1-5「機構弓剣」



 目を閉じ、深呼吸を一つ。

 夜更け独特の空気の香りが鼻を抜けてく。

 それは土草や水蒸気などの大地が放つ新鮮な香りだ。


 その中、俺は目を見開き剣を構えた。

 目の前には誰もいない。

 しかしうすぼんやりと、揺れるように人の輪郭がそこにはある。

 それは俺の想像した存在。現実には存在しない、俺にしか見えない存在。

 ようはただの幻。いると仮定した俺の剣術の修行相手だ。


 そして、仮定した修行相手は正に俺自身。

 姿形は勿論。手にする剣もまた同じで、一段と目を引くそれは自身でも異質だと感じるほど独特の構造と形状をしている。

 どう独特かと言えば――こいつにはまず湾曲した二つの剣身がある。一方は白銀の片刃で、もう一方は先端だけが刃になっている溝の掘られた黒銀の剣身。白銀の先端はこの黒銀の剣身に掘られた溝に納まっており、全体的に見れば一本の片刃の剣としての機能を果たしている。

 握り手付近もまた特徴的で――黒銀の剣身と一体である柄には、また溝の掘られた半円の飾りが付いており、白銀の刃の付け根はこの半円に埋まっていた。


「ほんと、こんな剣は大陸中探してもコレ一本だろうな」


 あきらかに剣の構造の常識を超越している。と、俺は自身の剣を稀有に眺めては感嘆した。


 それから俺は、再び意識を集中させ剣を構える。

 自身に課した今日の修練内容は、戦闘での立ち回り方に命取りとなる癖や隙がないかの確認。

 俺はそれを念頭に置くと、俺自身を斬り伏せるため平原を駆け抜けた。






 ***



 つぅっと、冷えた汗が額から顎先へと流れる。


「——今日はこれぐらいにしとくか」


 俺は一人呟くと汗を拭い、剣を革鞘に納めた。

 同時に想像の俺も闇夜に消える。

 辺りはまだ暗いが、あと数時間もすれば夜明けが来るだろうな。

 ふと、そんな事を思いながら俺は、温まった身体が汗で冷えないようにと焚き火の方へと足を向けた。

 ところで――。


「案外、真面目なのねアンタ」


 あいつの声が聞こえた。

 声のする方へと振り向けば、馬を撫でるサラの姿があった。


「なんだ、起きてたのか?」


「起こされたの。ビュンビュン、風切り音がうるさくてね」


 嫌味ったらしくそう言っては、大きく欠伸をするサラ。

 撫でられている二頭の馬も呼応するようにヒヒィンと嘶く。


「この子達も同じみたい」


 それでフフッとサラは笑うが、俺は内心苦笑いだ。


「まぁ、許せ。俺の日課なんだよ、剣の修業は」


「でしょうね。あまり剣術に詳しくはないけど遠目で見ててもあんたの技量の凄さはよく分かったもの。見てて面白かったわ」


 見られてたのか。

 そしてなんだ、このむず痒さは。まさか俺はこいつに褒められて照れてるのか? いやいやまさか。……だが、まぁ。


「そう言われて悪い気はしないな」


 こいつに照れてるとは思われたくないので、俺は後ろ髪を掻いては肩を竦め、極めて平常な顔を取り繕った。

 これなら悟られないだろう。


「え? なに? もしかして照れてるの?」


 ――なぜバレた。


「照れてねぇよ。てか、まだ夜明けには早いし寝とけ。起こしてやるから」


 俺は慌てて振り返っては背中を見せ、あえて気を遣った台詞を吐いた。


「気が利くじゃない? でも、いいの。もう目は覚めちゃったし、このまま起きてる」


 サラのその言葉に俺は、気遣いを無下にしやがってと思いながら向き直った。

 すると丁度、夜風で揺れる前髪をかき上げながら微笑むサラの姿が俺の目に飛び込んだ。

 星に照らされたサラの笑顔とその仕草は絵になるぐらい可憐で、思わず心が奪われそうになる。

 そんな俺に「どうしたの?」と不思議そうに訊いてくるあたり、俺がこいつに少しでも見惚れてしまっていたことはばれてないらしい。よかった。


「いや、何でもねぇよ。そろそろ身体が冷えてきたし、あっち行くわ」


 適当な返答をして踵を返すと、俺は足早に焚き火の方へと向かった。

 俺が女に慣れてないのもあるが、性格はどうであれ、見た目が良い女ってのは仕草で男をにさせる。女にその気がなくてもだ。俺は絶対に見た目に騙されない。

 と頑なにそう考えながら腰を下ろそうとした。

 

 だが、俺はそこで止まる――。


 気配を感じた。

 何かが近づいてくる気配。

 なんだ? と、俺は五感を研ぎ澄ませ気配を探る。

 それは後ろ——俺達が馬車で通ってきた方から感じ取れた。

 すぐに視線をその方へと移す。遥か先は闇夜。普通の人なら何も見えないはずだ。

 しかし——夜目のきく俺には、闇夜に紛れ近づいてくる何かを見ることができた。

 そしてその何かは一つ――と言うよりも一匹だけではなかった。

 パッと見たところ百は超えている。


「おいおい、マジかよ」


 冗談かと無意識に笑った。

 視線の先の何か——それは朝方、おっちゃんを襲っていた魔物。つまりイデアルタウルフの群れだ。

 それが物凄い勢いで此方に向かってきている。

 まだ、サラもそのことに気づいていない。おっちゃんも寝たままだ。

 

「サラ、魔物だ! おっちゃんも起きろ!」


 考える必要なく俺は叫んだ。

 その声でおっちゃんは飛び起き、サラもそこで事態に気付く。


「ま、魔物! ど、どこだ⁉ どこにいる⁉」


「落ち着けおっちゃん。とりあえず、まだだいぶ後ろだ。今のうちに馬車でここから離れるぞ」


 突然のことで慌てふためくおっちゃんを宥め、俺は焚き火を消した。

 サラはいたって冷静で、魔物の気配を感じ取りそわそわしている馬達を落ち着かせている。

 場慣れしているな。とサラの行動を見てどうでもいいことを浮かべるが、本当に今はどうでもいいことなので、さっさとおっちゃんを御者台に乗っけては俺も荷台へと乗り込んだ。

 最後にサラが乗り込んだところで俺達は、まだ夜明けも来ていない平原に馬車を走らせた。




「さて、どうするの? もう魔物はすぐそこまで迫ってるみたいだけど」


 サラの言う通り、魔物の群れと馬車との距離はもうそれほどはない。

 結局、魔物は始めっから俺達を狙っていたようで、もうかれこれ三十分はこの状態だ。

 気が付けば空も明るみ始めていた。


「どうするって、やるしかないだろ?」


 俺は革鞘から剣を抜いた。


「もしかしてあんた、馬車から降りてあの数とやりあうつもり?」


「アホ、そんな自殺行為はしねぇよ」

  

「じゃあ、なんで剣なんて……」


 ごもっともな疑問だ。こんなところで剣を抜いたところで意味はない――普通の剣ならな。


「まぁ、見とけって。面白いもん見せてやるよ」


 なに? と、怪訝そうにするサラ。

 そんなサラの前で、俺は左手で握った剣に魔力を流し込んだ。

 剣が淡く光り、手元で灰色に近い無彩色の魔法陣が展開する。


 その後は一瞬だ。


 金属同士が擦れるような音を上げながら、白銀の剣身が半円の飾りの溝を滑る。そして半円の終端で止まると、黒銀の先端から白銀の先端まで弧を描く形状の武器となった。

 さらに白銀の先端――黒銀の剣身に埋まっていた部分――には純白の糸が結われており、黒銀の剣身と繋ぐように溝下内部の巻軸機構かんじくきこうへと続いている。


 ここでふと――『因みに巻軸機構かんじくきこうというのは魔力を与えれば糸を自動で出したり巻き取ったり出来る絡繰りの事だ』と機構弓剣こいつを打った奴が自慢げに話しているのを何故か思い出したが、説明されたところで『武器としての機能が優秀なら何でもいい』と興味無さげに自身が返答していたのも思い出した。


 ともかく要するにだ。この武器は剣にもなれば――。


「それってもしかして、弓?」


 ご名答。


「そう、こいつは機構弓剣きこうゆみけんって言って魔力を流せば剣から弓に変形する特殊な武器だ。見ててちょっと面白かったろ?」


 まぁ、こいつを打った奴は機構弓剣アウ・リウ・デスラなんて、意味も分からん大層な名前で呼んでいたけどな。


「へぇ……正直言って私、武器とかに興味は湧かないけどそれにはちょっと惹かれるわね」


 そう言ってサラは俺に一歩近づく。


「ちょ、なんだよ……」


 と、俺は思わず後退った。

 しかし、それでも迫って来ては繫々しげしげと機構弓剣を見詰め。


「特に、どうやって魔力で作動させたのか仕組みが気になる……」


 思案顔で呟いた。

 学者としての血が騒いだのだろう。

 その眼は真剣で淀みがなく、さながら純朴な子どものような瞳をしていた。

 だけどだ。今はこいつの知的好奇心に付き合ってる場合じゃない。

 俺は機構弓剣をサラの目線から外した。


「あっ! ちょっとなにすんの!」


「それはこっちの台詞だ。調べたい気持ちは分かるが、あのどもを片付けるのが先だろ」

 

 自身の研究対象物を取り上げられ逆切れをかますサラに呆れつつ、俺は親指で魔物の群れを指し示した。

 人の歩幅にして百歩程だろうか。そこまで迫った魔物の群れを見ては、あぁ忘れてたとサラは呟く。

 それからスッと何時もの調子に戻すと、魔物の群れに掌を向けた。


「じゃあ速攻で片付けましょ」


 サラは慈悲はないとばかりに冷然れいぜんと言い放つ。

 しかし俺は、それを「待った」と制した。


「今度はなに?」


「おまえ、俺が機構弓剣こいつを出した理由わかってないだろ」 


「私に研究させてくれるためでしょ?」


 冗談で言ってるのか、こいつ? いや、本気だな。


「ちげぇよ……なんつうか、まだ機構弓剣こいつの扱いに慣れてねぇんだ。丁度いい機会だから、あの犬っころどもには練習相手になってもらうつもりだったんだよ」


「うわぁ、やっぱり考えることが野蛮人ね。あんた」


 サラはそう言って、俺から一歩距離をとった。


「速攻で片付けるって言って、なんの躊躇もなく魔法をぶっ放そうとした奴の言葉じゃねぇな」


「私は研究のためだもの、仕方ないじゃない」


 何が仕方ないだ。お前の研究も俺と同じで利己な理由だろうが――そう言おうとしたが。


「なんでもいいから、早くあの魔物共をなんとかしてくれぇえ!」


 と、必死な形相でおっちゃんに叫ばれてしまった。

 俺とサラは思わず顔を見合わせる。さっさとして、とサラは目を細めると後ろに下がった。

 対して俺はやれやれと一つため息をつき、魔物の群れに向き直る。

 気付けば、だいぶ距離を詰められていた。……流石に茶番が過ぎたと、少しだけ俺は反省する。


 そうして真面目にやるかと気持ちを正し、革鞘の下に付いている筒の蓋を親指で弾いた。

 ポンッと音が鳴り蓋が開く。俺はそこから矢を一本引き抜き、慣れた手つきで弓につがえた。

 弦をゆっくり引き絞り、先頭を走る魔物に狙いを定める。

 二本の剣身が軋み、弦の張力がいっぱいになったところで――。

 ここだ。と、矢を摘まんだ指を解き放った。


 ——ピュインッ!

 

 弦がくうを切り、音を鳴らす。

 矢は軌道から逸れることなく、只々ただただ真っ直ぐに飛び、放ってから僅か――見事、狙いをつけた魔物の脳天をその矢がぶち抜いた。

 脳天を打たれた魔物は、キャンッと犬らしい声をあげ、矢の力に押されるように後方に転がる。その際、他のお仲間も巻き込んで行ってくれた上、警戒した魔物の群れが馬車との距離を少し離していった。

 上出来すぎる結果だ。


「あんた弓の腕も立つのね、やるじゃない」


 パチパチと拍手をしながら、しかし無感動にサラが言う。


「まぁな。剣と同様に弓の修行も長年欠かさずやってきたからな、これぐらいは朝飯前ってやつだ」


 にもかかわらず俺は得意げにそう言った。

 正直、自分で言うのもなんだが弓の才能はあるほうだとは思う。

 弓の修行自体は山に篭らされてからで、騎士学校に入る以前から稽古をしてきた剣よりかはその年数が短い。しかし初めから俺は的を射抜けたし、数日と経たないうちには動いてる獲物を仕留めることも出来ていた。


 師匠ジジイにも――お前は剣よりか弓の才能に秀でているな。才能があるなら伸ばせ、無駄にするものじゃねぇ。そして剣と弓、二つの技能を極めてみせろ。そうすりゃあ、お前の言う復讐とやらもなせるかもしれんな?


 と、弓に関しては褒められることが多かった。むしろそれ以外は酷い言われようだったが。


「で、あと何回それを繰り返すの? そんな一発一発当てたところであの数をどうにか出来るようには思えないのだけど」


 木箱に腰掛け足を組みながら、つまらなさそうにサラが言ってきた。

 そんな事はわかってる。そもそも俺は、あの数を射抜けるだけの矢を持ち合わせていない。


「じゃあ、一発で纏めて仕留めりゃあいいんだろ?」


 俺はニヤリと笑って見せた。

 そして矢筒からまた一本矢を引き抜き、それをつがえる。

 さぁて、上手く発現するかな? 口にすることなく呟くと、俺は魔力を練り上げた。

 意識を手先に集中させ、矢と弓にそれを流し込んでいく。


 後ろで「……魔法?」と、サラが呟いた。

 そう、魔法だ。だけど、俺が今から発現しようとする魔法は普通とはちょっと違う。それは予め定められた呪文の〝詠唱〟を必要とする魔法。一般的に詠唱魔法と呼ばれる、扱いは難しいが極めて威力のある魔法だ。

 そして、俺はその詠唱を始める。


「地上を統べしあまねく風よ めぐめぐりて我が矢にまとえ 放つは疾風しっぷう 穿つは仇敵きゅうてき 拡散かくさんせよ――」


 翠色の魔法陣が矢先に展開した。


「——風精の輪舞曲ラ・シルフィス


 詠唱を終えると同時に矢を放つ。

 放った矢は展開した魔法陣に当たると同時に弾け、翡翠ひすいに輝く十二本の光となって拡散する。

 拡散した光が魔物の群れに降り注ぐと、その光はまるで意思を持っているかのように縦横無尽に飛び巡り、一匹、また一匹と幾重にもその身を貫いていった。

 魔物の断末魔がそこかしらで鳴り響く。

 その声は光の矢が輝きを失い霧散するまで続いた。

 程なくして魔法が完全に消えれば、後に残った魔物の群れは六割ほど。

 つまり、半分ほど屠れたということだ。


「よし、こんなところか」


 中々に満足のいく成果に俺はフッと一息、胸を撫で下ろした。

 そもそも俺はあまり魔法が得意じゃない。

 素質こそあれど魔法の仕組み自体を大雑把にしか理解してない俺は、一つの魔法を修得するまでの時間がそこらの魔導士に比べて掛かりすぎる。

 特に、いま発現した魔法は俺が扱える魔法の中でも修得するのに最も時間が掛かった。

 まぁだからこそ、最も威力のある魔法でもあるんだが。

 さて、そんな俺の魔法はから見たら評価は如何ほどだろうか。

 そんな事を思いながら俺は後ろを振り返る。

 しかし、何やらさっきとは打って変わって神妙な面持ちだ。


「……あんたも使えたのね、〝精霊術せいれいじゅつ〟」


 唐突に聞きなれない言葉が出てきた。

 何を言っているのかさっぱりな俺は「せいれいじゅつ……? なんだそれ?」とサラに訊いてみるが、「あぁ、やっぱりこの呼称じゃ伝わらないのね。知らないなら知らないでいいの、気にしないで」と、適当にあしらわれた。

 そう言われると余計気になるのが人間の性だが、どうせ聞いても答えてくれはしないし、まぁいいかと俺は自身を納得させた。

 

「にしても、なに? あの魔物たち。あれだけ仲間がやられてるのに、逃げないなんて普通じゃない。あんたもそう思わない?」


 問われて俺は、確かに変だと考える。

 サラの言うように魔物たちは、全く臆する事無くまだ馬車を追いかけて来る。

 魔物と言っても他の野生動物と同様に奴らにも恐怖を感じる知性はあるはずだ。

 ましてや群れの四割もやられていれば力の差を感じ取り、全滅を回避するために退くぐらいの生存本能は働くはず。

 なのに、奴らは退く事無くこっちに向かって来る。


「あぁ、おかしいな。昨晩のおっちゃんの話じゃないけど、そんなに飢えてんのかあいつら?」


「どうかしら。私はそうは見えないけど」


「……だよな」


 自分で言いながら気付いたが、よく見れば魔物たちはみんな毛艶も良く瘦せ細ってる様子もない。少なくとも餌にありつけず飢えてるわけではなさそうだ。

 ……じゃあ、なんだ。何がそんなに奴らを駆り立てる。


「単純な殺意」


「なに……?」


 ボソッと呟いたサラの一言に俺は眉をひそめた。


「だって、それしか考えれないの。ここ最近、どこの地域でも魔物が凶暴化している話はしたよね?」


「言ってたな」


「その中で、魔物に襲われて壊滅した村の話もしたじゃない?」


「したな」


「おかしいと思わない?」


 そう訊かれたところで、何がおかしいのか見当も付かない。

 そんな俺の様子を見て「はぁ……」と、額に手を当て首を振りながらサラは息を吐いた。


「おかしいの。人が多く住む村を襲うこと自体が」


「なんでだ? それこそ飢えてて餌欲しさに村を襲ったんじゃねぇのか」


「そう思うわよね、普通。でもよく考えてみて? わざわざそんな危険を冒す必要なんてないと思わない? ここイデアルタ共和国は山や森、湖などが多く自然に恵まれてるうえ、野生動物も多く生息してるじゃない。つまりは魔物にとっての〝餌となるもの〟が豊富なわけ。自分達の命を賭けてまで村を襲う必要なんてあるかしら?」


 そこまで話を聞いて、ようやく俺も合点がいく。

 なるほどな、言われてみれば確かにそうだ。魔物だって生物、自然の一部だ。自然の一部なら当然、自然の摂理に従って生きている。腹を満たす為に必要なだけの餌を取り、種を繫栄もしくは消滅させないように子孫を残す。なら出来るだけ、危険が少なく自分達より弱者である存在を狙った方が良いに決まっている。人ひとりを襲うならまだしも、村単位で襲うのはおかしい。そして、その理屈で言うなら明らかにあの魔物共の行動は自然の摂理から逸脱している。


「単純な殺意、か。あの魔物の様子を見てるとあながち間違いじゃねぇかもな」


「理解したみたいね」


「まぁな。でもそうなるとみたいだな」


「へぇ、なかなか鋭いことを言うじゃない。因みにになぜそう思ったの?」


「いや、生物は食うためや自身あるいは種を守るために他を殺すけどよ。人はそれ以外の理由で他を殺すだろ? 例えば、私怨で殺したり……とか」


 或いは〝あの男〟のように暇つぶしでな。


「良い答えね。そう、人は生物の中でも最も知性に優れていて、それ故によく感情が働く動物でもあるわ。だからこそあんたの言う怨みだったり、怒り、嫉みで他者を殺すことの多い動物とも言える。これは私の推測だけど、あの魔物たちも〝何かしらの原因〟でそういった感情が働いているのかもしれないわね」


「つまり人を殺したくなるほどの強い感情が魔物に芽生えたってことか? でも、そんなことあり得るのかよ。言っても所詮は魔物だぜ? 人みたいに激情に駆られるほどの知性はないだろ」


「そうなの、そこが謎なのよね……。知性に乏しい魔物が自発的にそんな感情を抱くわけがないのよ。もし仮にそうだったとしても、凶暴化は大陸全土で起きているし、何かしらの要因があるとしか……。じゃあ、それは一体――」


「じょ、嬢ちゃんたち! なんか色々話し込んでるけど、もうそろそろ馬が限界なんだが⁉」


 馬車内に焦燥感たっぷりの叫びが轟く。

 おっちゃんの言う通り。二頭の馬からは疲労の様子が伺え、速度も徐々に落ちてきている。

 そんな中、呑気に議論を交わす俺たちを見ておっちゃんはどう思ってたのだろうか。

 考えるだけで、少し可哀想になってきた。

 ……そろそろ決着けりをつけるか。そう思い、俺は再び機構弓剣を構えた。


「あぁ、ちょっと待って」


 俺の武器を構える腕を掴んでは下げ、サラが俺の前をずいっと横切った。


「あとは、あたしがやるわ。あんたに本当の詠唱魔法というのを見せてあげる」


 ――なるほど。


「じゃあ、お手並み拝見とさせてもらうか。天才魔導士様の魔法とやらを」


 少し皮肉を込めて言ってやると、「度肝抜いてあげる」と怯みもせずに返されてしまった。

 こいつは期待できそうだ。それに俺自身、魔導士の本気の魔法というのを見たことがない。いずれこの手で殺す〝あの男〟もまた魔導士だ。今のうちに見慣れておいて損はない。

 俺は見逃さないと、サラの手元に集中した。

 先に迫る殺意を纏った魔物の群れを見据え、サラが掌をかざす。瞬間、紅い魔法陣が展開され火球が現れる。

 〈火焔球ブラム〉かと思ったがどうやら違う。と、サラが詠唱を始めたことで俺は気付いた。


「生と死を司るほむらよ 現在いまこそいかりをつばさに変え 地上の愚物を滅却せよ――」


 そこまで唱えるころには、火球は途轍もなく膨れ上がり、昼間と間違いそうになるくらい煌々と燃え上がっていた。熱気も凄まじいが、一番近い位置にいるはずのサラは涼しい顔をしている。そしてまた一つ、紅い魔法陣が前方の魔法陣の手前――サラの掌の近くで展開した。


「下すは神罰しんばつ 燃ゆるは愚物ぐぶつ 灰燼かいじんに帰せ――燃ゆる不死鳥の神罰ロゥルダ・ディヴィン・ドゥ・フィニック‼」


 唱え終えると同時に、サラはかざした右手を左手で打ち抜くように叩いた。パンッという音と共に手前の魔法陣が前に押し出され、前方の魔法陣と重なる。瞬間、煌々と燃える馬鹿でかい火球が勢いよく放たれる。

 そして火球は翼を大きく広げ、燃え盛る鳥の姿に変貌した。その一連の流れは、さながら卵から孵化し羽ばたく鳥のように思えた。

 焔を纏って燃える鳥は、魔物の群れ目掛けて飛んでいく。

 危険を察知した魔物は各々ばらばらに逃げようとした。が、もはや遅すぎる。


 焔を纏った鳥――サラの詠唱魔法が群れの中心で煌めいた。


 一瞬だった。轟音と共に眩いばかりの激しい光と熱量が群れを包み込み、大地もろとも焼き尽くす。

 あまりの威力に後に来た余波。つまり熱風が馬車に叩きつけられ、驚いた馬がその足を止めてしまった。

 そして急に止まった勢いで馬車が横に滑り、俺もサラも体勢を崩しては危うく馬車の荷ごと外に投げ出されそうになる。


「――サラ!」


 俺は叫ぶと右手でサラの腕を掴み、左手で馬車の縁を掴むことでなんとかこれを凌ぐ。

 おっちゃんはおっちゃんで手綱をしっかり握り、これを耐えている。

 全部、僅か数秒の出来事だ。


「全員無事……だな?」


 横滑りが止まったところで俺は、ひとまず生存確認をした。


「私は余裕」


「お、俺もなんとか生きてるみたいだぜ。生きた心地がしないがな、ハハハ!」


 軽口が言えるなら問題なさそうだ。

 俺はそう思うと馬車から降り、魔法の炸裂した方向を見る。

 サラの魔法が発動した一面は焦土と化していて、何十匹といた魔物の姿は何処にも見当たらない。全てが灰となっていた。

 俺は思わず苦笑した。


「どう、私の詠唱魔法の威力は?」


 馬車から降りてきたサラが、俺の顔を横合いから覗くなりドヤ顔を作る。


「やり過ぎだ、バカ……」


 俺は苦笑したまま、そう返してやった。

 しかし、こいつの魔導士としての実力は本物中の本物だと改めて認めるしかなかった。

 俺は拳をそっとサラに突き出す。


「なに?」


 と、怪訝そうに見るサラ。


「なんでもいいからお前も拳を出せ」


 俺が促すと、意味が分からないとぼやきつつサラも拳を出した。

 俺はサラの拳に自身の拳を当てると、一言。


「おつかれ」


 そう言って笑ってやった。


「いや、意味が分からないのだけど」


 サラは謎の行為にどこか気味悪がっている。

 まぁ、それもそうだ。この行為はかつての親友たちとの間でしかやらない。相手の行動や実力を認めた時にすることだ。分かるわけがない。

 しかし俺は、何故だかサラにそれをやっておきたかった。……たぶん、こいつにかつてのあいつらを重ねたのかもしれない。


「まぁ、いいわ。それよりも魔物も片付いたし、いつの間にか夜も明けたみたいだから早く首都を目指しましょ」


「あれだけの魔法を発現させておいて、疲れ知らずかよ」


「そうでもないけどね。流石に少し疲れたから馬車の中でゆっくり休むつもり。だから、〝あの場所〟は私が使うからよろしく」


 俺に宣言しては足早に、サラは馬車に乗り込もうとする。


「あ、おいちょっと待て! 話が違うじゃねぇか! そこは俺が使う予定だろ⁉」


 慌てて俺も馬車に乗り込もうとするが――。


「その前にお二人さん! ……散らばった商品を元に戻してからじゃないと、出発はできないよ? 馬達も休ませなきゃならないしな」


 と、にこやかに笑いながらおっちゃんに言われてしまった。

 辺りを見れば、確かに一部の商品が地面に散乱している。

 その現状を把握した俺とサラはお互いやっちまったなとまた顔を見合わせては、ただ素直に商品を拾い始めた。

 暫くして商品を全て元に戻すと、馬車は再び首都イデアルタを目指し走り始める。


 無論、俺がまた窮屈な場所に座っていることは言うまでもない。



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