第22話 8月27日
昨日は、行方不明の秀彦には申し訳ないが、遠山あかりと一緒に行った花火大会で気分転換ができた。あんなに楽しく花火大会を満喫したのは初めてのことだった。
そして、遠山あかりに秀彦の捜索は警察に任せるとはっきり宣言した。……宣言してしまった。
つまり、僕にはやることがなくなってしまった。
遠山あかりに説得されても秀彦を捜し回ったのだから、別に自分で捜索を続けてもいい気もするが、説得されて捜し回るのと自分で警察に任せると言って捜すのは違う。ただの嘘つきになってしまう。カッちゃんに聞いても、遠山あかりに聞いても、警察署長に聞いても、——恐らく両親に聞いてみても——、みんな警察に任せろと意見が一致していた。それに、正直なところ、もうどこを捜していいかも分からないというのが本音だった。
僕はダメ元で秀彦のスマホに電話してみようかとも考えたが、止めにした。捜索は警察に任せると決めたのだ。
部屋からリビングに移動すると、もう母さんは仕事に出ていた。僕はテレビを点けると、作ってある朝食を食べ始めた。
ニュースには、行方不明の秀彦の話題は出なくなっていた。もう世間は秀彦のことなど忘れてしまったのだろうか。
ふと、こういう時は学校はどうするのだろうと思いついた。普通なら校長がインタビューを受けたりしそうなものだが、夏休み中の出来事では学校の責任はないということだろうか。ニュースで月野小の校長先生がインタビューを受けている様子はなかったはずだ。
しかし、僕らのクラスの担任である
マコっちゃんなら何か知っているのだろうか。警察では捜査の情報を簡単に口にできないだろうが、学校の先生なら警察から何かしら聞いているかもしれない。それを僕に教えてくれることも警察に比べたらハードルは低いだろう。
僕は急いで朝食を胃袋に放り込むと、出かける支度をする。
夏休みだが、始業式も近い。ひょっとしたら、先生たちは学校に来ているかもしれない。……少なくとも誰一人いないってことはないだろう。
外に出ると、今日もムワッとした湿気混じりの熱気が体にまとわりつく。どうして、毎日暑い上にカラッとしないのだろうか。晴れているのに湿気が多い意味が分からない。じっとしているとすぐに汗が吹き出して来そうだ。
僕は自転車に飛び乗ると、学校に向かって走り出した。
全身に熱風を受けながら、しばらく走ると月野小が見えてきた。
僕の家からだと先に裏門が見え、その先に正門が現れる。裏門は閉じられていたが、正門は開けられていた。誰かしら、先生がいる証拠だ。
僕は平日、忘れ物を取りに来た時と同じように、職員玄関から校内に入る。校内は外よりも若干冷んやりとしていた。
夏休みの校内は静まり返っていて、不気味な感じがした。夕方以降、暗くなってからは絶対に来たくない。
僕は早く人がいる場所へ行こうと、職員室を目指す。ふと、勝手に校内に入って怒られやしないだろうかと思ってしまったが、マコっちゃんなら大丈夫だろう。……他の先生なら怒られる可能性もあるが。
僕は職員室に着くと、ドアについている窓から中の様子を伺った。
職員室の中には、何人かの先生が机について作業をしていた。その中にマコっちゃんもいた。
僕はホッとして、職員室のドアをノックした。
「失礼しまーす」
言いながらドアを開けると、職員室中の視線が僕に集まった。そりゃ、当然だろう。まだ、夏休みなのだ。職員室に訪ねてくる児童なんているわけがない。
職員室は冷房が効いていて、涼しかった。
「おう、瞬じゃないか。どうしたんだ?」
机から僕の方にマコっちゃんは体を向ける。
マコっちゃんは拍子抜けするほど、普通だった。ちょっと意外だ。マコっちゃんのことだから、秀彦のお母さんと同じぐらいかそれ以上に
「秀彦のこと、何かしらないかと思って来たんです」
「……あぁ、行方不明なんだよな」
「えぇ、自分で色々と捜してみたんですが、全然見つからなくて……。いろんな人に警察に任せろって言われるし」
マコっちゃんは腕を組んで、僕を見る。
「そうだな、先生もそれがいいと思う。自分で捜すとなると危ないところに足を踏み入れることになるかもしれない。それに秀彦が何らかの事件に巻き込まれていたらどうするんだ?その犯人に瞬まで連れて行かれるかもしれないんだぞ!」
マコっちゃんは珍しく恐い顔で、僕に話す。
確かに秀彦が何らかの事件に巻き込まれていた場合、犯人がいる可能性がある。しかし、未だに身代金を要求されたとは聞かない。そういう情報は警察でも極秘事項だろう。僕らに伝わってくるわけがないか。
「先生は何か知らないんですか?」
「……残念だけど、警察からは情報が降りてこない」
マコっちゃんは、組んだ腕を崩さずにいる。
結局、マコっちゃんからも情報は得られそうにない。
「……そうですか。分かりました」
「みんなが言うように捜すのは警察に任せて、夏休みの宿題を終わらせなさい。終わってなかったら、罰ゲームが待ってるからな」
マコっちゃんはそう言って、ニカッと笑う。
「……はい、失礼しました」
僕は職員室を後にした。
そのまま、廊下を進み、階段まで行くと、三階まで上がる。三階には僕らの教室がある。
五年三組。僕はドアを開け、中に入る。
教室はガランとしていて、当然ながら誰もいなかった。暑さは廊下と大差ない。教室には冷房も完備しているが、夏休みには使用していないのだろう。
ガランとしている教室を眺める。もうすぐ二学期が始まる。その時には一人足りないのだろうか。
夏休みなので、机には個性がなかった。普段なら、何かしらのものが掛けられたりしていて個性が出るものだが、何も掛けられていないと誰が誰の机か分かりにくい。でも、僕は一学期最後の席をある程度は覚えていた。前から、カッちゃん、僕、秀彦の順で席が並んでいる。遠山あかりの席はどこだったっけ?……ごめん、遠山さん。覚えてないや。
壁にはクラスメイトが書いた習字が飾られている。僕の視線はどうしても、秀彦のものに吸い込まれた。習字には「希望」と書かれていた。一学期、この習字を描いた時には、恐らくだがクラス全員が希望に溢れていた気がする。しかし、今は……。
ふいに、マコっちゃんの態度が気になった。何かいつもと違っていた気がする。もっと親身になってくれると思ったのだが……。僕の気のせいだろうか。僕を心配してくれていたとは思うのだが、冷たい感じというか突き放すような感じというかが要所に現れていた気がしてならなかった。
それに、僕はあまり考えていなかったのだが、事件に巻き込まれた可能性を指摘していた。よくあるテレビドラマなどでも先生が犯人ってことはよくある。先生なら秀彦を呼び出すことも簡単だろうし、疑うことはない。しかし、その場合、秀彦が生きている可能性が低くなる。
僕は思い切り頭を左右に振った。もう、家に帰ろう。
マコっちゃんを疑いたくないし、そんなことを想像もしたくない。しかし、何を信じていいのか分からなくなってきてしまった。
僕は、再びガランとした教室を眺めた。深いため息を吐くと、教室を後にする。できることなら、一人も欠けることなく二学期が始まるようにと祈りながら。
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