第20話 8月25日
今朝も僕はまず秀彦のスマホに電話を掛けた。相変わらず、「電源が入っていない」というアナウンスが流れるだけだった。
それから、僕はずっと迷っていた。遠山あかりにも説得されたが、じっと行方不明の秀彦の情報を待っているだけでいいのだろうか?こんなときに動かないなんて友達と言えるのだろうか?
自分の部屋からリビングに降りると、いつものように母さんが朝食を取りながらニュースを眺めていた。
僕もニュースを見ながら、朝食を取ることにした。あまり食欲はないが、なんとか胃袋に詰め込む。正直なところ、朝食を取らなくてもよかったのだが、ニュースが気になった。
秀彦のことで何か新しいことは分かったのだろうか。それが知りたくてニュースを見ていた。ただ、ニュースを見ているのも母さんに不審がられても面倒だからという理由だけで朝食を取っていた。僕が秀彦のことを自分で調べたりしようと考えていない。秀彦のことはもう完全に警察に任せているのだと母さんに思わせるために。
秀彦のニュースは一瞬で終わってしまった。特に新しい情報もないからかも知れないが、僕にはショックだった。
こうして友達が行方不明になっても、あっという間にみんな忘れ去っていってしまうのかと思ってしまった。人が一人いなくなっても世間なんてそんなものなのだろうか。
やはり友達である自分が探さなくては。僕は改めてそう思った。
しかし、闇雲に探しても見つかりっこない。現に昨日は秀彦が行きそうな場所、月野小学校の児童が行きそうな場所を探したが見つからなかった。ある程度考えて捜す必要がある。
いくら何でも家の前からフッと居なくなったわけではないだろう。それだと、行方不明というよりも神隠しだ。誰かしら見かけた人間がいるはずだ。
四日前の夜に秀彦のお母さんがクラスメイト全員に電話しているはずだ。今、クラスメイト全員に電話して情報は変わるだろうか?出かけていない人間もいるはずだ。
いや、ダメ元で掛けてみよう。何か思い出したってこともあるかも知れない。母さんが仕事に出かけたのを見計らって、僕は電話の所に向かった。
僕はクラスの緊急連絡先が書かれたプリントを電話の後ろから引っ張り出すと、片っ端から電話してみた。
結果は芳しくなかった。出かけていたり、秀彦のお母さんに言ったことと同じだと一蹴されたり。
他のクラスの人間には知っていないだろうか?しかし、緊急連絡先には今のクラスメイトの連絡先しか載っていない。もしやと思って電話の後ろを探してみたが、古い緊急連絡先は母さんが処分してしまったようだ。古い緊急連絡先が残っていれば、もう少し範囲を広げることができたのに。
と、ここでさっきクラスメイト全員の家に掛けた際に、他のクラスの連絡先を聞いてみるんだったと思い直した。……失敗した。流石に二度クラスメイト全員に掛けるのは迷惑か。しかも、留守の家もあった。
やはり足で捜すしかない。
まず、図書館へ行って新聞を見てみよう。秀彦のことが詳しく書かれた
新聞があるかも知れない。情報として新しいかは微妙ではあるが。次に警察署に乗り込んで捜査状況を聞き出すことはできないだろうか。一蹴される可能性もあるが、一度は感謝状を貰った身だ。友達が居なくなって探していると言えば……可能性はかなり低いが。
そして、商店街の駄菓子屋だ。暑い時間帯には流石に人は少ないだろうが、少し涼しくなってくれば誰かしらいるだろう。駄菓子屋は月野小学生のたまり場になっている。
よし、と気合いを入れる。何かしらの情報は掴んで帰ってこよう。
僕は支度を整えると、家を飛び出した。まずは、図書館だ。
今日も外は皮膚を焼く暑さだった。玄関のドアを開けた瞬間に熱風が体を襲う。空には雲が浮かんでいるものの、暑さに変化はなかった。
うんざりしながら、自転車に飛び乗ると、図書館へ向かう。
しばらく自転車を走らせ、汗だくになったころに図書館に着いた。僕はいつものように駐輪場に自転車を滑り込ませると、図書館の中へと入っていった。
図書館に一歩足を踏み入れると、そこは別世界だった。冷気が体を包んでくれる。できることなら、ずっとここにいたいぐらいだ。
僕はバッグからタオルを取り出し、体を流れる汗を拭きながら新聞コーナーへと向かう。
各新聞を隅から隅まで調べる。どの新聞もほとんど秀彦のことは載っていない。市内の情報のところに少しあるだけだ。記事の内容も似たり寄ったり。行方不明中で、まだ発見には至っていないとあるだけだった。
結構な時間を掛けたのに空振りで、僕は肩を落とした。どこにいるんだ、秀彦!
遠山あかりは今日も図書館にいるだろうか?今日は直接大人ゾーンの新聞コーナーへ来てしまったので、分からなかった。
遠山あかりに会わずに行こうと思ったのだが、さっきクラスメイト全員の家に電話した際も留守だったし、僕の知らない他のクラスの連絡先を知っているかも知れないと思い直し、子どもコーナーへと向かった。
遠山あかりは今日もいつもの席で本を読んでいた。そのうち、この図書館にある本を全部読んでしまうのではないだろうか。
「おはよう」
「おはよう、日下君。今日は来ないのかと思ってた」
「うん、そのつもりだったんだけど、遠山さんに頼みがあってさ」
「頼み?」
遠山あかりは不思議そうに首を傾げる。
「うん、もし他のクラスの人間の連絡先を知ってたら、秀彦のことを聞いてみてくれないかなと思って……」
昨日、遠山あかりにはもう捜すのを警察に任せるようにと諭されたばかりだ。
「どうしても、服部君が心配なのね。……分かった。帰ったら、知ってる子には連絡してみる。何か分かったら連絡するね」
僕は遠山あかりに拝むようにお礼を言った。
「ありがとう、遠山さん!」
僕は図書館だと言うことも忘れて、大声を出していた。遠山あかりが口元に立てた指を持って行き、シーッと僕の大声を戒めた。
「ごめん、つい……」
僕はことさら小声で謝る。そして、
「ちょっと他にも秀彦を知らないか聞いて回ってみるよ」
と、遠山あかりに別れを告げた。
「あんまり無茶なことはしないでね。日下君が事件に巻き込まれたら嫌だからね」
「うん、ありがとう。無茶はしないから」
そう言って、遠山あかりの側を離れた。
図書館から外に出ると、再び僕の体を熱風が襲った。それだけで、図書館に引き返したくなる。
いや、秀彦のためだ。僕は気合いを入れると、自転車に飛び乗った。
次の目的地は警察署だ。
警察署に向けて、自転車を走らせる。警察署は月野小学校から比較的近い場所にあった。
めちゃくちゃ冷房が効いて寒いパトカーが懐かしい。あのときは、秀彦も一緒だった。
月野小学校の前を通り、警察署に向かう。入り口には木の棒を持った警察官が暑そうな顔もせずに立っていた。
僕は駐輪場に自転車を停めると、入り口の警察官の脇を通り抜け、警察署内に入っていった。
警察署内も外に比べれば、だいぶ涼しい。ほっと一息吐くと、受付の案内板を確認しながら、タオルで汗を拭った。
行方不明者の捜査状況を知りたい。そんなときはどこへ行けばいいのだろう。正確には、そんなことで警察署に来てはダメだとは思うが。
案内板を見上げて悩んでいると、おばちゃん警察官に声を掛けられた。
「どうしたの?どこかに用かしら?」
「えっと……友達が行方不明で、捜査の状況を知りたいんですけど」
おばちゃん警察官は、一気に怪訝な顔つきに変わった。それはそうだろう。普通、捜査状況なんて一般人に教える訳がない。
「あのね、そういうことは教えられない……あらっ?あなた、この前感謝状を貰った子ね?」
「はい、一緒に感謝状を貰った友達が行方不明なんです」
「あの件ね……じゃあ、連絡しておくから、階段を四階まで上った突き当たりの部屋に行ってみて」
「分かりました。ありがとうございます」
僕はおばちゃん警察官にお礼を言うと、階段へと向かった。……四階の突き当たりの部屋って、署長室じゃないっけ?この前、感謝状を貰ったのも四階の突き当たりの部屋だったはずだ。
僕は階段を上る。二階、三階、四階。廊下を通り、突き当たりの部屋へ。
突き当たりの部屋は、やっぱり署長室だった。……署長さんが捜査情報を教えてくれるのだろうか?
僕はドアをノックする。すると、中から「どうぞ」と声がした。
「失礼します」
僕は学校の職員室に入る要領で、署長室へと足を踏み入れた。
署長室は、以前と全く変わりなかった。奥の机で署長が何やら書類を睨みつけていた。
署長は僕が部屋に入ったのを確認すると、以前のようにソファーに座るように促してくれた。
「いやぁ、感謝状を渡して以来だね。元気だったかな?」
話しながら、署長もソファーへとやってきて、僕の向かいに腰掛ける。
「はい」
「今日は、服部君の件で来たとか?」
「はい、一緒に感謝状を貰った服部君が行方不明で……捜査状況を教えて貰いたくて」
署長は、うーんと腕組みをする。
「君には感謝状を渡したぐらいだし、何かしら教えて上げたいんだが。捜査状況を教えるわけにはいかないんだよ」
僕が予想していた答えが返ってきた。
「やっぱり、そうですよね……」
「服部君が行方不明で心配なのは、痛いほど分かるよ。警察も全力を挙げて捜査しているから、なんとか辛抱して発見を待ってくれないか」
「秀彦はスマホを持っているはずですから、そこからなんとか居所を見つけてください」
「あぁ、そうみたいだね。スマホの位置情報はこっちでも把握してるよ。必ず見つけるから安心して待っててくれ」
「分かりました。押し掛けてすみませんでした」
「別に構わないよ。所長にもなると気安い話し相手が居なくてね。また、いつでも話しに来てくれていいからね」
署長はそう言うと、いたずらっ子のように笑った。
僕はそれに笑い返すと、署長室を後にした。
予想していたことだが、捜査情報は教えては貰えなかった。僕はがっくりと肩を落として、警察署を出る。
これでは家を出る前と比べて、何にも進展していない。
外は相変わらずの暑さだった。息苦しいほどの熱気が僕の体にまとわりついた。この暑さでは、熱中症で倒れる人も出るかも知れない。危険なほどの暑さだった。
僕はとりあえず、コンビニで昼食を取った。そして、次の目的地である、商店街の駄菓子屋へと向かう。
また、しばらく自転車を走らせる。風を切っても、体に吹き付けるのは熱風だった。商店街に入ると、場所によっては水を霧状にして吹き出すミストが出ている場所もあったが、まさしく焼け石に水だった。一瞬は涼しいのだが、そこを通り抜けてしまうと再び暑さがやってくる。
商店街の端っこに駄菓子屋はあった。
僕は駄菓子屋の近くに適当に自転車を停めると、店の中を覗き込んだ。
やはり暑いせいか、店の中には数えるほどの子どもしかいなかった。しかも、小学生だが低学年のようだ。低学年の子では、秀彦のことを知っているか怪しい。できれば、僕らと同じ小学校五年生かそれに近い方がいい。
店にいるなら、何か買った方がいいだろうか?昼食代の残りでとりあえず一番安そうなガムを購入する。
僕は店の中をブラブラとしてから、自転車のところに戻ってきた。
駄菓子屋はそれほど広くない。外からでも中に誰がいるかは十分把握することができた。
ガムをかみながら、しばらく待っていると、別の子どもたちがやってきた。どうも、駄菓子屋に来るのは男の子が多い。さっき店にいた子たちも、今やってきた子たちも男の子だけだ。
今やってきた子たちは、まだ僕よりは幼い感じだが、さっき店の中にいた低学年の子たちよりはマシだろう。
僕は彼らが駄菓子を購入して、帰ろうとするタイミングで声を掛けた。
「ちょっとごめん。君たち服部秀彦って知ってる?」
僕としては結構勇気を出して聞いたつもりだったのだが、返答は
「知らなーい」
と、取っつきようもないものだった。
それからも僕は駄菓子屋に来るお客に声をかけ続けた。しかし、秀彦のことを知っていても、最近秀彦を見かけたという人間に出会うことはできなかった。
今日は空振りだろうか。若干ではあるが、日が傾き始めている。僕が諦めかけたとき、恐らく六年生であろう集団が駄菓子屋にやってきた。
よし、これでダメだったら今日は諦めよう。僕はそう考えて、六年生の集団に声を掛けた。
「すいません、服部秀彦って知ってますか?」
急に僕に声を掛けられて、集団は全員明らかに怪訝な顔つきになった。しかし、集団の中の一人が秀彦のことを知っていた。
「それってアレだろ。行方不明になっている奴だろ」
「そうです!最近、見かけたりしませんでしたか?」
「知らねえよ。なあ、みんな?」
集団の一同が頷く。
「お前、なんでそんなこと聞くんだよ?」
集団の別の男の子が僕に質問を投げかけてきた。どうやら彼が集団のリーダーのようだ。
「友達なんで、探しているんです」
「だって、もう何日も帰ってきてないんだろ?警察に任せろよ」
「そうなんですけど……心配なので」
それを聞いて、集団のリーダーはニヤニヤしながら言う。
「おっ!俺、思い出したぜ。河童ヶ池の近くで見かけた気がするな」
「本当ですか?」
明らかに嘘っぽい。
「なんだ、お前。人が親切に教えてやってるのに、信用しねえのか?」
集団のリーダーは僕を睨みつける。
「いえ、ありがとうございます」
僕は自転車に飛び乗ると、すぐに駄菓子屋を立ち去った。
あんな連中に聞くんじゃなかった。
……でも、もし本当だったら?ダメ元で月野沼に行ってみようか?しかし、もう日は傾き始めている。月野沼に着く頃には、薄暗くなっているかも知れない。
「あぁ、クソッ!」
僕はそう呟くと、自転車を月野沼へと向けた。
一瞬、遠山あかりの顔が浮かぶ。……大丈夫。危ないところには近寄らないから。一人で言い訳をして、僕は月野沼へ向かった。
だいぶ、日が傾いた頃、僕は月野沼に到着した。薄暗くなってからの月野沼は気味が悪かった。
「……よく考えたら、近くで見たって、どこだよ?」
僕は悪態を吐いた。
あんな雑な情報では、どこを探せばいいのか分からない。
僕は月野沼の周囲をぐるっと一周回って見ることにした。一周するころにはだいぶ暗くなっていると思うが仕方ない。
月野沼の周囲を自転車で走る。
しばらく自転車を走らせると、やっと河童像の対岸、あの白骨死体を見つけた放置自動車の辺りまでやってきた。
僕とパトカーがすれ違う。今までこんな場所でパトカーに出会うなんてなかった。ひょっとしたら、本当に月野沼の近くで秀彦を見かけたのだろうか。それで警察が周囲を探している?僕はだんだん分からなくなってきた。自転車を漕ぎすぎて疲れているからかも知れないが、思考能力が落ちてきている気がする。
放置自動車の辺りを通過する。通過してから、放置自動車の中を探せば良かったと思い立ったが、秀彦の自転車がないのだ。歩いてここまでは来ないだろう。
その後も草が生い茂っている場所が続いていた。草の長さは僕の膝よりも高いぐらいなので、あそこに秀彦が倒れていても分からないだろう。そんなことは考えたくはないが。
再び、しばらく自転車を走らせる。
日が傾いているとはいえ、暑さは少し緩んだ程度だ。ずっと自転車を漕いでいると、汗が流れてくる。
僕はTシャツの袖で、こめかみの辺りを流れようとする汗を拭う。
月野沼の周囲をランニングしている大人が数人いた。本当に月野沼周辺は人気が少ない。一日を通しても人が十数人しか通らないのではないだろうか。
僕は河童像の近くまでやってくると、休憩所で少し休憩することにした。流石にずっと自転車を漕ぎっぱなしだったので、このまま家に帰るのは体力的に厳しい。
自転車を漕いでいる間は、風を切っていたのである程度涼しかったが、停まると汗が噴き出してくる。僕はタオルで汗を拭いながら、ボーッと月野沼を眺めていた。
すると、さっき自転車で抜かしたランニングをしていた大人たちがやってきた。彼らも休憩所で休憩するらしい。
彼らはタオルで体の汗を拭き、一息吐くと僕に話しかけてきた。
「もう、暗くなってきてるから、子どもは早く帰りなさい」
「あ、はい」
僕の返事を聞いて、もう一人が軽口を僕に投げつける。
「こんな時間にこんな所にいると、河童にさらわれちゃうぞ」
秀彦のことを探しに来ている僕に対して、その言葉はかなり僕の神経を逆なでした。
「そうですね。今、行方不明になっている僕の友達も河童にさらわれたのかも知れないですからね」
僕はそう捨て台詞を吐くと、自転車に乗った。
どうして行方不明の秀彦を捜しているだけなのに、小馬鹿にされるようなことを言われたくてはならないのだ。
しかも、結局、今日一日走り回って、何の収穫もなかった。
僕は大きなため息を吐くと、怒りにまかせて自転車を自宅へと向けて走らせ始めた。
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