1-4「素顔」



「——〈火焔球ブラム〉」


 夕闇の中、焚き木に人差し指を突き付けてはサラが呟く。

 すると、サラの指先に小さく紅い魔法陣が浮かび上がり、そこから小さな――それこそ指先程度の―—火球が発現した。

 サラはそれを真っ直ぐ放つと、

 ゴウッ! という音と共に焚き木を激しく燃え上がらせ、俺達周辺を明るく照らす。


「はあ、嬢ちゃん魔法を器用に使いこなすねぇ。凄いなぁ」


「そう? こんな魔法、魔導士なら誰でも出来るじゃない。凄くなんかないと思うけど」


 野営の準備の最中さなか。横合いから様子を見ていたおっちゃんがそう感嘆するが、対してサラは涼しい顔で答えている。

 サラの言う通り。〈火焔球ブラム〉は魔導士なら誰でも発現出来て当然の魔法だが、おっちゃんが驚いているのはそこじゃないと俺は分かっていた。


 じゃあ何に驚いているかというと、〈火焔球ブラム〉の発現した際の大きさだ。

 〈火焔球ブラム〉とは本来ほんらい人の頭ほどの大きさで発現する魔法で、威力はあるが扱いが難しく、込める魔力量が多すぎても少なすぎても上手く発現はしない。


 筈なんだが、この女はごくわずかな魔力量で〈火焔球ブラム〉という魔法を成立させている。

 俺も少しは魔法が使えるから分かるが、誰でも出来る様な事じゃない。

 おっちゃんが驚いているのはそういう事だ。

 悔しくもこれで、こいつが魔導士であることも証明されてしまった。

 しかもただの魔導士じゃない。桁外れな技術を持った魔導士ということが。


「謙遜すんなよ、そんな芸当が出来る魔導士なんてそうそういないはずだ。相当な年月、鍛錬したんじゃないのか?」


 それに、魔法を扱えること自体がとても特別な事だ。魔法を発現させる際に必要な魔力―—これの元となる魔素まそは万物に宿り、主に四属性の地水火風に分けられる——は、人それぞれ生まれた時点でそれを体内に蓄積出来る限界量が決まっている。

 大半の人間はそれほど蓄積出来ず、それこそ通常の〈火焔球ブラム〉を一回発現させるだけで魔力が枯渇してしまう。が、魔導士と呼ばれる者たちならこれを何十回発現させても枯渇することはない。

 つまり、魔法を扱うにはまず絶対的に素質がないとダメなわけだ。


 そして次に必要なのが才能。魔力を魔法にへと昇華させる才能だ。

 魔法を発現させるには、‟自身の意思”を魔力に練り込み、‟自身が想像した現象”に与える事で、魔法という‟目に見える形”として現実に発現する。確かそんな風に師匠ジジイが言っていたが、正直しょうじき俺は今でもあまり理解出来ていない。

 早い話。どれだけ魔力を蓄積できる素質があっても、それが出来る才能がなければ魔法は扱えない。


 そしてこの女は―—。


「いや、これぐらいの事なら初めから私は出来たけど。そうね、具体的に言えば歳が七つの時に初めて魔法を使った頃からね」


 素質も才能も兼ね備えた天才的な魔導士らしい。


「……そうですか」


 なんかもうこいつは色々と凄い奴だなと、半ば思考を停止させた俺は一言そう言い、地面に腰を下ろした。




 とっくに日は落ちており、辺りは闇夜に包まれていた。空を見上げれば無数の星達が様々な色彩できらめき。耳を澄ませば虫たちが鳴いている。それらを耳や目で感じながら、目の前の焚き火の揺らぎを見ていると、不思議と心が安らぐ。

 おっちゃんもサラも同じ様に焚き火をただ見つめていた。

 俺もそうだが、それぞれ何か考えているのだろう。

 しばらくの間、誰も喋る事無く静寂に時が流れていた。


 そんな中、先に口火を切ったのはおっちゃんだった。


「にしても最近、本当に魔物共が凶暴化してる気がするんだが何か原因でもあるのかねぇ。この辺で魔物に襲われることなんて今までなかったんだがなぁ」


 腕を組んで、首を傾げるおっちゃん。

 その疑問は俺の中にもあった。


「そういえば、あの魔物共は普段は山林さんりんに生息してる筈だよな? なんで平原に降りてきてるんだ?」


 俺が言うあの魔物とは、おっちゃんを襲っていた糞犬——もとい狼属の魔物だ。

 確か種類名は〈イデアルタウルフ〉だったか。艶やかな黒い毛皮が特徴的で警戒心の強い魔物の筈なんだが。


「うーん、もしかしたら山林に山火事か何かが起きたのかもな。それで食う餌が無くなっちまったから平原に降りてきて、凶暴化……なんかそんな気がしてきたな」


 うんうんと頷き、一人納得するおっちゃん。

 俺も案外その説は正しいような気がした。

 しかし、ここでサラが口を開く。


「確かに、単純に考えればおじさんの言う説は割とよくある話だから間違いじゃないと思うけど。でも、それは違う」


「別の原因があるのか?」


 はっきりと否定したサラに俺は訊いた。


「別の原因は分からない。でも、この辺りを数日調べてた限りでは山火事が起きた痕跡はなかったし、近くの村の人もそんな事言ってなかった。この一帯で山火事が起きれば普通、噂ぐらいは耳にするでしょ?」


「それもそうだなぁ」


 サラの新説にあっさりと納得するおっちゃん。

 だが確かに、思い返してみれば俺もそんな噂は聞いていない。


「それと魔物の凶暴化はこの近辺だけじゃないのよ。私が調査を行ってきた地域では、ここと同様にどの魔物も此方を見るなりすぐに襲ってきたし、聞いた話では魔物の集団に襲われて壊滅した村もあるらしいわ。恐らくは大陸全土で凶暴化は起きてると考えた方が正しいと思う」


 なるほど。どの辺りの地域までの話かは知らないが、何処となく説得力のある話だ。こいつが学者だからだろうか?

 しかし、壊滅した村か。その言葉で少し嫌な記憶と光景が頭に過るが、いちいち俺も過剰に反応しすぎだな。

 と、思うと俺は払拭するように頭を振った。

 しかし——。


「そういえば! 八年前にイデアルタ三大都市の一つ〈学都オルドル〉も魔物に襲撃されたんだよな!」


 思い出したかのように喋り始めるおっちゃんに、俺は反応するしかなかった。

 まさか、そこに話が繋がるか。


「まぁ、俺はその場にいたわけじゃないからどうだったかは知らねぇんだけどよ。突然何処から侵入したかもわからねぇから街中が一瞬で阿鼻叫喚と化したらしくってな。当時の騎士団も侵入した魔物の数が途轍もなくて、確か対応しきれなかったって話だ」


 おっちゃんの話を聞きながら俺も当時の街の状況を思い出していた。

 実際、魔物の数が多く〈オルドル〉全体に散らばっていたため、貴族が率いる騎士団だけでは処理しきれていなかった。

 だけどあのとき街には、騎士団とは相反するが同等に力を持った組織がいたはずだ。


「しかしそこで動いたのが〈反貴族派組織軍ラージュリベリオ〉だ。あの方たちが騎士団の手の回りきらない所の魔物を制圧したおかげで事態は終息したんだよな」


 〈反貴族派組織軍ラージュリベリオ〉——当時、貴族主義による圧政によって殆どの平民には人権は無く、度重なる苛税かぜいで平民に自由はなかった。そんな平民に人権と税の緩和、そして政治への参加を訴え戦う集団のことをそう呼んでいた。


「だけど被害は甚大でよ。ほら、あの街は学問の街だから子供たちが多いだろ? それこそ有名な貴族の出や優秀な平民、商人のこの国を背負ってく未来ある子供たちの命が多く奪われちまったんだよ。しかも大半は魔物に殺られたか火事で焼け死んだかでまともな遺体はなくてよ、それはもう凄惨な有様だったらしい」


 その場にいた俺はその惨状をよく知っている。

 魔物に襲われ、為す術もなく全身を食い千切られては死んでいった者達。

 炎上し、倒壊した家屋に囲まれてはゆっくりと焼け死んでいった者達。

 或いはどうせ死ぬならと自ら命を絶った者達。


 そして、身を挺して仲間を守り命を落とした者もいた。


 ――カリス……。


 今は亡き友の名を心の中で呟き、右手を強く握りしめた。

 最後にあいつの手を握った時の感触が忘れられず、今でもこの手に残り続けている。


「どうしたあんちゃん、なんか顔が恐いぜ?」


 おっちゃんに言われて、自身が殺気立っていることに気が付く。


「あ、あぁ、いや何でもない。続きを話してくれよ、おっちゃん」


 そう言って表情を緩め、なんとか取り繕う。


「そうか……?」


 と、なんだか釈然としなさそうだが、またおっちゃんは話し始めた。

 

「そんで、跡継ぎを失った名家も多くてよ。貴族たちもやりきれなかったんだろうな。本来、誰のせいでもないはずの事件なんだが、この事件を〈反貴族派組織軍ラージュリベリオ〉によって人為的に引き起こされた国家に対する叛乱はんらん行為だ。って言い出したんだ」


 誰のせいでもないはず、か。

 やっぱり、あの事件の真相が伝わる事はなかったみたいだな。


「これには〈反貴族派組織軍ラージュリベリオ〉も流石に黙ってなくてよ。結局この事件を皮切りに、イデアルタ帝国貴族軍と反貴族派組織軍ラージュリベリオの戦争が始まったわけさ——って、こんな話あんちゃん達も知ってるわな」


 陽気にハハハと笑うおっちゃん。

 だがこれで一つ分かった事がある。

 全ては〝あの男〟の目論見通りに事が進んだって事実が。

 俺は当時、あの男の言った言葉の断片を思い返す。



 ——この国はいま動こうとしている。民を虐げ私腹を肥やす貴族に対し、変化を求め革命を起こそうと動く組織。そんな彼らに少し興味が湧いた。この国がどう変わるか見てみたくなった。


 ――きっかけを与えてやったのだ……戦争のきっかけをな。


 ―—所詮はただの暇つぶしだ。我が力が再び戻るまでの間のな。


 ――我が理想、我が悲願、今度こそ……今度こそは成し遂げる。誰にも邪魔はさせん。


 ——もし我が道を阻もうものなら全て……破壊するのみだ。



 燃え盛る騎士学校の中、奴は笑みを浮かべてさえそう言っていた。

 暇つぶし、その言葉だけで殺意がこみ上げてくる。が、すぐにそれを押し込めた。

 気付けば何か視線を感じる。


「なんだよ?」


 俺に熱い――もちろん、皮肉だが―—視線を送っていたのはサラだ。


「いや、別に」


 そう言って、そっぽを向かれた。

 本当に何を考えているのかよくわからない奴だ。


「てか、お前はいつまでそうやって顔を隠してんだ? 見られたらなんか不都合でもあるのかよ」


 ここまで頑なに顔を見せないのは流石に怪しいと思った俺はかまかけてみることにした。


「不都合? ないけどそんなの。見せる必要がないから見せないだけ」


 相変わらずの可愛げのない返答だ。


「そういって本当はお前、どっかで悪さでもして国に手配されてるお尋ね者とかじゃないだろうな?」


 冗談半分だが、半分は本気で俺は怪訝な顔をしてはサラに問いただす。


「…………」


 おい、なぜ黙る。


「お前、まさか本当に……」


 サラの口角がニッと上がった。

 一瞬、緊張が走る。


「そんなわけないでしょ。妄想が過ぎるわよ、


 俺は切れた。完全に切れた。


「この女……!」


 勢いよく俺は立ち上がる。

 しかし、すぐにおっちゃんに「まぁまぁあんちゃん、落ち着いて!」と宥められ、渋々俺はまた地面に腰を下ろした。


「嬢ちゃんも、流石に言い過ぎだよ」


「……ごめん、言葉が過ぎた」


 おっちゃんに優しい口調で諭さればつが悪くなったのか、サラは此方を向くなり頭を下げた。

 俺も、こいつがまさか頭を下げると思ってもみなかったので同様にばつが悪くなり――。


「いや、俺も意地の悪い言い方してたしな。悪かったよ……すまん」


 頬を引っ掻いては頭を垂れた。

 そうしてお互いが謝ったところで、おっちゃんは嬉しそうにうんうんと頷いた。


「まぁ、隠してるわけじゃないのよ。単純にこの方が落ち着くし、集中も出来るからずっとこうしてただけ」


 唐突にサラが切り出し、俺は少し思案する。

 つまりだ。


「もしかして、暗くて狭いところとか好きか?」


「……そうね、嫌いではない」


「そうか、好きならしょうがないよな」


 そいつはすばらしく、学者で魔導士らしいなと俺は素直に思った。


「まぁ、変に怪しまれるのもなんだし、大人しくフードを脱ぐわ」


 意を決っするように自身のフードに手を掛けるサラ。

 何故だろう。自分で素顔を見せろって言っておいて、いざその時が来ると何だかいけない気持ちになってくる。

 そんな事を思っている間に、サラは事もなげにフードを脱いだ。


「…………」


 意外だった。


 俺が想像していた容姿とは違いすぎていた。

 学者で魔導士でもあり、暗くて狭いところが好きで、おまけにかなりの毒舌家。それならきっと、髪は手入れもされておらずぼさぼさで、瞼も落ちて目つきが悪く、肌艶はだつやもなくカサカサで、いかにも研究のために女を捨てた様な——完全に偏見だが―—風貌をしているのだろうと、俺は想像していた。


 でも実際は、その真逆だ。


 サラの髪は真っ直ぐで艶のある朱色で、左側の頭頂部辺りから三つ編みに下ろし、低い位置でリボンを使ってお洒落に束ねている。目つきは、ややつり目だが印象が悪いわけではなく、気が強いサラらしいと言える。肌の艶も年相応で、ハリのあるみずみずしい肌だ。

 正直言って悔しいが、俺の脳が一瞬いっしゅん可愛いと思ってしまった。

 でもそれは勘違いだ。脳の錯覚だ。俺はこの女の性格を知っている。見た目に惑わされては駄目だ。


「そんなまじまじと見られると、流石に恥ずかしいのだけど」


 おいやめろ。気恥ずかしそうに目線を逸らすな。

 俺の中でお前の印象が変わるだろうが、なに可愛げぶってやがる。お前にそんな感情……ん?

 ここで俺は疑問に思った。思ってしまったら条件反射的に言葉に出してしまうのが俺の性格だ。


「ちょっと待て、はずかしい? おまえにもそんな感情があったのか?」


 しかし失言だったと。言ってから俺は気付く。

 そして、今までフードで遮られて見る事のなかったサラの翡翠ひすい色の瞳が揺れ、俺をその中に写した。


「あんたやっぱり失礼ね……あたしにも羞恥心ぐらいあるわよ」


 予想通り軽く睨まれ、呆れられた。だがそれだけだ。やっぱり、おかしい。

 さっきまでのサラなら、心を抉るような皮肉で言い返してくる筈だ。しかも、また目線を逸らした。

 ……ひょっとして、こいつ。


「お前、もしかして人見知りか?」


 図星だったのか、サラは何とも言えない複雑な表情をした。


「……だったらなに? 問題でもあるの?」


 サラの明らかな強がりに俺はクスッと笑ってしまう。


「いや、なんもねぇよ。ただその方が、少しは可愛げがあると思っただけだ」


 これは皮肉じゃなくて、本心で言った褒め言葉だ。

 つもりだったんだが——。


「あんたやっぱり馬鹿にしてるでしょ……分かった、燃やす」


 どうやらまともに受け取ってもらえず。

 恥ずかしさか、もしくは怒りで頬を赤く染めては俺に掌をかざし、紅い魔法陣を展開させた。

 煮え立つような熱量を流動的に纏うそれが、〈火焔球ブラム〉なのは一目瞭然。


「馬鹿! やめろ! それ撃ったらおっちゃんも巻き込むぞ⁉」


 こいつなら本当に撃ちそうだと本能で察知した俺は、人質だと言わんばかりにおっちゃんの名前を挙げては慌てて止めさせた。


「冗談だってば」


 本気にしないでよと肩を竦め、サラは掌を下ろした。

 同時に魔法陣も弾け、魔素の粒子となって霧散する。


「何処の世界に冗談で魔法をぶっ放そうとする奴がいるんだよ……本気にするわ」


 俺はため息を吐きつつ、やっぱり恐ろしい女だと認識を改めた。 


「俺が言うのもなんだが。お前、人見知りだってしても、もう少し人との付き合い方を改めた方がいいんじゃないか? そのうち大変な誤解を招くぞ」


 現に俺がそうだ。


「あんたに言われなくても理解してるわよ、それぐらい。でも人との接し方なんてすぐにどうにか出来る事でもないじゃない」


 それに、とサラは話を続ける。


「今更、人との関わりなんて私にはどうでもいいの。私は研究さえできればいいし、ここ数年の調査だってずっと一人でやって来た。勿論、これからもそうするつもり。誰にも邪魔されたくないし。だから必要ないの」


 なるほど、学者ここに極まれりだな。


「でもこんなに人と喋ったのは久しぶり。そのせいか、少しだけ楽しんでいる私もいるわ」


「そうか……そいつは良かった」


 口元を綻ばせては笑うサラに俺は一言、そう言った。

 やっぱり悪い奴ではないらしい。俺の中のこいつの印象を少し改めた方が良いのかもしれない。


「あ、でもあんたが私には一生忘れないし許してないから? 変な勘違いはしないでよ?」


「…………」


 きっぱりと言われ、俺がとんだ思い違いをしていたことに気付く。

 ――あぁそうか。そうだよな。俺の中でこいつの印象が変わったとしても、こいつの俺に対する印象が変わるわけじゃないわな。


「……それは本当にすまん」


 謝ってみたものの、サラはその明らかに笑ってはいない笑顔でただ一言。


「い・や・だ」


 と、そう言われてしまった。

 助け舟を求めて、おっちゃんに顔を向けるが―—。


「おきゃく……さん…………へへ……おめが……たかい…………」


 ダメだ。静かだと思ったら夢に落ちてやがった。

 そして弁解の言葉も見つからず、何処から降ってこないかと俺は星が瞬く天を仰いだ。

 当然、降ってくるわけはない。

 俺は視線を戻し、火の勢いが弱まった焚き火に枯れ木を放り込む。

 そろそろ夜も良い時間だ。


「おっちゃんもこんな感じだし、お前もいい加減寝たほうがいいんじゃないか?」


「また誤魔化すの?」


「ちげぇよ、明日は日の出と共に出発だから寝とけって言ってんだよ。馬車の中譲ってもらってんだろ?」


「あんたは?」


「俺は火の番と、魔物の警戒があるからな。気にせず寝てこい。そのために日中、寝てたんだしな。また明日、出発したら寝させてもらうよ。その時は、譲れよ?」


「わかった。じゃあ、任せるから」


「あいよ、任された」


 さっさと行けといった意味で俺は手を振る。

 サラもそれを一瞥すると馬車に乗り込んでいった。

 さて、ここからは一人の時間だ。

 今日聞いた情報を整理しながら、今後どうするか考えるか。と思った矢先。


「あ、そうそう。一つ言い忘れてた」


 サラが馬車の幌を開いては顔を出して俺に言ってきた。

 俺は「なんだよ?」と返す。


「変なことしてきたら燃やすから」


「……しないから寝ろ!」


 最後にそう叫んだ俺の声は、静寂な平原と無数の星が瞬く夜空へと広く響き渡っていった。



 

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