第8話 7月31日
再び、カッちゃんから集合の連絡があったのは、僕と秀彦が夏の星座についての自由研究を始めてから、三日後のことだった。
例によって、昨夜「図書館に集合」というカッちゃんからの電話があった。
それまでの間に、僕と秀彦は図書館と秀彦の家で、夏の星座について調べていた。
秀彦は天体望遠鏡を持っているだけあって、星のことに詳しかった。僕にもいろいろと教えてくれて、僕もみるみるうちに夏の星座に詳しくなっていった。自分の知らなかった新しいことを知るというのがこんなに楽しいものだとは思わなかった。嫌々やっている、学校の勉強とは違うからかもしれない。
夏の夜空には、様々な星々が輝いている。中でも有名なのは、夏の大三角形と呼ばれる星たちだろう。こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブを結んで夜空に描かれる巨大な三角形。このベガとアルタイルは、七夕の
他にも、夏の星座には射手座、いるか座、
面白いところでは、矢座もある。やざってなんだよ、やざって。……あの弓矢の矢を形作っているらしい。他にそれっぽいモチーフはなかったのか。棒座とか、鉛筆座とかでもよかったのでは?それとも、昔の人間の想像力は、それほどすごかったのだろうか。
夏休みの自由研究のテーマとして、夏の星座はとてもいい題材だった。昼間の暑い時間帯は、図書館などで星座や星について調べればいい。そして、夜涼しくなってから、星空を観察すればいいのだ。
他のテーマと比べて快適そのものだった。問題があるとしたら、夜更かししてしまい、朝起きられなくなることぐらいだろうか。
このところ、夏の星座の方の自由研究が順調だったため、殺人事件や長岡直人のことはすっかり頭から抜け出ていた。カッちゃんから電話があるまでは。
そうなのだ、表向きの自由研究のテーマは、殺人事件なのだ。
久しぶりに空はどんよりと曇っていて、僕の心情とシンクロしているようだった。晴天ではないので、それほど気温は上がらないだろうが、やはり曇りよりは晴天の方が気分がいい。
どこかすっきりとした気分になれないまま僕が図書館に着くと、すでに秀彦はベンチで待っていた。
僕は駐輪場へと自転車を停めると、秀彦の隣へと腰掛けた。
「オッス!……すっかり、こっちの自由研究のこと忘れてたよ」
「……僕も」
僕らはそう言って、苦笑した。
いっそのこと、カッちゃんにも言って自由研究のテーマを本格的に夏の星座に変更しようか?……それが、無理だから裏で隠れて進めているんだった。
僕と秀彦は、同時に大きなため息を吐いた。どうやら、彼も同じようなことを考えていたらしい。
顔を見合わせると、僕らは再び苦笑する。
そよ風が運んできた生暖かい空気が、僕らの肌を撫でるように通り抜けていく。
雲は、いっそう厚みを増していた。
カッちゃんがやってくれば、少しはこの気分が紛れるだろうか。しかし、そのカッちゃんは、まだやってこない。
「……カッちゃん、遅いね」
確かに、遅い。いつものことではあるが、いつもより遅い気がする。
店番を頼まれて、出かけられなくなったのだろうか?そこらへんの事情は、自営業ではない僕らの家庭では分からないことだった。
それから、数分間、僕らは押し黙ったまま、カッちゃんを待った。
もう、家まで迎えに行こうか?と思い始めた頃、カッちゃんがやってきた。
相変わらず猛スピードで自転車を漕ぎ、フルブレーキで駐輪場に突っ込む。他に停めてある自転車をなぎ倒さん勢いで。
カッちゃんは自転車から飛び降りると、僕らの元へとやってきた。
「オウ!お待たせ」
やはり、相変わらず遅れたことに関して悪びれもしていなかった。僕も秀彦もそれを攻めるつもりはないが。
「今日は、どうしたの?」
秀彦の問いかけに、カッちゃんはズボンのポケットから一枚の封筒を取り出す。
「また、長岡直人から手紙が来たんだよ……ただ、意味が分からなくてさ」
「どういうこと?」
「見てみれば分かるよ。……俺、この前の手紙に普通に返事を書いただけなんだぜ。こっちの生活はどうだとかさ」
カッちゃんは言いながら、封筒から手紙を取り出す。カッちゃんは、すでに一人で手紙を読んだらしい。
僕と秀彦が手紙に目を落とすと、すぐに違和感に気がついた。
一言で言うと、内容が
「……これが長岡直人の本性とか?」
カッちゃんが、口を開く。
手紙は三枚に渡ってびっしりと書き込まれていた。僕たちは、最後まで目を通してみたが、最後まで意味が分からなかった。
まるで、宇宙人が覚えたての日本語で手紙を書いたような……。話の
長岡直人は、話が全く通じないようなそういった類の人間ではないはずだ。……少なくとも、前回受け取った手紙は、内容が普通すぎて逆に恐ろしく感じた。
何かこの手紙には、意図があるのだろうか?
「カッちゃん、この前の手紙って持ってる?」
「ああ、一応持ってるけど」
僕はカッちゃんから手紙を受け取ると、今回の手紙と交互に見比べる。
「うーん、筆跡は同じっぽいね。別人が書いたものってことはなさそう」
僕ら三人の頭の中に、大きな疑問符が浮かぶ。
「……っんだよ、意味分かんねえ!」
カッちゃんは早々とリタイアすると、ベンチにもたれ掛かった。
秀彦は、熱心に今回の手紙を、特に最後の部分を眺めていた。
「カッちゃん、手紙ってこれで全部だよね。他に何か入ってたりした?」
秀彦の問いかけに、カッちゃんは微動だにすることなく答える。
「他に?……いや、その手紙だけだぜ」
カッちゃんは、ベンチにもたれ掛かり、曇天を睨み続けている。
「この最後の文章、気にならない?『君にプレゼントだ』って書いてあるよ」
僕は、秀彦の持っている手紙を覗き込む。確かに、最後の一文は『君にプレゼントだ』で終わっている。
「何かをプレゼントするって言ってるのに、何も入ってないんだ」
「そんなの殺人犯の
「さあね……」
今回の手紙を読んだことによって、カッちゃんの興味が削がれたことは明白だった。おまけに機嫌まで悪くなっている。
ひょっとしたら、これが自由研究を普通のテーマに戻す最後のチャンスかもしれない。
だが、僕はあることに気づいてしまった。
「秀彦、長岡直人って結構頭良かったよね?」
「ああ、IQ百五十以上だったはずだよ」
僕はもう一度、手紙に目を落とす。
「なんか、不自然に間違っている箇所が何カ所かある気がするんだけど……」
僕は鞄からノートと鉛筆を取り出すと、手紙の始めから間違っている文字をメモし始める。
「こんな意味不明な手紙を送ってくるような
僕はカッちゃんの言葉を聞き流し、作業に没頭する。きっと何かあるはずだ。きっと……。
しばらくの作業の後、手紙に隠されていたメッセージが僕らの前に姿を現した。
つきのぬま かっぱぞうのたいがん くるまのなか
意図的に間違えたと思われる文字を繋げると、このような文字の羅列が現れた。
スペースは意味が通じるように、僕が追加した。それ以外は、文字を並べ替えたりしていない。
一枚目の作業が終わる頃までは、特に興味を引かれていなかったカッちゃんも、だんだんと現れるメッセージに興味を取り戻していった。
「やっぱり、この手紙は暗号になっていたんだよ!」
「だから、わざと意味が分からないような内容にしたのか」
「うん、下手に意味が通ると、僕らが暗号だと気がつかないと思ったんじゃないのかな」
「なるほどなー」
カッちゃんは腕組みして、深々と頷いている。その視線は、解析したメッセージに向けられていた。
「つまり、このメッセージの指し示す場所に長岡直人から俺たちへのプレゼントがあるってことか?」
「そうなるね」
僕らは、一様に解析したメッセージに目を移す。
殺人犯から僕たちへのプレゼント。いったいなんだろう……。僕らの胸には、恐怖と期待が入り交じった複雑な感情が渦巻いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます