第12話 8月4日

 今朝は昨日よりも早く起きた。理由は単純だ。少しでも遠山あかりと一緒の時間を増やしたかったからだ。

 リビングに降りるとまだ、母さんは家に居てニュース番組を見ているところだった。

 ニュースは、ちょうど月野沼で発見された白骨死体について報道しているところだった。

「瞬、知ってる?月野沼で白骨死体が見つかったって」

「うん、昨日のニュースで見たよ」

 大丈夫だ。嘘は言っていない。

「月野沼には近づかないのよ!白骨死体は河童に食べられたのかも知れないんだから」

 母さんは冗談混じりにいつもの「月野沼へは近付くな」を言い出した。河童が人を食べるなんて聞いたことないが。

「しつこいなぁ、分かってるよ!」

 僕は嘘を吐いた後ろめたさからか、口調がきつくなってしまった。母さんに嘘だと気づかれただろうか?本当は、ニュースでやっている白骨死体を見つけたのは自分たちだと話したら、どんな顔をするだろうか。

 僕はさっさと朝食を取ると、急いで図書館へと向かった。あまり家にいて、母さんにあれこれ質問をされたくない。

 今日も外は快晴で暑かった。外に出ただけで熱い空気が体にまとわりついてくる。雨でなくて良かったが、こう暑いのもキツい。図書館の中は冷房が効いているので快適だとは思うが。

 自転車を漕いでいる方が、風を切る分涼しかった。

 図書館に着くと、僕はいつものように駐輪場に自転車を停めた。途端に汗が噴き出してくる。

 僕は日差しと熱い空気から逃げ出すように、図書館の中へと入る。

 図書館の中は、やはり冷房が効いていて涼しかった。汗だくの僕には気持ちがいい。

 僕はTシャツを仰ぎながら、子どもエリアを目指す。

 子どもエリアに足を踏み入れると、すぐに遠山あかりの姿が目に入った。しかし、向かいの席にはバッグが置いてある。誰か席を取っているのだろうか。

 僕は遠山あかりに近付くと、小声で声をかけた。

「おはよう」

「おはよう、日下君」

 僕が座る場所をどうしようかと考えていると、遠山あかりが席を立って向かいの席のバッグを退かした。

「日下君が来るって言ってたから、他の人に座られたくないと思って席取っておいたの」

 遠山あかりはそう言ってペロッと舌を出した。図書館のルールでは、あまり良くないことなのだろう。でも、僕にはありがたかった。

「ありがとう、席がないかと思って焦っちゃったよ」

 僕は言いながら、遠山あかりの向かいの席に座る。遠山あかりも自分の席に座った。

「そう言えば、遠山さんは読書感想文書き終わった?」

 僕はバッグから本と読書感想文用の原稿用紙、筆箱を取り出しながら、遠山あかりに質問する。

「まだだよ。……ねぇ、日下君と同じ本で感想文書いてもいい?」

「うん、全然いいよ。じゃ、早く書いて本渡すね」

 僕は、なぜか自然と笑顔になっていた。

 早速、僕は読書感想文に取りかかった。どう書こうかしばらく悩んだが、書き出してしまえばスラスラと書くことができた。これも遠山あかりが選んでくれた本が面白かったからに違いない。

 僕は読書感想文を書いているうちに、去年など読書感想文の推薦図書が全然面白くなくて、すぐに書くことがなくなりとても苦労したことを思い出した。

 お昼前には、読書感想文の規定枚数である二枚を超えて感想文を書き終えることができた。

「終わったー!」

 そして、すぐに正午になったので、僕らはまたコンビニに昼食を買いに行った。

 結局、今日も僕はおにぎりだったし、遠山あかりはサンドイッチだったが。

 昨日と同じように外のテーブル席で昼食を取り、午後からは遠山あかりが選んでくれた二冊目の本を図書館が閉まる直前まで読んだ。

 図書館を出ると、遠山あかりは少し寂しそうな顔で僕に聞いてきた。

「読書感想文終わっちゃったし、明日はもう図書館には来ない?」

「来るよ。感想文書いた本は僕が持ってるんだし、明日渡すよ。本を読むのも楽しいし、あれならドリルとか持ってきても図書館なら集中できそうだからね」

 僕はそう言って笑顔を作った。きっと遠山あかりは寂しいのだろう。夏休み中、いくら本が好きでも毎日一人で図書館で読んでいるのは。

 僕は素直になるべく図書館に来てあげたいと思った。一番いいのは、誰か女の子の友達が一緒にいてあげることかもしれないが。

 今は自由研究の方が停止しているので、来てあげることができるが、またカッちゃんや秀彦と過ごす日々がやってくるかもしれない。それまではなるべく図書館に来て、遠山あかりと過ごそう。

 僕らは駐輪場から自転車を出すと、家に向けて出発した。

 しゃべりながら別れ道に差し掛かる。

「……も、もし嫌じゃなかったら、家まで送って行くよ」

「本当?ありがとう!」

 勇気を出して言ってみて良かった。遠山あかりはとびきりの笑顔で答えてくれた。

 僕は遠山あかりの家まで——別れ道から十分ほどだったが——送ってから、帰宅した。

 このまま、自由研究が進まなきゃいいのに。もしくは、秀彦とこっそり進めた夏の星座に変更できないだろうか。

 僕は家に着くまでの間、自由研究のテーマを変更する方法はないものかとあれこれ思考を巡らせたのだった。

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