第55話 どんなにがんばっても追いつけない

「あまりいい話じゃないぞ?」


 俺は、念のためソラにそう言った。

 ソラは、静かに頷いた。


「私は、知りたいです。

 ご主人様のことをちゃんと知りたいです」


 ソラが、俺の目を見る。

 俺は、「わかった」と言って昔話をした。



 俺は、生まれつき体が弱かった。

 特に肝臓が悪かったそのため血液透析を受けていた。

 血液透析というのは、簡単に言うと毒素が沢山含まれた血液を綺麗にする治療法のことだ。

 だから、幼稚園や学校が終わるとそのまま病院へ通っていた。

 病院への交通時間や治療時間を考慮するとかなり時間が必要となる。

 俺には、弟がひとりいた。

 そいつは、健康で運動も勉強もなんでもできた。

 両親の目は、俺へじゃなく弟に向けられていた。

 やがて俺は、両親の視界から完全に消えていた。

 両親に愛されたい。

 勉強は頑張ってみた。

 だけど、俺は周りの子供たちに負けてしまっていた。

 塾に通う子、自分で勉強する子。

 俺が、勉強しても他のクラスメイトたちはもっと勉強できた。

 どんなに頑張っても追いつけなかった。

 追い抜く気でいた。

 でも、追いつけない。

 運動で勝てるなんてもちろんなかった。

 ケンカもできない。

 悪いことも気が弱い俺には出来ない。

 なにひとつ注目されることはなかった。

 目立たない地味で病弱な子供。

 きっと俺のことなんて誰も覚えていないだろう。

 俺には友達なんてひとりもいない。

 そんな人生だった。

 なんとかもがいてあがいて正社員になれた。

 仕事につけた。

 就職できた。

 希望が少し見えた。

 そんな時だった、俺は倒れた。

 病気が悪化していたのだ。

 会社を続けることも出来ず辞めた。

 そして、入院することになった。

 俺は、ただ絶望することしか出来なかった。

 自殺……も考えた。

 でも、出来なかったしバカバカしかった。

 治療しなければどうせ死ぬ命。

 手首を切ったり飛び降りたり首をつったりしたりする勇気はなかった。

 変われなかった。

 怖い現実に現状維持をすることしかできなかった。

 だけど、そんな俺にも少し良いことがあった。

 ある日、病室で透析での治療を受けていると可愛らしい女の子が声をかけてきた。。


「元気ですかー?」


「……元気だったら入院してないぞ」


 会話は一瞬で終わると思った。

 人と話すことなんて滅多になかった。

 病院でも必要最低限の会話しかない。

 雑談すらなかった。

 そんな俺には、これ以上の言葉なんてなにも浮かばない。


「あはは。

 そうだね」


 女の子は照れくさそうに笑った。

 会話が、進まない。

 暫く沈黙が続いたあと、女の子は気まずそうにその場を去った。

 俺は動けない。

 動けたとしても追いかければ怖がられるだろうし……

 第一話す内容なんてひとつもない。

 人生経験も浅く、生活保護を受けている状況に近いので治療費はかからない。

 だけど、退院しても働く場所はない働ける体もない。

 話せたとしても愚痴しか思いつかない。

 俺は、天井を見つめた。

 ため息しか出なかった。

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