第5話 7月25日

 翌日も、僕たちは同じ作業に没頭した。そして、夕方近くになって事件の概要について、概ね把握することができた。




 最初の被害者は、三十代の男性サラリーマン、浅川陽一あさかわよういち。しばらく使われていなかった廃工場を偶然訪れた男性が死体を発見。死体の胸には、凶器のナイフが突き刺さったままになっていた。現場の状況から、どこか別の場所で殺害されて、廃工場に放置されたものと考えられる。死体に財布等は残されており、物取りの犯行ではないと推測されると新聞には書かれていた。

 次の被害者が発見されたのは、それから二週間後だった。六十代の女性でスーパーの従業員、上山珠美うえやまたまみ。勤務先のスーパーを無断欠勤し、一週間行方不明となっていた。発見されたのは、打ち捨てられた廃マンション。そこをたまり場としている不良グループが通報したらしい。天井から首を吊った状態で発見されたが、自殺でないことは明白だった。腹部に他人の血液で文字が書かれていたからだ。『BB』と。後に、警察の調べで、血液は最初の被害者である三十代のサラリーマン男性浅川のものと分かり、この事件が連続殺人だと判明する。やはり金品は残されたままだったようだ。

 次の被害者は、二十代の主婦、原川真紀子はらかわまきこだった。六十代の女性上山の死体が発見されてから、一ヵ月半ほど経った日のことだ。今回の事件は、すぐに発見された。理由は簡単だ。現場が火事になり、消防員が消火にあたったからだ。発見現場は、建設中の一軒家だった。そこが燃えているとの通報があったのだ。本来、火の手が上がるはずのない場所のため、はじめから放火が疑われていた。警察、消防が調べたところ、一番燃えが激しい場所は、一軒家のちょうど中央に位置する場所だった。そこにイスが置かれ、座らされていた人間から出火した。イスに縛り付けられ、生きたまま火を点けられたのだ。非常に惨たらしい殺され方だった。当初は連続殺人ではなく、猟奇殺人だと考えられていた。死体の首からペンダントのように下げられていた鉄製のプレートに「BB」という文字が彫られていたため、連続殺人事件だと判明した。スーパーの女性従業員上山の事件で、『BB』という文字については報道規制が掛けられていたため、警察もしくは犯人しか知りえない情報だった。この事件も、やはり金品は奪われてはいない。

 最後の被害者が出たのは、二十代主婦原川の事件から二ヵ月後。これもすぐに事件が発覚した。被害者は十代のフリーター男性でマンション住人の敷本芳しきもとかおる。自身が住むマンションの屋上から転落した。即死だった。この事件も自殺でないことは明白だった。マンションの屋上、揃えられた靴の中に布キレが隠されていた。そこには、三十代男性サラリーマン浅川の血液で、やはり『BB』と文字が書かれていた。別の人物に屋上から投げ落とされたと推測された。しかし、マンションの防犯カメラに、不審人物は映っていなかった。敷本も金品を身につけたままだった。

 それぞれの被害者たちにも共通点は見当たらず、警察の捜査は難航し、事件は迷宮入りかと思われた。

 十代フリーター男性、敷本の事件から半年後。この無差別連続殺人事件は、拍子抜けするほどあっさりと解決する。

 長岡直人ながおかなおとと名乗る男性が警察に自首したのだ。自首した理由は不明だが、警察はおそらく接点がないであろう長岡が被害者たちの生前の容姿等を的確に言い当てた点から犯人で間違いないと断定。逮捕となった。

 その後、長岡は一年ほどを裁判に費やす。明らかになっているだけでも、四人を惨たらしい方法で殺害したとして、一般的には死刑が妥当であると考えられていたが、自首した経緯があるため、情状酌量の余地があるとして無期懲役となった。注目を浴びたのは、長岡の言動だった。彼は自首した理由と謎の『BB』という文字について、こう発言した。「この世には、二種類の人間がいる。ただの人間か、生まれつきの殺人鬼か。自分は生まれついての殺人鬼で『BB』、BLOOD BRAIN血まみれの脳みそを持っている。警察では自分のことを捕まえることはできない。このままでは被害者が増えるだけなので自首したまでだ」と。

 現在、長岡は千葉刑務所で服役中であるはずだ。

「千葉……、千葉か……」

 記事を見て、カッちゃんがそう呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。と同時に嫌な予感が僕の全身を駆け巡ったのだった。

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