2-2「侵入者」



 サラと別れて十数分、予想通り昼には街の正門に着いた。

 ところがだ――。


「おいおい、なんだこの行列……」


 正門の前では異常とも言える大勢の人と馬車が列を作っていた。

 これはいったい何の行列かと、おっちゃんに問う。


「いやぁ……たぶん検問なんだろうとは思うんだが」


 確かに大体のでかい街ってのは門があり、そこには必ず検問を行う衛兵が配置されてるもんだが、俺が知る限りこの首都でこんなに行列を作っているところは見たことがない。


「検問つっても、いつもはこうじゃねぇだろ?」


 俺はその疑問をおっちゃんに投げた。


「あぁ、ここまで行列が出来たのは内戦ぶりじゃねぇか? あの時は貴族が反貴族派組織軍ラージュリベリオを街に入れないように厳重に審査してたからな……」


 なるほど内戦か。その当時の状況を山村に幽閉されていた俺は知らないが、おっちゃんの言ったことから察するにこの行列の原因は似たようなことが起きているってことだろう。

 門の方に目を凝らせば、衛兵が険しい顔付で人や馬車を調べている。


 その際、衛兵が手元に持った資料めいた紙と人を交互に見比べてる様子から〝やっぱり〟と言ったところか。

 馬車に関しては大きい木箱や荷袋は入念に中身を確認しているが、逆に小さい荷物は中身を確認せず、高く積まれていればそれをどかす程度で終わっている。


 その様子から、はっきり言ってを探しているのは一目瞭然だ。

 もっと言ってしまえば、その誰かはきっとこの国でを犯した人物なんだろう。

 じゃなきゃ、こんな行列が出来るほどの徹底した検問なんかするわけがない。

 まぁ、兎にも角にも。


「あそこまで行ってみればわかることだな」




 それから一時間ほど。

 俺とおっちゃんは行列の流れに従って、ようやく門の前まで来ることが出来た。

 検問まではあと少し、それが終わればいよいよ首都だ。

 そう、あと少しなんだが。 


「ったく、衛兵どもはなにちんたらやってんだ。もっとテキパキ迅速にやれよ。それが出来なきゃもっと人員増やせ。もう待ちくたびれてんだよ」


 おっちゃんにとって一時間は流石に長過ぎたのか、周りに聞こえない程度にブツブツと毒を吐いている。

 その苛立つ気持ちはわからなくもない。それに静かではあるが、この列に並ぶ人達の殆どはおっちゃんと同じ気持ちだろう。憤懣ふんまんに満ちた空気がこの一帯を包んでいるのがわかる。

 特に商人なら尚更だ。彼らはこの行列のせいで、昼の稼ぎ時を失ってるわけだからな。


 そんな商人を宥めれるほど俺は口は上手くない。

 余計な事を言えば、寧ろ感情を逆撫でることになりかねない。

 ということで、ここは何も言わずほっとくことにする。


 そう結論つけると俺は、ふと懐かしいを感じ取り、思わず門の方に目をやった。


 門の向こうには街並みが見え、そこから聞こえてくる大勢の人の声や楽団が奏でる楽し気な音楽、行商人が広げる食料品や街の料理人が振る舞う料理の匂い、そう言った五感を刺激するものが門の向こうからなだれ込んできた。


 ――同時に昔の記憶も。


 初めて親父に連れられて来た時俺は、そのあまりの人の多さと雑多な音で恐ろしさを感じ、親父の足元にくっついていたのを覚えている。


「おいおい、俺の息子の癖に臆病な奴だな」


 そう言って、親父は笑っていた。

 そりゃあ、子供の俺からしてみれば見知らぬ場所で見知らぬ大人たちが広い大通りを闊歩し、聞き取れないほどの様々な音が耳を通っていけば恐怖も感じるだろう。


「…………」


 だけど俺は、親父に何を言うでもなく頑なに親父の足元から離れようとはしなかった。

 そんな様子の俺を見て親父は暫く困っていたが、何か思い付いたように手を打つと「これならどうだ」と言って俺を抱え上げ、その商人としてはがっしり過ぎる肩に俺を乗せた。


「顔を上げて見てみろ、リヒト」


 俺は親父に促されるまま顔を上げ、その光景を目に映した。

 

 そうすると街並みも見づらかった人の顔も良く見えるようになって、雑多な音が人々の笑い声や音楽なんだと理解した俺は、不思議と恐怖心は無くなり寧ろ心が躍っていた。

 そして、そんな表情が明るくなった俺を見て、嬉しそうに親父は語ってくれた。


「わかったかリヒト。お前が怖いって思ったものも視点を変えれば面白いもんに変わっただろ?」

「物事ってのは様々な角度で見て、聞いて、考えると色んな答えが出てくるんだ」

「お前も俺みたいな商人を目指すなら、今のことを覚えておけよ」


 断片的だが確かそんな事を言っていた気がする。

 もう十五年も前の話だ。


「十五年……か」


 思えばその十五年で色んなことが起きた。そして変わった。

 特に八年前と現在じゃ、この国も俺も大きく違う。

 帝国が共和国に、騎士見習いが復讐者に、たった八年の月日で大きく変わってしまった。

 だけど、十五年経って国の支配者が変わってもこの街の光景までは変わらないらしい。

 俺はそれを良いことだと思う。


 そんなふうに物思いに耽っていると――。


「よし次! そこの二人、馬車と一緒にここまで来なさい!」


 衛兵に呼ばれた。

 どうやら順番が回ってきたらしい。


「ようやくこれで街に入れるぜ……」


 長らく待たされて疲れきっていたおっちゃんが安堵のため息を吐いた。


「ま、審査に通ればの話だけどな」


「そこは問題ないだろ? あんちゃんも俺も善良なイデアルタの国民だ。なんも悪い事なんかしちゃいねぇんだから、心配いらねぇよ」


 冗談で言ったつもりじゃないんだが、冗談と捉えたおっちゃんが破顔してそう言った。

 別におっちゃんを咎めるつもりはないが、吞気なことをとは思う。

 確かに俺は村を出てからこの国に追われるほどの罪を犯した記憶はないし、たぶんおっちゃんも納税額をちょろまかしたりしていない限り問題はないだろう。


 じゃあ何が問題か。

 問題はない。

 ただ気になることがある。

 サラの言葉だ。

 サラの別れ際に呟いた言葉が。正確には口唇こうしんの動きで読み解いた言葉が、頭にグルグルと巡っては離れない。


 ——街……着いた……知って……驚く……


 今一度、その動きを自分の口を使って辿ってみた。

 この言葉の意味。俺は最初、首都に続くこの行列の事だとすぐに理解した。

 でもなんだ。なんか違う気がする。

 そんな考えが列が進むごとに強く増してった。

 そもそもサラが、を去り際に呟く必要性と理由がわからない。それもわざわざ俺たちに聞こえるか聞こえないかの程度でだ。無駄を嫌うサラの行動としては不自然な気がする。

 つまりは何か他に意味があって言ったんだと思うんだが……。

 そこまで考えたところで、答えが出てこない。

 でもなんとなく嫌な予感だけは感じている。とりあえず、腹は括っといた方が良さそうだ。

 願わくば、ただの思い違いで済んで欲しいところだが――。


「よし、馬車はそこでいい。これからお前たちには街に入る為の審査を行う。いくつか質問をするからそれに答えてくれ。その間に馬車の中も確認させてもらうが問題はないな?」


「あぁ、なんの問題もねぇよ。好きに調べな」


 いかにも騎士らしい丁寧な喋りと、それに比べて素っ気ない態度のおっちゃん。明らかに、騎士に対しての不信感が見て取れた。


「わかった。では早速、質問をさせてもらう」


 衛兵も衛兵でそういった態度はとられ慣れているのか、どこ吹く風で話を進める。

 それをおっちゃんは軽くあしらわれたと感じたのだろう。先程より増した怒りが、恰幅のよいその身体から滲み出てきていた。


「まずは出身地と名前、職種を答えてくれ」


「出身地は旧シュドウェスト領のカルムって町だ。名前はメルカートル・ホスキン。職種は見ての通り商人だ」


 衛兵が言い終わるの待たず、悪意を持って一息で言い切るおっちゃん。流石の衛兵もこれには少々腹を立てたのか、片方の眉毛をピクリと持ち上げた。

 しかしそうするだけで何も言わず、すぐにまた元の融通の利かなさそうな顔へと戻すと俺の方に顔ごと視線を移した。

 その衛兵の肩が僅かに上から下へと落ちるのを見た俺は、民を守る騎士もその民に邪険にされちゃあ形無しだなと心中哀れずにはいられない。


「君は?」


 ため息混じりのその言葉を受けた俺は、さてどうすっかなと思考を巡らせては、頭に湧いてくるを織り交ぜた言葉をとして衛兵にかたった。


「俺の出身地は旧フルール領のスリジエ。名前はリヒト。職種は特にない。旅しながらその都度人助けでもして、必要な物を得ては気楽に生きてる道楽者だよ。おっちゃんともそんな道中で出逢って、道すがらの用心棒としてこの街に来たってところだ。こんな感じでいいか?」


 そう言って最後には気さくに笑って見せた。

 自分の知りうる人を騙す上での定石は打ったつもりだ。後は衛兵が騙されてくれれば万々歳。

 だったんだが、世の中そんなに甘くないらしい。

 ふむと一つ頷くと、衛兵の目が細まった。


「ちょっと待て、一つ気になる事がある。リヒトと言ったか、姓は何という?」


 やっぱりそこ突っ込まれるよな。

 この堅物そうな衛兵のことだから、たぶん聞き逃さないと思っていたが予想通り過ぎる。まぁ、でも逃げ道はまだある。


「あぁ、それな。知ってたら答えてるんだが、生憎あいにく俺も自分の姓を知らねぇんだ」


「どういうことだ?」


「つまりは、生みの親の顔も知らねぇ捨て子ってことだよ」


「……そういうことか」 


 余計な事を訊いてしまったと、衛兵が目を伏せた。だがすぐに、しかしならばと言葉を続ける。


「リヒト、君は今日までどうやって生きてきた?」


「そのスリジエって町に孤児院があるんだよ。そこを一人で切り盛りしている院長に拾われて、十二になるまでそこで育てられた」


「その後は?」


「物好きな独り身の爺さんに引き取られて、剣術やら狩り、農作から調理の仕方まで独りでも生きて行ける技術と知識を叩き込まれたよ。そしてその爺さんが先日亡くなっちまってな。どうせならって、こうして旅でも始めてみたわけだ」


 自分で言うのもなんだが、よくもまぁこんなにもすらすらとデマカセが言えるもんだと自身で感心する。

 口にした内容全てが噓ではないが、俺は十二まで孤児院にいてはいないし、あの師匠じじいも死んでなんかいない。そもそもあの師匠ばけものがくたばる事が想像出来ない。

 まぁしかしだ。話の辻褄はあってはいるから、これがデタラメと考える奴は少ないはず。そもそも、嘘か本当かをこの場で決めることは出来ない。もちろん後日、スリジエに本当にある孤児院を訪ねられたら噓だってばれるがそこまでの事をすることはないだろう。こいつらの仕事は今この場で俺の噓を見破ることじゃなく、目下国内を逃亡しているであろう罪人を捕らえることだ。俺たちの相手をしている暇はない。


「あんちゃんにそんな事情が、苦労……してきたんだな」


 おっちゃんの目に涙が浮かぶ。

 どうやら俺のデタラメな身の上話を信じ込んだようだ。

 だが、対してこの衛兵、おっちゃんほど単純ではないらしい。


「ふむ……些か気になる点はあるが、噓を言ってるようにも思えないな。ここは君の話を信じることにしよう」


 要約するに「お前の言ったことなんか信じてねぇよ」ってことだ。

 これには流石、首都イデアルタの衛兵ってところか、観察眼がよく鍛えられている。

 そんな衛兵に俺は「そりゃどうも」と再び笑って見せたが、相手はどこまでも岩の如く無表情だ。

 そして、次の話を喋り始める。


「続いてだが……まず、私達がこうしていつもよりも厳重な審査を行っているのは何故か知っているか?」


「何故かだぁ? まるで大層立派な大義名分でもありそうな言い方じゃねぇか」


 すかさず、おっちゃんが敵意剝き出しで衛兵に嚙みついた。

 たぶんだけど、意地でもこの岩って感じの衛兵を動じさせてやるつもりなんだろう。中々におっちゃんも執念深い。

 が、たぶんそれは一人相撲で終わる。


「事実、我らにはを行う大義名分がある」


 衛兵はおっちゃんと面と向って静かに、だがはっきりと言い放った。

 その言葉からは、まるで岩が急に迫って来たかと思わせるほどの気迫と信念が伝わってきた。


「な……なんだよ急に……じゃあ、その大義名分とやらを聞かせて貰おうじゃねぇか」


 圧倒されてしまったのだろう、声に覇気が無ければ怒りまでも沈んでしまっている。

 相手にする岩がデカすぎたなおっちゃん。

 そしてこの衛兵、やっぱり只者じゃないようだ。さっきの気迫、歴戦の戦士が放つそれに感じた。恐らく相当の手練れだ。

 まぁ、それは置いといて話の続きを聞こう。

 恐らくこれで、俺が気になってることの答えが聞けるはずだ。あまり当たっては欲しくない答えが――。


「いいだろう、事はイデアルタ共和国の今後を左右する話だ。心して聞け」


 一拍の間。衛兵は息を吸い込むとまず一言。


「先日、オルフェーデ神聖国側からイデアルタ共和国との国境を越えて何者かがこの国に侵入した」


 そう言った。

 この一言だけで、はっきり言って俺の嫌な予感の半分は的中してしまったわけだが……この感じだともう半分も正解だろう。というより、半分当たった時点でもう半分も必然的に正解になっちまう。


「お、おい! それってまさか! 条約違反じゃねぇのか!」


「そういうことだ。これはイデアルタ、アスルカム、オルフェーデ各三国間で五十年前に取り決められたデクステラ条約——その三条に触れる行為だ」


 デクステラ条約――大陸の名を冠するこの条約は、簡単に説明をするなら三国間における向こう百年間の停戦を示したものだ。その内の三条を俺なりに噛み砕いて言うなら、以外の越境は禁止。もしそれを破った場合は、その国家自体が既に条約を破棄し侵略行為をおこなったとみなして、残りの二国で協力して潰しにかかるから「覚悟しとけよ」と言った内容だ。

 特別な許可を持つ者と言うのは主に、三国に属さず中立的な立場で点在する組織――傭兵斡旋組合ギルドに所属する奴らの事を指す。

 こいつらは戦争や内戦以外の荒事を生業とし、国が兵を割きにくい民間の護衛や僻地での魔物狩り等を行っている。言わば痒い所に手が届く存在ということで三国に根付き、国の内情を漏らさない約束のもと、越境の許可を貰っているわけだ。


 しかしまぁ――。


 これだけを見れば件を起こしたのはオルフェーデでイデアルタに問題はないはずだ。慌てることじゃない。なんて考える奴は余程の平和ボケした奴だろう。

 このデクステラ条約、破ればその国の存亡に関わるほどの内容が示されているのは三条だけでもお分かりだ。だからこそ、この条約を百年の時まで守ろうと三国は今まで自国も他国も監視を続けていたわけだが。

 それをオルフェーデが簡単に破棄したとなればそれは、圧倒的不利な状況に立って他の二国と戦争しようとも勝つことを確信しているということになる。

 まぁ、あくまでもお隣がそのつもりだったらの仮の話だ。

 オルフェーデが本意で条約を破棄したとは思えない。逆に今、一番慌ててるのはオルフェーデ側だろう。俺の嫌な予感が正しければ。


「それじゃあ戦争が始まるってことかよ……」


 おっちゃんの顔が青ざめていく。


「それはまだわからない。だが、条約が破棄されたことは変わらない。それも視野に入れ、現在イデアルタ騎士団は動いているとは言っておこう。そして我らが国家元首もオルフェーデに侵略の意思はあったかどうかを問いただす為、近くエグリムの地にて他二国の長を招集し、ギルド長を含めた緊急の会議を執り行う予定だ。その為にも我ら騎士団は侵入者を即刻捕らえなければならないのだ。でなければ、会議は開けない」


 冷静に事の重大性を説明する衛兵。

 これだけでイデアルタが複雑な状況下に立たされているのがよく分かる。

 さて、じゃあそろそろもう半分の答え合わせと行こうか。


「それで、どんな奴なんだよ。その侵入者ってのは?」


 俺の問いに衛兵が頷くと一枚の資料を取り出し、書かれた内容を読み上げる。


「まず外見から説明すると、全身を外套がいとうで覆い頭巾フードを目深に被っていた為、容姿性別を確認することは出来なかったそうだ。しかし、ちらと見えた前髪は朱に染められていたらしい。そして何よりも分かりやすい特徴としては小柄だということだ」


 この時点で予感と予想は確証になって、俺の脳裏には一人の人物が浮かんでるわけだが。


「次に、この侵入者を捕らえんと国境警備隊一個分隊が動き戦闘になったのだが、数分と掛からず蹴散らされたそうだ。多種多様な魔法を一瞬で繰り出してきた事から、この侵入者が非常に高い魔力と技量を有する魔導士であることは間違いないらしい」


 正解も大正解。

 間違いなく、あの女だ。昨日のうちに出逢い、ほんの数時間前まで吞気にも共に馬車で揺られていた女——〝サラ・ソルシエール〟で間違いない。

 そうすると別れ際の台詞もこういうことだったってことだ。


『街に着いたらあたしのことを知って、驚くでしょうね』


 あぁ、驚いたよ。正直、額に手でも当てて「なにやってんだあの女」と嘆きたい気分だ。気分だけで実際にはしねぇが。

 そんな事をして、俺達が侵入者の素性を知っていることがこの衛兵にバレでもしたらそれはそれで面倒だ。

 自身の目的を優先したい俺としては、素知らぬふりをしてやり過ごしたい。

 問題は果たしておっちゃんが黙っていられるか。


「マジかよ……その話が本当ならとんでもない奴がこのイデアルタに潜り込んだってことじゃねぇか。その侵入者、やっぱりオルフェーデの密偵か何かじゃねぇのか?」


 どうやらそれがサラ本人ってことには気付いてないらしい。これは好都合だ。


「断言は出来ないが、その可能性も考えておくべきだろう。いずれにせよ侵入者を捕らえればわかることだ。……ちなみにお前達は旅の道中で、この侵入者と思しき人物を見た覚えはないか?」


「あ~……ねぇな。というより情報が少なすぎやしねぇか? この時期、商人や旅人含め街の外を出歩いてる奴等なんて外套纏ってんのが殆どだろ? 心当たりがありすぎて逆にわからねぇよ」


 おっちゃんの言う事は正しい。

 季節は寒いイヴェルミナス期を終えたばかりだ。これから暖かくなってくるとは言え、まだまだ寒いグランメナス前期では防寒として外套を纏ってるのが普通だ。そこから侵入者を絞る出すのは中々難しいだろう。


「俺もおっちゃんと同意見だな」


 それだけ言うと、ここで初めてえいへいが渋い表情で唸った。


「やはり言う事は皆同じか……」


 もう何百と聞いた答えだったんだろう、落胆混じりに呟いていた。


「ロッシュ隊長――」


 そんな衛兵を隊長と呼び、駆け寄る二人の衛兵。

 同時に隣でおっちゃんが「ロ、ロッシュだって⁉」と、素っ頓狂な声を上げる。

 ロッシュと呼ばれた人物が何者か知らない俺は、誰だよと疑問に思いつつもおっちゃんの反応と隊長という事柄で、どういった人物か察しが付いた。

 そして、そんな様子のおっちゃんをよそに、ロッシュと呼ばれた男とその部下二人は話を続けた。

 内容を聞くに、どうやら馬車の中を調べ終えたらしい。

 不審な者や人物がない事を部下二人から確認したロッシュが頷くと、二人の衛兵は一歩距離を置き、横に整列した。


「この者達より、お前たちの馬車に不審がないことが認められた。そして話を聞くに疑うべき点もないことが分かった。よって、首都イデアルタへ入ることを認めよう……長らく待たせてすまなかったな。それと協力を感謝する」


 そう言っては微笑みはしなかったものの、最後の一言と頭を下げる姿にはしっかりと謝辞が込められていた。

 気位の高そうな騎士と思ってたんだが、意外とこのロッシュという男はそこまで堅物じゃないのかもしれない。

 でもまぁ、これでようやく街に入れる。

 そう思うと俺は「それじゃあ許可も貰ったし、さっさと首都に入っちまおうぜ」と、おっちゃんを促し歩を進めた。

 だけど、おっちゃんが動こうとしない。

 何だ? と振り向けば、おっちゃんがロッシュの前で何度か頭を下げていた。

 それをロッシュが分かったからと身振りで示すと、最後にもう一度頭を下げてからこちらにやって来る。


「どうした、おっちゃん?」


 そう訊くと。


「どうしたって……俺の無礼を許してもらってたに決まってるじゃねぇか。まさか、あの衛兵がロッシュ・マクガイルとは思わなかったぜ。……てか、あんちゃんまさかロッシュの事を知らねぇとか言わねぇよな?」


「そのまさかだと言ったら?」


「噓だろあんちゃん……ロッシュ・マクガイルといえば、かつて反貴族派組織軍ラージュリベリオ最強と謳われた七人の内の一人で現イデアルタ騎士団副団長を務める程の実力者だぞ?」


 マジか。隊長と呼ばれてたからある程度の地位のある人物だとは思ってたけども、副団長だとは驚きだ。そして、その副団長を相手に騙るなんざ、俺も割と命知らずな行為をしていたってことか。

 ……いや、ちょっと待てよ。


「なんでそんなお偉いさんが衛兵の真似事なんてしてんだ?」


「……確かに、なんでだ?」


 お互い頭を捻り思考するが、特段別に理由が知りたいわけでもない。

 そのことに気付くと――。


「まぁ、大方人手が足りてないか好きでやってるかのどっちかだろ」


 なんて適当に決めつけては、馬車と共に門へと向かった。



 門をくぐるまでの僅かな時間。

 俺は考えに耽っていた。

 それは主にサラについてだ。

 あの女が今このイデアルタを騒がせているお尋ね者。改め、侵入者ってのはさっきの話で判明したわけだが……。

 今考えてみても、色々とおかしな点はあった。

 まず、最初に出会った時の事。

 あいつは学者を名乗り、調査の為あの土地に訪れたと言っていたが、そもそも学者が一人で外を出歩いてること自体がおかしい。

 普通、護衛の一人や二人を連れてるもんだ。それこそ傭兵斡旋組合ギルドに頼めば、金次第でいくらでも護衛を付けてくれる。

 まぁ、あいつの場合。それが必要ないってのは、この目で見てるから分かってはいるんだが。

 それでも流石に、あのだだっ広い平原を馬にも乗らず歩いていたって時点で、お察しだったのかもしれない。

 頭巾フードを目深に被っていたのも、あいつが言っていた落ち着くからとか集中出来るからとかって理由じゃなく、単純に顔を知られるのが不味かったってことだろう。

 顔を晒したのは、俺達が侵入者の話を耳にしていないと確信したからだ。

 そう考えると、あいつも人を欺くのが上手い。

 まぁ、しかしだ。

 何の目的があってこの国に侵入したのかは分からないが、条約を無視してまで越境してきたって事は余程の理由があるんだろう。

 それがおっちゃんの言う密偵行動なのか、あいつが言っていた〝単語と存在〟の解明の為なのかは知らないけどな。

 ……恐らく。恐らくだが、たぶん後者なんじゃねぇかと思う。

 あの研究に対する情熱は確かに本物だった。何か語っている時の目が本気だった。

 だから何だって話だが。

 もしそうだったとしたら、自身の目的の為に手段を選ばないヤバい女って事だ。

 例え戦争になろうが、国に追われようが関係ない。自身の命すら軽んじる大馬鹿者ってことだ。

 だとするなら、俺は共感してしまう。

 俺自身もまた、目的の為なら手段を選ばない大馬鹿者だからだ。

 もし、あの男が他国にいると知れば、俺もあいつと同じことをするだろう。

 ようするに何が言いたいかというと、俺とあいつは似た者同士なのかもしれない。

 なんて、あいつの前で言ったら「アンタと一緒にしないでくれる」って返されそうだが……。

 そうだな。もし仮に偶然にもまた、バッタリあいつと出会うことがあれば今のことを言って茶化してみるのも面白いかもしれない。

 もちろんあいつが侵入者だって事を踏まえてだ。

 それぐらい俺にとっては世間のゴタゴタなんてどうでもいい。


 俺は復讐さえ果たせれば、それでいいんだ。





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