第17話 8月22日

 僕は朝起きて、すぐにリビングに降りると、母さんに声を掛けた。

「おはよう。昨日、あれから秀彦の家から電話あった?」

「おはよう。……服部はっとり君の家からは電話なかったわ」

 答えた母さんも心配そうな表情を浮かべていた。

 僕はできていた朝食を食べながら、テレビを見る。テレビはニュースが流れていたが、特に行方不明の小学生の話題などは流れなかった。

 秀彦は家に帰ってきたのだろうか。

 僕は朝食を食べ終わると、僕は秀彦のスマホに電話を掛けてみた。

 電話はすぐに「おかけになった電話は電波の入らないところにあるか、電源が入っていないため掛かりません」というアナウンスになってしまった。

 秀彦は帰ってきて、スマホの充電を忘れているだけならいいが……。

 僕はすぐに支度をして、家を出た。

 普段なら、まっすぐに図書館へ行くところだが、今日は秀彦の家に行ってみようと考えていた。

 外は相変わらずの熱気で、アスファルトからの照り返しもきつかった。日差しで目の奥が痛くなるほど、光が強い。小学生でもサングラスが必要かも知れない。

 自転車を飛ばして、秀彦の家の前までやってきた。外から見ると、秀彦の自転車がないことが分かる。まだ、帰ってきていないのだろうか。

 汗がうなじを伝い、背中へと落ちていく。

 自転車を降りて、秀彦の家の門を潜る。僕は少し迷った後、インターホンを押すことにした。

 チャイムの音がして、すぐにバタバタと足音が聞こえてきた。

 玄関のドアが開けられると、秀彦のお母さんの憔悴しきった顔が現れた。

「あぁ、日下君」

「おはようございます。秀彦はまだ帰らないんですか?」

 秀彦のお母さんの顔色を見れば、分かり切ったことを聞いてしまった。とっさのことだったし、小学生の僕には他にどう聞けばいいか分からなかった。

「……まだ、帰ってこないの。連絡もないのよ」

「そうですか。……僕、探してみます」

 そう言うと、僕はすぐに回れ右をして、自転車に飛び乗った。

 もう、それ以上、秀彦のお母さんの顔を見ているのが居たたまれなかったのだ。

 一体、秀彦はどこへ行ってしまったのだろう。何故、スマホも繋がらないのか。

 僕は捜す当てもないまま、自転車を走らせていた。

 気がつくと、商店街への道へ入っていた。カっちゃんならなにか知っているだろうか。僕はカっちゃんの家に向かった。

 武田雑貨店はもう開いていた。店の奥にはカっちゃんの姿があった。どうやら店番をさせられているらしい。

 僕は自転車を停めると、店の中へと入っていった。

「カっちゃん!」

「おう、瞬。どうしたんだ?」

 カっちゃんは眠そうな顔を僕に向けた。まだ、起きてそれほど経っていないのかも知れない。

「……カっちゃん聞いてないの?秀彦がいなくなったって」

「あぁ、昨日の夜、秀彦の母ちゃんから電話があったけど。まだ、帰ってきてないのか?」

「うん、今、秀彦の家に行ってきたら、帰ってきてないって」

「あいつ、どこ行っちまったんだろうなぁ」

 そう言ったカっちゃんの顔は気が抜けていて、とても心配しているようには思えなかった。

「カっちゃんは、秀彦の行きそうな所に心当たりない?」

「秀彦の母ちゃんにも聞かれたけどさ、最近、会ってなかったからなぁ」

「……そっか。僕も最近会ってなくて、行きそうな所が分からないんだ。僕は、とにかく探してみる!」

「おう、帰ってきたら俺にも連絡してくれ」

「分かった」

 僕はそう言うと、再び自転車に飛び乗る。

 自転車を走らせるが、秀彦の行き先に心当たりがないだけに、どこを探していいのか、皆目、見当もつかなかった。

 日差しがきつい。ほどんど風はなく、自転車で風を切っていた方が涼しいぐらいだった。

 僕は図書館に行ってみることにした。

 この暑さでは、こっちが参ってしまいそうだし、遠山あかりが見かけた可能性だってある。あまり、期待はできないと思うが。

 僕は図書館の駐輪場に自転車を滑り込ませると、バッグを取り、図書館に入る。

 図書館の中は相変わらず涼しかった。僕はTシャツを仰ぎながら、子どもコーナーへと足を踏み入れる。

 いつもの席に遠山あかりは座っていた。

「おはよう」

「おはよう、日下君。すごい、汗だくだよ」

 僕は遠山あかりに言われて、バッグからタオルを取ると、汗を拭った。

「遠山さん、秀彦見たりしてないよね?」

「服部君?見てないわ。昨日、服部君のお母さんからもどこ行ったか知らないか電話があったけど」

 秀彦のお母さんは本当にクラス中の人間の家に電話を掛けたらしい。

「今も秀彦の家に行ってきたんだけど、まだ帰ってきてないんだって」

「そうなの?」

 遠山あかりはそう言って、言葉を失ってしまった。

 彼女の気持ちは分かる。クラスメイトが一晩帰ってきていないのだ。ショックを受けるのも無理はない。何かしらの事件に巻き込まれたか、自分の意志で帰ってこないのか分からないが、普通の状態ではない。

「日下君は心当たりないの?」

「うん、秀彦のお母さんにも聞かれたんだけど、最近、会ってなかったからさ」

「日下君って塾とか行ってなかったんだっけ?」

「行ってないはずだよ」

「……そっか、行ってれば塾の友達が知ってたりするかもって思ったんだけど」

 塾とか習い事の可能性は考えていなかった。しかし、特に塾とかやっていた話は聞いたことがない。それに、すでに秀彦のお母さんが連絡を取っているはずだ。

「他に僕らが行くとしたら、学校、商店街の駄菓子屋とかかな」

「うーん、……あとは河童ヶ池か天狗山?」

 河童ヶ池は月野沼の僕ら月野小学生の呼び方だ。親たちからは近寄るなと言われている。

 天狗山は、正式名称は月野山。ここも月野市の子どもたちは親から近寄るなと言われている場所だ。月野沼は河童が出るからという理由に対して、月野山は、親から天狗が出るから近付くなと、耳にたこができるほど言われている。

「どうして、天狗山?」

 僕は素朴な疑問を遠山あかりにぶつけてみた。

「だって、日下君たち、この前は河童ヶ池で白骨死体を見つけたでしょ?河童ヶ池は親に近付くなって言われてる場所じゃない。そうしたら、もう一つの近付くなって行われてる場所に行っても不思議じゃないかなって」

「天狗山か……」

 しかし、河童ヶ池は長岡直人がプレゼントがある——死体を隠したから——という理由があったから行ったのであって、いくら僕らだって、理由もなく親から近付くなと行われる場所には行かない。

「ちょっと日下君?天狗山なんか行かないでよ?」

「……うん、行かないよ」

「天狗山は、断崖絶壁の場所があるんだって。だから、危ないから親は天狗が出るなんて言うのよ。河童ヶ池もそう、草むらに隠れて沼との境目があやふやで危ない場所があるから、親は河童が出るっていうんだって」

「それは誰から聞いたの?」

「うちの親からよ。この歳で河童とか天狗とか信じないだろうからって、本当のことを教えてくれたの」

 小学校高学年の女の子って大人なんだなぁと僕は思った。うちなんて、今だに河童が出るからと親に言われるのに。

「それに、もう服部君の親から警察に捜索願が出ているんじゃない?服部君の家は裕福だけど、誘拐なら昨日のうちに身代金要求の電話があるんじゃないかな」

「……誘拐」

 秀彦の身に何かしらあったとは考えていたが、誘拐までは考えていなかった。ひょっとしたら、誘拐でなくとも不審者にさらわれた可能性もあるかもしれない。

「……僕、また探してくる。警察が探してるかもしれないけど、それをじっと待ってるなんてできないや」

 僕はそう言って、遠山あかりに別れを告げ、市内を探し回った。しかし、暗くなるまで探しても秀彦が見つかることはなかった。

 家に帰る前に秀彦の家の前を通ったが、やはり秀彦の自転車はない。

 家に帰ると、秀彦のスマホにも電話してみたが、結果は朝と同じだった。「電波の届かない場所にあるか電源が入っていない」というアナウンスがむなしく流れるだけだった。

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