2-4「情報屋」その2



 薄暗く埃臭い部屋の中。帳場を挟んで俺とおっさんは、向かい合うようにして椅子に腰を掛けている。台には一本の蠟燭ろうそくの火が揺らめいており、お互いお世辞にも人が良さそうとは言えない面を橙色に照らしていた。

 もし誰かがこの状況をはたから見たとしたら、悪人の密会としか思えないだろうな。

 そんな客観的事実を今更ながら気付く。


「——とまぁ、説明するとこんな感じだな。……って、俺の話ちゃんと聞いてたか青年?」


 言われて俺は――。


「あぁ、ちゃんと聞いてたよ。だけはしっかりな」


 と、頬杖を突いては飽き飽きとした表情で言ってやった。ついでに溜息もおまけに付けてだ。

 しかし、このおっさん。かれこれ二時間もみっちり〈時勢の使徒ヘルメス〉について語っておいて、よくもまぁ〝ざっくり〟と言えたもんだ。

 お陰様で必要以上に〈時勢の使徒ヘルメス〉について詳しくなった上に、無駄な時間もまた多く取ってしまった。むしろ無駄な時間の方が割合が多い。

 まぁ、組織について教えろと言ったのは俺だから仕方ないことだし、長い話になることは覚悟していたからそこは構わないんだが――。

 話の内容の大半が〈時勢の使徒ヘルメス〉とは全く関係のない、おっさんの駄弁で占められてたってことは流石に腹が立った。それがなければ半分の時間で済んでた内容の話だ。

 だからと言ってどうこうするつもりも何か言うつもりも全くない。そうしたところでこの男の思う壺なのはこれまでの時間でよく分かっている。この長い無駄話もわざとだ。わざとそうして楽しんでいる。非常に性格たちの悪いおっさんだ。


「おっ、てことは全部ちゃんと聞いてたわけだ。なんせ俺はしかしてないからなぁ」


 早速これだ。無駄話について言った俺の皮肉をさらに皮肉で返してきやがった。

 胡乱うろんな目でにやりと口元を歪ませてる姿がより腹立たしい。


「はいはい、そうだな。そういうことにしておくよ」


 どこがだよと吐き捨ててやりたかったが、一々相手にするのも面倒なので半ばなげやりに受け答える。

 しかしそれが良くなかった。と悟ったのは、先ほどにやりと歪ませたおっさんの口角がよりせり上がったのを見てからだ。


「じゃあ熱心に俺の話を聞いてくれた青年に一つ問題だ。俺がいつも愛用している葉巻の産地と銘柄を――」


「訂正する。俺にとって重要な話だけ聞いてた」


 俺はおっさんが言い切るよりも早く、冷たく言葉を放った。

 葉巻の産地だ銘柄だ? んなこと知るか。俺が話を聞いてないことを分かっててそんな問題出しやがって……。おっさんの嗜好品話のどこが重要なんだよ。

 そういった俺の心情を読み取ったか、おっさんは軽く後ろ髪を掻くと「はぁ……」と息を吐いては両の手の平を上下させた。


「全くつれないねぇ青年は、もう少しおっさんの戯言に付き合ってくれてもいいじゃんよ」


 まるで俺が悪いかのような言い草だ。


十二分じゅうにぶんに付き合ったと思うんだが? つうか、自分で戯言だって認めてんじゃねぇか」


「青年? いちいち人の言葉の綾を拾い上げては揚げ足を取るような真似、俺は感心しないぜ」


 えらく真剣な顔して言葉を並べちゃいるが、おっさん自身がなにより人の揚げ足ばかりを取っているからして、説得力なんてものは微塵もない。

 そればかりか――。


「あんたのことだろうが、それは……」


 愚痴でも呟くように俺が零してみても、「さて、なんのことやら?」と無精髭を撫でさすってはとぼけやがった。

 ただただ不毛。ここまでのやり取りを一言で表すならこの言葉に尽きる。

 俺は天窓から僅かに覗く、茜色に染まり始めた空に目線をやってはそんなことを思い浮かべた。

 おっさんはおっさんで、「ちょいと喋り疲れちまったから小休止な」と言っては外套コートの懐から愛用の葉巻を取り出し、一服の準備を始めている。

 なんとなく俺はそのさまを気無しに眺めた。

 おっさんは専用の鋏を用いて葉巻の先端を切り落とすと、その小口を蠟燭の火でしっかりと炙った。火が着いたのを確認するとそのまま口にくわえ、ゆっくり吸い上げるとゆっくりとまた煙を吐き出す。煙はおっさんの周りを佇むように浮かび、同時に葉巻独特の強い香りが俺の鼻を刺した。思わずしかめっ面になる。


「よくそんな体に悪そうなもん吸えるな?」


「悪そうじゃなくて、悪いんだよ。吸い過ぎれば確実に寿命を短くする程度にはな」


「ならなんで吸ってんだ? ただでさえ先の短そうな面なのによ?」


「おうおう、いってくれるじゃねぇの青年。まだまだ先の長い青年には分からないかもしれねぇが、年取ると色んな事が負担になって心労が重なってくるんだよ。若い時分はその活力でそんなもん撥ね退けてこれるが、この年になって来るとどうもそれも難しくなってくる。そんな時に葉巻こいつを吸うと、気持ちが軽くなって活力が湧いてくるのさ。俺に取っちゃ葉巻こいつはなによりの憩いなんよ」


 そう、空虚な笑みを浮かべつつ人生でも語るような口ぶりのおっさんに俺はただ「……へぇ」とだけ答えた。別に興味がないという意味での返答ではなく。ひとときの幸せを得る為の憩いなんざ他にいくらでもありそうな中、葉巻だって言うのだから相当なんだろうな。という納得の意味での返答だ。


「……ま、しばらく我慢してくれ。葉巻こいつを楽しんだら、ちゃんと本題に戻るからよ?」


「その言葉、本当だろうな?」


 今度はおっさんの言葉の胡散臭さに顔をしかめつつ俺は言った。


「おいおい信用されてないなぁ。安心しろって、今度こそはちゃんと脇道逸れずに話してやるから」


 今までの会話でどう信用しろと言うんだこのおっさんは……。

 と言ってもだ。信用出来る出来ないにしろ、俺がこのおっさんに頼る他ないのは間違いない。

 何故ならこのおっさんは、先程の二時間にも及ぶ会話の中で、自身が〈時勢の使徒ヘルメス〉という組織の幹部であることを喋っている。

 そして〈時勢の使徒ヘルメス〉とは、イデアルタ国内のありとあらゆる情報を収集し、熟知し、支配しては欲しがるものに売り捌く、唯一で随一の情報屋集団であることも語っている。

 もしこの話が本当なら、大層な組織の幹部であるおっさんなら、その保有している大量の情報の中に俺が求めている情報ものがあるかもしれない。

 なら、選択肢は一つだ。このおっさんから情報を買うしかない。

 最悪——情報が噓だったり、おっさんが〈時勢の使徒ヘルメス〉を騙った詐欺師だったとしても、その時はその時だ。また一から情報を集め直せばいいだけのこと。


 とにかく今はこのおっさんに賭けてみよう。


 

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