第21話 8月26日

 今日は、起きるともう昼に近い時間だった。昨日、自転車で走り回ったのが相当堪えたらしく、夜もあっという間に眠りについてしまって、こんな時間まで眠ってしまった。

 二階の自分の部屋から、リビングに降りる。当然、母さんは仕事に出かけた後だった。テーブルに冷め切った朝食が置いてある。

 僕はそれを食べながら、考えた。まだ、秀彦を捜すべきだろうか。

 誰も彼も、秀彦の捜索は警察に任せろと言う。友達なら自分でも捜すべきだと言う僕の考えが間違っているのだろうか。

 そして、昨日の月野沼での心ない大人の一言だ。あれには正直なところ、相当ムカついた。知っている大人に言われても相当イラッと来たと思うが、見ず知らずの人間に言われたのが余計に腹が立った。

 そこで、ふと思いついた。カっちゃんはどうしているのだろう。店番もあるだろうが、僕と同じで友達なら自分で探そうと思うだろうか。それとも、警察に任せるしかないと考えているのだろうか?

 僕は残りの朝食を急いでかき込むと、カっちゃんの家に電話を掛けてみた。

「はい、武田雑貨店です」

「あ、もしもし。カっちゃん?」

「おう、瞬か?どうした?」

「カっちゃんさ、秀彦のこと探してる?」

「……いや、探してない。店番もあるし。捜す暇がないんだ」

「そっか……。僕さ、昨日探し回ったんだけど、全然見つかる気配もなくてさ。……みんなが言うように警察に任せた方がいいのかなって」

 僕がそう言うと、ちょっと間があった。

「捜すのプロだろ?やっぱり、そうした方がいいんじゃねえかな」

「やっぱり、そうか。秀彦、どこに行っちゃったんだろ?……分かった。僕も警察に任せることにするよ」

「おう。それがいいぜ」

「ありがとう、カっちゃん」

「おう。それだけか?」

「うん、ちょっと悩んでたんだ」

「そっか、じゃあな」

「うん、じゃあね」

 僕は電話を切る。秀彦には申し訳ない気持ちがまだあるが、誰かのお墨付きを貰いたかったのかも知れない。そして、それが一番いいのは、僕と同じぐらい秀彦と仲が良いカっちゃんに違いない。

 やっと、昨日の疲れとムカムカがどこかに吹っ飛んだ気がした。

 僕がテーブルに戻ろうとすると、電話が鳴った。

 電話の画面には公衆電話となっている。

「はい、日下です」

「もしもし、日下君。遠山です」

「あぁ、遠山さん。どうしたの?」

「今日は図書館に来ないのかなと思って電話したの」

 遠山あかりでも、やっぱり一人は寂しいのだろう。

「ごめん、今日は寝過ごしちゃって、さっき起きたんだ。今からでも図書館に行ってもいいよ」

「あ、どっちでも大丈夫。あの……、日下君って夜は暇?」

「夜?全然、暇だけど」

「今夜、花火大会があるの知ってる?」

「花火大会って今日だっけ?すっかり忘れてたよ」

 当然と言えば、当然だろう。友達が行方不明になって探し回っていたのだ。この状況で花火大会を楽しみにしていたら、頭がおかしい。

「……どう?気分転換に一緒に行かない?」

 確か、花火大会は月野駅の近くにある桜川の河川敷で打ち上げる。そして、その河川敷には露天商もたくさん出店するのだ。

「うん……、僕で良ければ」

「じゃあ、駅に……六時待ち合わせでいい?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ、駅でね」

「うん、バイバイ」

 電話を切ると、急に心臓がバクバクと音を立てて鳴り出した。まさか、女の子から花火大会に誘われるとは思わなかった。カっちゃんなんて、何にも言ってなかったのに。

 ……しまった。夜出掛けるのに母さんの許可を貰っていない。花火大会に友達と行くと言えば、大丈夫だとは思うが、もし許可が出なかったらどうしよう。何とか説得するしかない。

 僕は夕方、母さんが仕事から帰ってくるまでの間、花火大会への許可を貰う方法を考え続けた。それと、プラスのお小遣いのお願いも。




 僕は月野駅に六時前に着いた。駅の駐輪場に自転車を停める。

 母さんから、花火大会の許可はあっさりと出た。そして、プラスのお小遣いも。

「瞬も友達と花火大会に行くような歳になったのねえ」

 と、母さんは思いも寄らない言葉を口にしていたが。

 駅で少し待っていると、遠山あかりがやってきた。彼女はバッチリと浴衣を着こなしていた。

 僕は再び、心臓がバクバクと鳴り出した。この音が遠山あかりに聞こえてしまわないか不安になるほど、心臓は早鐘のように鳴り響いていた。

「お待たせ、日下君」

「全然、待ってないから大丈夫だよ。遠山さん、浴衣なんだね。……すごく似合ってるよ」

「……そう?」

 遠山あかりは、珍しく顔を真っ赤にして自分の浴衣を見下ろしていた。

「うん。じゃあ、行こう」

 確か、花火が打ち上げ始まるのは七時からだったはずだが、駅から桜川までは少し距離があった。それに、遠山あかりは浴衣の上、下駄だ。歩くのが大変そうで、ゆっくりだろう。そして、すでに駅から桜川に向けて人が大勢歩いていた。

 僕は歩きながら、昨日のことをざっくりと遠山あかりに話した。警察署で署長にも捜索は警察に任せろと言われたこと、駄菓子屋で聞き込みをして、月野沼まで行ったこと。そして、ランニングしていた大人に心ないことを言われたことを。

 彼女は心配そうな顔をして聞いていたが、最後に僕はもう完全に捜索は警察に任せることにしたという一言で明るい顔に戻った。

 桜川に着くと、すでにいろいろな露天商が出ていた。チョコバナナ、リンゴ飴、わた飴、お面、唐揚げ、牛串、タピオカジュース、あんず飴、かき氷、たこ焼き、お好み焼き、焼きそば、いか焼きに鮎の塩焼き。

 このごちゃごちゃとした雰囲気は嫌いじゃなかった。そこらじゅうからいろんな匂いが漂ってくる。

 僕は遠山あかりに問い掛ける。

「出店で好きなのって何?」

「うーん、チョコバナナ!」

 チョコバナナで二人の声が合わさった。二人でアハハと笑う。

「だよねー!出店はチョコバナナだよね!」

 僕らは二人で、一本ずつチョコバナナを買うと、河川敷へと降りていった。適当な所を見つけて座ろうと思ったが、浴衣が汚れないだろうか?僕はバッグからタオルを取り出すと、地面に敷いた。

「浴衣汚れたら、怒られるでしょ?」

「ありがとう」

 僕らはそこに腰掛けると、二人でチョコバナナを食べた。

 花火が打ち上がるまでは、まだ少し時間がありそうだ。

 河川敷を登った所に、タピオカジュースの出店があった。夜とはいえ、人が大勢詰めかけている花火大会は熱気で暑かった。喉も乾く。

 飲み物を売っているのは、タピオカジュースか、ジュース、お茶、ラムネ、ビールなどの飲み物の出店。もしくは、離れたところにある自動販売機ぐらいだろう。

「暑いから、喉乾かない?タピオカジュースとコーラとかラムネとかお茶とかってどっちがいい?」

「うーん、どうせならタピオカがいいかな」

「じゃあ、僕買ってくるから、待ってて。タピオカはすぐそこだから」

「うん、分かった」

 僕は河川敷を駆け上がると、タピオカジュースの列に並んだ。タピオカジュースでもいろいろ種類がある。

 すぐに僕の番がやってきた。僕は適当にミルクティーとオレンジジュースを買うと、遠山あかりの元へ戻った。

 ちょっと女の子を一人で待たせるのはまずかったかも知れないが、何事もなく戻ることができた。

 遠山あかりの隣に腰掛け、問い掛ける。

「ミルクティーとオレンジジュースどっちがいい?」

「ミルクティー。ありがとう。お金払うよ?」

 遠山あかりにミルクティーのタピオカジュースを渡すと、僕は首を振った。

「いいよ。花火に行くってプラスのお小遣い貰ったから」

 そのとき、花火が打ち上がった。

「うわー!」

 僕らは声を揃えて、歓声を上げた。打ち上げている場所が近いせいもあって、視界いっぱいに花火が広がる。

 青、緑、赤、白、次々に花火が打ち上がった。

「誘ってもらえて良かった。花火大会のことすっかり忘れてたから」

「私も日下君と一緒に花火を見れて良かった」

 花火のせいか、遠山あかりの顔が赤くなっているように見えた。

 僕らは、花火大会を楽しんだ。

 秀彦もどこかでこの花火を見ているだろうか?一瞬、秀彦の顔が浮かんだ。どこかで、見ていて欲しい。

 行方不明の秀彦には申し訳ないが、僕には花火大会は本当に良い気分転換になった。

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