつつ一息ついているところだ。



「……なるほど、こいつは結構けっこう面白い話を聞かせてもらったぜ」


 俺に気を遣ってか、此方に向かわないよう別方向に紫煙を吐き出してはおっさんが言う。

 しかし、紫煙は吸い主の意思とは関係なく無遠慮に此方へと寄って来るので、仕方なく俺は手で扇ぎ返した。

 それから俺は口を開く。


「俺自身は特別とくべつ面白い話をした覚えはないけどな」


「まぁ、くだんの当事者であり語り部の青年はそうだろうな。でも俺達、〈時勢の使徒ヘルメス〉からしてみれば面白い。というより青年のおかげで色々と合点がいっちまった」


「合点? 何の話だ?」


 いまいち要領が得られず、俺は首を傾げる。

 するとおっさんが「聞くか? 少し話が逸れるぞ?」と言ってくるが、気になるような喋り方をしておいて逸れるもへったくれもない。

 俺はどうぞと、手の平を掲げた。


「実は当時、事件が起きた直後は俺達〈時勢の使徒ヘルメス〉も色々と調べ回ってたんよ」


「それはなんでまた?」


「頼まれたのさ、反貴族派組織軍ラージュリベリオに」


「……は?」


 急に意外な組織の名前が出てきて、俺は素で驚き声が漏れる。


反貴族派組織軍ラージュリベリオって、〈時勢の使徒ヘルメス〉はそんな組織とまで繋がってんのか」


「当然。忘れたのか青年? 俺達はこの国唯一で随一の情報屋集団だ。デカいとこなら何処だって繋がってる。が、この話は関係ないから置いておこう」


「……確かに」


「でだ、なんでまた反貴族派組織軍ラージュリベリオが俺達に事件を調べろだなんて頼んできたかというとだ。早い話、帝国貴族軍との武力衝突を回避するためなんよ」


「……? 正直、初めて聞く話だがそれとこれとでどう関係してんだ?」


 未だ話の核心が見えず、俺は眉を顰める。


「つまりな? やっこさん達も気付いてたのさ――青年がう所の〝魔物は街の内側から現れた〟って事実にな。それと件の原因は帝国貴族軍でもなく別の〝何か〟だって事にもだ」


「——っ!?」


「まぁ、俺達〈時勢の使徒ヘルメス〉も街の被害状況を把握したらすぐに気付いたがな。なんせ街の外側よりも内の方が死人も建物の損壊も多いときた。街の中心部に近い騎士学校周辺は特に酷い有様だ。これで気付かないわけがない。だってそうだろ? 普通、魔物が襲撃してくるなら街の城門からだ。例え有翼の魔物や地中を移動できる魔物だったとしても街の中心から狙う事はまずないだろ? 全体状況さえ分かれば誰だっておかしいと気付く。恐らく、当時の貴族連中だって事実には気付いていたろうさ」


 淡々とそこまで話し終えると、一度葉巻を吸おうとおっさんが陶器製の灰皿に手を伸ばした。


 ――だが、俺がそうはさせなかった。


 殆ど無意識だ。

 おっさんが話を区切るなり、俺は椅子から立ち上がって胸倉の襟を掴んでいた。

 溶けて背の低くなった蠟燭の火が揺れ、目の端ではポトッと葉巻が床に落ちる。


「……じゃあ、なんで内戦は起きた? お互い気付いてたんだろ? それに魔物の発生場所に気付けたのなら奴の存在にだって辿り着いてるんじゃねぇのか? それとももう始末したのか? どうなんだ答えろ!」


 頭の中で錯綜する疑問が――。

 腹底で渦巻く激情が――。

 抑えきれず口から溢れかえり、非常に纏まりのない子供じみた質問としておっさんの顔面を叩いた。

 幾何か不穏な空気のまま時が流れる。

 その中、先に口を切ったのはおっさんだった。


「……取り敢えず落ち着け、青年。今のお前さん本気で人を殺す時の目をしてんよ……殺気もむんむんだ」


 冷静になりな。と胡散臭い顔にしては随分と優しい口調で宥められ、俺は自身の行動が如何に浅はかだったかと思い知らされる。


「……わりぃ、ついカッとなった」


 襟を握った拳を緩めては一言、俺は謝った。


「なに、若い時分の内はそういうもんだ。俺だって青年の年の頃は感情任せな言動が多かった。寧ろ青年が経験してきた境遇を考えれば落ち着いている方だよお前さん」


 床に転がった葉巻を拾い、まだ吸えるかと気にしながらおっさんは尚も宥める口調で俺を許す。

 俺もやっと平常心を取り戻すと、大人しく椅子に座り直した。

 ただ疑問までが尽きたわけじゃない。

 どうして内戦に発展しなければいけなかったのか。

 奴はどうなったのか。

 何より――何故、全て奴の意のままに事が運んでしまったのか。

 概ね俺の怒りの起因でもあるこの理由が知りたい。

 それが顔に出ていたのだろう。

 全て察したとばかりに、おっさんは葉巻を吸うことなく灰皿に置いた。


「青年の疑問を簡単に答えるとだ……結局俺達〈時勢の使徒ヘルメス〉も反貴族派組織軍ラージュリベリオも原因究明の手掛かりとなるものを見付けることが出来なかったのさ。青年も知っての通り、帝国貴族軍はこの事件の首謀者を奴さん達になすり付けてる。しかし、原因究明を出来なかった奴さん達は自分等の身の潔白を証明できない。結果、黙って帝国貴族軍にやられるわけもいかず、止む無く内戦に発展したってわけだ」


 でもな、とおっさんは繋げる。


「さっきも話したが帝国貴族軍も魔物の発生場所自体には気付いていた。じゃあ、なんで奴さん達に首謀者の烙印を押し付けたかというとだ。……実はこの一件で、偶然にも学都オルドルへ民情視察にやって来たイデアルタ帝国皇帝ネロ・フロイドの子息が魔物の餌食になってたんよ」


 この事実を聞かされ、俺は「……あぁ、そういう事か」と頭を抱えた。

 思い起こせば八年前。事件が起きる前日に、騎士学校内でも皇帝の子息が視察に来るという噂を聞いた覚えがある。

 子息は子に恵まれなかった皇帝のただ一人奇跡的に生まれた息子だ。次期皇帝としてそれはもう皇帝は溺愛していた。

 加えて子息は器量が良く、平民の声をよく聞き施策にも反映することから一部の貴族以外からは支持も絶大で、次期皇帝になれば永らく圧政を敷いてきた帝国もマシになると国民は期待をしていた。

 確か反貴族派組織軍と帝国貴族軍との間も取り持ち、お互い燻り合いながらも武力衝突ではなく討論によって解決してきたのもこの子息の手腕によるものだった。


 だが、その子息が不運にもオルドルの事件に巻き込まれ亡くなった。


 これがどんな意味なのか、考えなくても答えは出る。

 全部、理解出来てしまった。


「もうここまで話せば大体分かった思うが、一応最後まで説明するぞ? そして子息を溺愛していた皇帝は怒り狂った。誰に責任があるか求めた。当然、誰にも責はない。帝国貴族軍も反貴族派組織軍の仕業では無いことぐらい分かっていた。だがそれでは皇帝は納得せず、納得のいかない回答をしたものはたちまち首を跳ね飛ばされた。そうなればもう、首謀者をでっち上げるしかない。ってことで反貴族派組織軍がそこに宛がわれた」


 軽い口調でおっさんは殆ど一息で喋り切ると、大きく息を吸っては項垂れるように深く息を吐いた。


「もう面倒だから駆け足で説明するが、要するに――始めは両者も内戦なんざ望んじゃいなかったのさ。望んじゃいなかったがそうする他なかった。でなければ、皇帝どころか平民も納得しなかったからだ。子息は平民にとって希望であり歯止めでもあったからな。死んだと分かった途端、殆どが暴徒と化して貴族を糾弾した。反貴族派組織軍ですら抑えきれず、国内情勢も荒れに荒れた。それを鎮静化するため皆が皆戦争による解決を望み始めたよ。オルドルの事件とは関係なく、寧ろ忘れてな」


 遥か遠くの愚かな人間を見るかのように目を細めては皮肉たっぷりにおっさんは口元を歪める。


「皇帝側の帝国貴族軍、平民側の反貴族派組織軍。君主主義と共和主義。元々相容れぬ二つの組織は子息という仲立ちを失い、自身等が支持する者達を抑えることが出来ないまま、掲げる正義の名の下に戦った。そして勝ったのは共和主義、反貴族派組織軍だ。……青年の疑問に対して、俺が答えれるのはこれで全部だな」


 語り終えるとおっさんはふぅ、と椅子の背に身体を預け今度こそはと葉巻を口に咥えた。


「……ようは、誰も本当の首謀者に気付かず捜さないまま、自分勝手な理想を掲げて争ったってことか」


 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、俺は鼻で笑う。


「まぁ、極めて端的に言えば青年の言う通りだ。事実、今だってイデアルタの誰もが首謀者の存在があったなんて知らないだろうさ。俺も青年の話を聞いてやっと分かったんだからな。合点がいったってのはそういう意味だ」


 当てが外れたな。と付け加え、おっさんは肩を竦めた。

 何を言われてるかは当に理解している。

 とどのつまり、このおっさん達〈時勢の使徒ヘルメス〉も首謀者に関する情報を何一つ持っていないって事だ。


「……全くだ」


 俺はそれだけ言うと、隠すことなく落胆した。

 それから沸々と、また怒りがこみあげ――。


「何もかもが奴の思惑通りだ……クソッ!」


 やり切れず吐き捨てた。

 呼気に煽られ、またも蠟燭の火が揺れる。


「――実際。青年の話を聞く限り奴さん相当のやり手だ。恐らく、帝国貴族軍と反貴族派組織軍が燻っていた事も子息がその日視察に来る事も何もかも知ってたんだと思うぜ。じゃないと、いくらなんでも手際が良すぎる。間違いなく、全て緻密に計画されたことだ。自身が首謀者だと気付かれないところまで含めてな」


「あぁ、だろうな。それぐらい狡猾な人相をしていたよあの男は」


 燃え盛る騎士学校の中、悠然と笑う男の顔を脳裏に浮かべて俺は言う。


「蛇のような目付きをした男だったか? あと左頬から右額にかけて斬傷があるんだよな。特徴はあるが、流石の俺もそれだけじゃあな。せめて名前さえ分かれば、まだ何か情報が引き出せるんだが……あっ」


 思案顔で頭を捻っていたおっさんが、あからさまに何か思い出したように声を漏らした。


「なんだ、何か奴に関する情報があるのか?」


「いや、そういえばこの前ちょっとした面白い噂話を仲間から聞いてな? その噂話が意外と奴さんと関わりがあるんじゃないかと思ったんよ。ただ……」


 何やら煮え切らず、おっさんは言葉を濁す。


「どうした?」


 俺は聞き返した。


「直接、奴さんを断定するには程遠い上、手掛かりになるかならないか程度の情報だ。はっきり言って情報とも呼べない。それでも青年は聞きたいか?」


 何を言ってるんだこのおっさんは? と、俺は一瞬顔を歪める。

 当たり前だ。聞きたいに決まっている。

 どんな僅かな情報だろうが噂話だろうが、それが少しでもあの男に繋がるなら何だっていい。

 俺はその情報を基にあの男を探しだすだけだ。探しだして、奴の心臓に剣を突き立てる……それだけだ。


「何でもいいから話してくれ」


 とにかく情報が欲しい俺は愛想無くおっさんに催促する。

 すると、おっさんは――。 


「じゃあ、ほい」


 と言って、おもむろに手の平を俺に見せた。

 俺はジッとおっさんの汚い手を見つめる。

 そして理解すると、


「……金取んのかよ」


 嘆くように俺はぼやいた。 



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