―第二章 首都イデアルタ―

2-1「別れ」

 イデアルタ平原——首都イデアルタを囲むこの平原は非常に広大で、森や湖、そして山脈から流れる川が所々に点在している。それらを拠点とした町や村も多くあり、交易を目的とする商人の往来が活発なところでもあった。

 そんな商人や人々の往来で自然に出来た道を俺達は馬車で走っており、一つの丘陵きゅうりょうをちょうどいま越えたところだ。 


「お! あんちゃん嬢ちゃん、首都イデアルタが見えたぜ!」

 

 おっちゃんが叫ぶ。俺は「やっとここまで来たか」と思いながら凝った身体をほぐし、御者台側からその全貌を目に写した。


 山脈から流れ出る一本の大河。その上に首都イデアルタは存在している。

 街は地、川、地と大河を堰き止めるかのように出来ており、平皿のように広がる街並みを背の高い城壁が囲んでいた。街のど真ん中には一際目立つ厳格な城が立っていて、あそここそが〝イデアルタという国全ての中心〟なんだと一目見ればわかるほど存在感を放っている。

 おっちゃんから聞いた話だと、現在あの城にはイデアルタ国民全ての代表者――エルガー・ガラノス元首がいるらしい。


 しかし――この女ことサラは、恐らく初めて訪れるのなら誰もが息を吞む圧巻の景色をいちいち立つのが面倒と言うように馬車のほろを開いては座ったまま眺めている。


「どうだ! あれがイデアルタ共和国、最大都市だ! すげぇだろデケぇだろ! 感動しちまうよなぁ!」


 意気揚々とおっちゃんが言うが――。


「まぁ、あんまり代わり映えしてねぇな」

「まぁ、想像通りって感じね」


 俺もサラもあまり関心がない。

 正直、ガキの時に散々親父に連れて来られたから俺はあまり感動はしない。でもやっぱり懐かしくは思う。

 だが、サラ。お前はなんでそんな無感動なんだよ。

 おっちゃんを見ろ、思ってた反応と違うって顔してんぞ。


「あ……あはは……なんだあんちゃん嬢ちゃん、もしかしてそれなりに来てる感じかい? あの街を初めて見る奴等は皆、目をきらつかせるんだけどな」


 ほらみろ、意気揚々が一転、意気消沈しちまったじゃねぇか……って、俺のせいでもあるな。

 ここは適当な言い訳でも言って場を取り繕うか。


「わ、悪いなおっちゃん……実は何回か来たことがあんだよ、俺は」


 すると、おっちゃんの表情が見るからに明るくなる。


「あぁ、やっぱりそうか! だよな、じゃねぇとあんちゃん達みたいに落ち着いてなんかいねぇからな! 俺なんか初めてここ来た時なんか興奮しすぎて、胃の中全部もどしそうなっちまったもん! おっとすまねぇ、汚ぇ話だったな今のは!」


 このおっちゃん案外ちょろいな。

 と思ったんだが、ここで余計な一言が発せられる。


「そうなの? あたしは初めてだけど、首都自体には興味ないから別にって感じね。人の多いところとか嫌いだし」


 その一言で再びおっちゃんから笑顔が消え失せた。

 おい、天才魔導士。人が折角せっかく雰囲気を戻そうとしてんのになんてことしてくれんだよ。とは言わず――心の中で押しとどめ、再び窮屈な場所にドカッと座った。

 サラは眠そうに欠伸をしている。それはどうなんだと、抗議のつもりで俺は目を細めた。


「なに? もしかして空気読めって言いたいの?」


「わかってんなら、そうしろよ」


「無理ね。あたしは素直に思ったことしか言わないの。それに、噓は嫌い。噓吐くぐらいなら言わないわ」


 あまりにもきっぱりと言うもんだから俺は「左様ですか」としか言えない。

 てか、素直に言わなくていいからせめて黙っとけよ。


「まぁ……あれだな。人それぞれ感じ方っつうのは違うもんだし、嬢ちゃんの場合はこういったデカい街より物静かな町や村の方が好きってことだよな……ハハハ」


 そう言うおっちゃんの背中はどこか悲しげだ。


「おじさんよく分かってるじゃない。人が多いとうるさくて研究が捗らないのよね」


 あぁ、この女。おっちゃんが逆に気を遣ってくれてることに気付いてねぇな。

 何を言っても無駄だなと俺は呆れると、それ以上は何も言わずに黙ることにした。

 サラも何もなかったような顔をして、例の古書を開いては読み始めた。

 およそ首都に着くまであと二時間。ちょうど昼には着くだろう。

 俺はそれまでこの広大な景色を楽しむことにした。癒しを求めて――。




 それはいきなりだった。


「じゃあ、あたしここまででいいから」


 サラが首都イデアルタに入る直前で降りると言い出したのだ。


「は? ここまでって、まだ街の中じゃねぇぞ」


「そうだぜ、嬢ちゃん……街までもう目と鼻の先ってんのに、どうした突然?」

 

 おっちゃんが言うように、もうあと十五分も馬車を走らせれば街に着くだろう。

 なのにこいつは降りると言う。なにかあるのかと周りを見ても、ただ農耕地と牧草地があるばかりで、こいつの興味を惹きそうな研究対象物なんてものは見当たらない。

 あるとすればあの、大人三人横に並べてもまだ勝るほど巨大に育ったまん丸の毛玉――グランムートンぐらいなもんだろ。

 八年ぶりに見たが、改めてアレが羊だとは到底思えない。

 俺がそんな事を考えてる間にサラが喋り出す。


「いいの。あたし、この辺りからちょっと調査したいものがあるのよ。例えばアレとか」


 サラが指差す所を見てみれば、やはりと言うか、そこにはグランムートンがいた。

 指を差されたグランムートンが「メェー」と吞気に鳴きやがる。


「あんなもんも調べてんのか、お前」


「あんたねぇ、あんなもんって言うけどはかなり珍しい個体なのよ。大陸中でもここイデアルタ平原にしか存在しない固有種で、数少ない〝人と共生している魔物〟でもあるんだから。十分、あたしの研究対象物だわ!」


 お前もアレ呼ばわりじゃねぇかとはつっこまず、俺は呆れた眼差しでサラを見下ろした。

 拳を握り、興奮気味に喋るサラの目は普通じゃない。完全に頭ん中が研究者のそれに切り替わっていた。

 こうなったらこいつを止めることが出来ないのは、魔物を倒した後の道中でよく知っている。

 何故ならあの後、結局けっきょく俺はこいつに自身の機構弓剣ぶきを無理矢理調べられ、小一時間弄繰いじくり回されたのだ。

 まぁ、つまりだ。こいつは一度こうなると気が済むまで調べ尽くす生粋の研究者であり、天才的な魔導士なわけで。俺にこいつを止める術も理由もない。

 そのことをおっちゃんも理解している。

 だから俺はフッと笑い、サラに手を差し出した。


「まぁ、短い間に色々あったけど退屈しない程度には楽しかったぜ。もし今度あった時は、お前の研究内容について聞かせてくれ」


「嬢ちゃんには随分と世話になっちまったな。こいつは僭越の林檎だ。もってけ!」


 それぞれ別れの言葉を紡ぐ。


「なによ、あんたたち。たった一日の付き合いでちょっと大袈裟すぎない?」


 なんていつものサラらしく、淡々と言ってくれる。

 なんとなく俺は、それを面白く思う。最初の出逢いは最悪で、それこそ俺はこいつを嫌味な最悪の女――まぁ、サラも俺に同じ事、若しくはそれ以上に思っていただろうが――だと思っていたが、まともに口を利いてからはそんな印象は消え去っていた。

 寧ろ、どこまでも研究熱心なこいつを俺は好ましくも思う。

 本当、最初の人の印象なんてのはたった一日で変わっちまうぐらい当てにならないんだなってのを気付かされた。


「ばーか、これは旅する者にとっての風儀ふうぎなんだよ。お互いこれからも無事に旅が続けられるようにってな。だから大人しく受け取っとけ、次また会った時に別の何かで返せるようにな」


「……ふーん、旅人ってのは面倒な性格をしているのね」


「義理人情に厚いっつうんだよ、そう言う時は」


 俺がそう訂正してやると、サラがフフっと笑った。


「……そうね、あんたの言う通り。あたしも有意義でに楽しい一日だったわ」


 そう言って、サラが俺に手を差し出す。

 俺は最後まで素直じゃない奴だなと笑ってやり、互いに握手を交わした。

 その後、サラはおっちゃんからの餞別を頂いて握手を交わす。


「元気でな嬢ちゃん! つっても、数日は首都にいるつもりだからよ。何かあったら俺の店まで寄ってくれ!」


「ありがとう、おじさん。ここまで馬車に乗せてくれて助かったわ。お店には……時間があればいくかも」


「おう! 是非、来てくれ!」


 そんなこんなで一連のやり取りを終えると、いよいよ別れが訪れる。

 俺は最後に「じゃあな」と言い残し、馬車に乗り込んだ。振り返れば、サラが「えぇ、それじゃ」と不愛想に手を振った。

 それを合図に馬がヒヒィンと鳴き、土煙を上げて馬車が走りだす。

 その時だ――サラの唇が動いたような気がした。

 何かを言ったんだと思うが、なんて言ったかは聞き取れない。

 だが、唇の動きを辿ればある程度予測は出来る。


「街……着いた……知って……驚く……?」


 いったい何のことかさっぱりだ。

 どういう意味だと訊き返そうにも、すでにサラの姿は遠く先。

 まぁ、街でなんか凄い催しでも開いてんだろうな。ってぐらいにしか、この時の俺は考えていなかった。


 だが俺は、すぐにその言葉の真意を知ることとなる。

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